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ケモノに憑かれまして。  作者: 涼夏
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盲目的な愛に埋もれる前に【狐】


「……あの、ぼ、僕。佐々原先輩のことが、…好き、です。



…僕、と、…付き合ってくれませんか?」


 顔を紅色に染めながら、随分と歯切れの悪い口調で、私の後輩らしいその男子生徒はそう告げた。

 今日のように青空が広がるこの屋上という場所は、まだ四月の冷たい風をもろに受けてしまうという欠点を除けば、確かに告白をするには最適のスポットと言えよう。

 そんな場所で、こんなにも王道な告白を受けることになれば、誰だって少しは緊張するものである。私だって例外ではない。そう、ほんの一カ月程前の私であったのなら、この状況にさぞかし困惑しながらも、心のどこかでは照れのような感情が込み上げてきてもおかしくない。

  しかし、今の私は圧倒的な恐怖が感情のほとんどを占めていた。


  黄色の上履きを見るに、彼は今年度入学した一年生なのだろう。私は三年生なので、普段使用する校舎は一階と三階でほとんど関わる事はない。尚且つ、私はどの部活動にも所属しておらず、放課後や休日は学費や生活費を稼ぐためにバイトに勤しんでいるため、やはり他学年と関与することは考えられない。ましてや、まだ四月の下旬。彼がこの白紅寺高校に入学してから、まだ二〇日程しか経過していない。


 こんな状況で、人が人を好きになり得るのだろうか。一目惚れだなんて言われて仕舞えばそれまでなのだが、このような初対面の人からの告白は、今月に入ってすでに五人目だ。本音を言えば、流石に気持ち悪い。


 「あの、佐々原先輩?」


 ずっと押し黙っていたことを不思議に思ってか、彼は返事を促した。


 …なんて断ればいいのだろう


 「あ、ごめん。驚いちゃって。…返事だよね?」


  余りにも返事の遅い私に痺れを切らし、彼はたどたどしく声をかけ、私の返事を促した。


 さて、どうしたものか。



 「あの、えっと、…ごめんね。私、貴方のこと知らなくて……その、付き合うとかそういうのはちょっと……」


  もごもごとはっきりしない言葉で、やんわりと断ると彼はそれを悟ったのか一度は俯いたが、すぐに顔を上げて、にっこりと笑ってみせた。


 「……そーですよね!僕たちまだしっかり話したことも無いですし、…急に言われても無理ですよね。」


 随分と物分かりが良いと言うか、さっぱりしているというか、彼はすっかりと自分がフラれたという事実を受け入れていた。

 先週告白してきた、バイト先の先輩なんかには、何度も何度もしつこくされたので、彼が逆上するタイプでは無かったことに、ほっと胸を撫で下ろした。







 「でも、俺諦めませんから。」







 ワントーン下がったその声にびくりと肩を跳ね上げ、ゆっくりと彼の瞳を見れば、彼は依然として熱のこもった視線を私に向けていた。


  「一年三組、羽山真斗(はやままさと)です。覚えておいて下さいね。佐々原先輩。」


 そういって、またにっこりと微笑むと、彼はそのまま屋上を立ち去っていった。



  力の抜けた足をゆっくりと地面につけ、フェンスに寄りかかりながら、ゆっくりと大きなため息を吐く。

 疲れた。なんなんだ。本当に。


 私、佐々原愛波(ささはらあいは)には悩みがある。それは突如モテ期が到来したことである。

 ……いや、モテ期なんて言葉を使うと誤解がありそうなので言い方を変えよう。

 最近、私は異常なまでに人に好意を向けられるようになった。それも男女問わずに、だ。正直な話、男にここまで好かれるような女は、他の女子達に快く思われないと思うが、私の周りの女子達は不可解なほど私に優しいのだ。教科書を忘れたなどを呟けば、ほとんどのクラスメイトが我先にと貸しにくる。同じクラスなのだから、その女子達も同じ教科書が必要だと思うのだが。

 とにかく、私への扱いがどうしようもなく可笑しい。みんな盲目的に絶対的に私へ好意を向け続けるのだ。

 最初は、みんなして私をからかっているのかと思っていたのだが、一ヶ月が過ぎてみても事態は収まるどころか加速するばかりだ。一日中、みんなに好意を向けられ続けるのは、思いの外疲れが溜まる。なんて言ったら、贅沢な悩みだとどやされてしまうかもしれないが。

