アイのために俺は戦う
「長いな」
ほむらとアイが風呂に入ってから1時間ぐらいが経過している。
女の子のお風呂は長いとは聞いていたが、まさかこれほどとは。
アイはいつも俺と入ってるから、最高でも30分程度なのに、その倍も時間がかかっている。大丈夫かな? ていうか料理ももうできてるんだけどな。
そう思っていると、ようやくほむらとアイがお風呂場から出てきた。
「ふー、気持ちよかったわー。色んな意味で」
意味深な言葉を吐きながら出てくるので、俺は速攻でアイの方を見た。
見た目からは何も違和感はない。嫌がった表情とかそんなものはなく、いつも通り普通だ。あえて違うところを上げるなら、服装がさっき買った物になっていることぐらいだ。そこまで変なことはされてないのか。
しかし、風呂上がりの女の子というのは、良い匂いがするもんだな。同じシャンプーやら石鹸を使っているはずなのに、なぜこうも違うんだろうか。
「何見てるのよ?」
「あ、いや、別に。というかお前、それ俺の寝間着なんだけど」
風呂上がりのほむらが着ている服は、俺の夏用の寝間着だ。
「何よ、文句でもあるの?」
「いや、別にないけど……」
寝間着は別にあるからそこは問題ないんだが、同級生の男子の寝間着を何のためらいもなく着るって、こいつどんな神経してんだ。
こういうところが大地を振り向かせられないポイントじゃないのか?
「というかお前もしかして泊まる気か? 寝間着まで着て」
「そうよ? アイちゃん、今日はお姉ちゃんと寝ましょうね」
「……アキトも……いっしょに」
……アイ。
思わずキュンと来てしまって、アイを抱きしめたくなる衝動が生まれる。
だがそこをグッと堪える。
「ロリコンポイント、プラス1」
「何のポイントだよそれは!」
ほむらがわけの分からないことを言うので思わずつっこみを入れる。
「このポイントが10になった時、世間に公表します。ちなみに現在のポイント、8」
業務連絡のように淡々と述べるが、俺はそれを聞いてさーっと血の気が引く。
「ほむらさん、夕飯の準備が出来てるので食べましょう!」
「うむ、苦しゅうない」
ほむらのエラそうな仕草全てが気に障るが、ここはおだてておこう。それで以前家族が来た時に置いて行った日本酒を水と偽って飲ませて、今日のことを忘れさせよう。もしも忘れなくても酔いはするだろうから、恥ずかしい写真の一つでも撮って脅してやろう。
そんなゲスイことを考えながら、台所へご飯をよそいに行く。
何故かいつの間にか置いてあったほむら用の茶碗は確か棚の奥に……あった。これだこれだ。
俺は比較的大盛りで茶碗にご飯を盛り、リビングにあるテーブルにそれを置く。
「アキト、俺はこれよりも大盛な」
「佐藤、私はこれよりすこし少なめで頼む」
「はいはい……って何でここにいんだよ大地! 先生も!」
何食わぬ顔で大地と月野先生が座っており、厚かましくも飯を要求してきたので俺は思わず大きな声をあげた。
すると月野先生はしかめっ面でこんなことを言ってきた。
「食事の時は静かにするのが礼儀だぞ、佐藤」
勝手に部屋に上がり込んできた人間のくせに礼儀を語るのかよ。
「いやいや月野ちゃん、食事はわいわい楽しく食べるもんでしょ」
「そんな議論はどうだっていいんだよ! 何で! 2人が! 俺の家に! 来てんだ!」
「確か食器ってむこうにあったよな?」
俺の言うことを無視して勝手に台所へと大地は足を踏み入れる。
「お前、ちょっと待て! 俺の話を……」
「お、あったあった」
勝手にご飯を茶碗によそって食事の準備を進める大地。
「お前ら、俺の話をだな……」
「「「いただきます」」」
「俺の話を聞けええええええ!」
アイを除く3人は両手を合わせて行儀よくいただきますと言った。
俺の話を聞く気は一切なく、食卓に並べた今晩のおかずが瞬く間に減っていく。
このままではいかんと、俺も自分の分のご飯を速攻で持ってきて、夕飯という名の戦争へと身を投じようとしたが、時すでに遅し。
「「「ごちそうさまでした」」」
おかずは全て無となり、食卓に残るは今さっき持ってきたご飯と、おろおろとして夕飯にありつけなかったアイのご飯だけが残ることとなった。
「さて、腹も膨れたところだし、ここに来た理由を説明するとしよう」
少し大きくなったお腹を摩りながら、月野先生はそう言った。
「あとでに決まっているでしょうが! アイ、コンビニでおかず買ってくるから、ちょっと待っていてくれ」
「……わたしも、行く……」
「でも、湯冷めするぞ?」
「そうよアイちゃん、パシリなんてアキトにさせておけばいいのよ?」
こいつ、誰のせいで行くと思ってやがんだ。しまいにゃぶん殴るぞ。
「ううん……行く。アキト……きがえる?」
アイは傷が露わになっている半袖半ズボンのパジャマの端っこをつまみながら、俺に聞いてきた。
「うーん、別にいいか。そのまんまでも」
「あ、コーヒーゼリー買ってきて」
「俺はコーラ」
「私はビールを頼む」
「あんたら何様だ!? あと高校生に酒を買わすな!」
誰のせいでこんな時間にコンビニに行くと思ってんだ。
それをあまつさえパシリ扱いするとか、いつから俺の扱いはこんなに悪くなったんだよ。
「ったく、しょうがねえな」
俺は渋々3人の要求を了承し、お金を受け取ろうと手を差し出した。
「何だこの手は?」
素なのかどうなのか、俺には分からない。だがどちらにせよ、俺を怒らせるには十分すぎる反応だ。
「金だよ金! 頼むんだったら金出せ!」
「ツケで」
「ざっけんな!」
「わーったよ、出世払いで」
「変わんねえだろうが!」
「じゃあ私の体で……」
ほむらが肩をちらりと見せてきた。