 それでもこの一ヶ月間、疲労が溜まり続けていることは紛れもない事実であった。






















 午後五時前、いつも通りバイト先である『茶丸』の裏口から入店し、黒を基調とした制服に着替える。ここは所謂喫茶店で、高校や大学が近く、よく学生達が溜まり場として利用することや、女子受けするようなケーキ類の種類が豊富であることなどから、割と平日でも繁盛しているお店だ。ここで働き始めて三年目となり、バイトとしては長く続けている方である。


  「愛波ちゃん、ちょっと良いかな?」


 先程まで業務用の袋に入ったコーヒー豆を、小瓶に移していた店長に呼び止められ、掃除していた手を休めて顔を上げると、その後ろには、背が高く、鋭い目付きをした黒髪の男の子が立っていた。近寄り難い雰囲気を放っているが、凛とした顔立ちをしており、どこぞのモデルなんかよりも細身で、でも骨格なんかはしっかりしている。間違いなく、イケメンに分類される類の人間だ。


 「彼、今日からここでバイトとして働くことになったから、愛波ちゃん当分の間、お世話役頼めるかな?」


 「はい、分かりました。えっと…」


 「…崎戸大牙(さきとたいが)です。…よろしくお願いします。」


  敬語に慣れていないのか、若干辿々しくではあったが、崎戸と名乗った男性はそう言って頭を下げた。


 「佐々原愛波(ささはらあいは)です。分からないことがあったらいつでも聞いてくださいね。」



  そう答えれば、彼ははい。と短く返事をした後、店長に連れられて厨房の方へと姿を消した。はきはきした感じでは無かったし、ホールよりも、厨房が主なのかもしれない。

 中断していた掃除を再開しようと私はまた布巾を手にし、テーブルや椅子の埃や汚れを念入りに拭き取った。
















 午後九時を回り、お客様が全員お帰りになったところでcloseの看板を店前に下げ、店内の清掃を始める。

  机、椅子、厨房に窓。あげたらキリがないが、あまり大きくないこの店では、五人ほどいれば二十分前後で終わる。今日は、崎戸さんも来ていて六人なので、更に早く終わるだろう。

 家に帰ったらご飯を食べて、お風呂に入って、宿題して………なんて考えながらゴミ袋を片付けていると、背後から気配がして顔だけを後方へ向けた。


 「店長?どうかなさいましたか?」


 「いや、愛波ちゃん一人でゴミ出し大変かなぁと思って。」


 「お気遣いありがとうございます。でも、この位大丈夫ですよ?」


 そう告げても、店長は納得していない様子で私の持っているゴミ袋に手をかけた。


 「いいから。もう暗くなって来たし、愛波ちゃんはもう帰っていいよ。」


 そう言って、店長はゴミ袋を私から奪い取った。


 「そういう訳にはいきませんよ。皆さんまだ働いているのに…。」


 「大丈夫だよ。ちゃんと時給も掃除時間込みにしておくから。」


 「そういう問題じゃ…………」


  一歩も引かない店長にどうしようか、と困惑していると、その隙に店長はそくささとゴミ出しに行ってしまった。


  「なに、なんでお前だけ優遇されてんの?」


 先程の光景を見ていたのか、崎戸さんが側に来て心底嫌そうにそう言った。


 「気持ち悪。」


  彼はそう言い残すと、布巾を持ったまま厨房に向かって歩き出してしまう。








 ……いま、なんて言った?








 気持ち悪い、と彼は確かにそう言ったのだ。それは、私が散々感じていて、でも誰からも共感を得られなかった言葉だった。




 「待って!!」




 気がつくと、私は崎戸さんに声をかけていた。




  「……あなたも、そう思いますか?」


  「…は?」


 一瞬怪訝そうな顔をした後、直ぐに険しい顔つきになった彼はずかずかと私との距離を詰め、目を見開いた。


 「…お前、まさか」


  彼はそこまで言うと、口を噤んだ。否、言葉が詰まったようだった。

 しばらく間、静寂が流れると、痺れを切らした様に彼は頭を掻き毟り始めた。


 「…あー、面倒くせ。


 ……俺はその原因を知ってるかもしれねぇ。力になれるかは知らねぇが、教えてやってもいい。


 信じるか信じないかはどっちでもいいが、気になるなら着いて来れば?」



  彼はぶっきらぼうにそう言い放つと、そのまま厨房に戻ってしまった。






思えば、これが全ての始まりだったのだ。


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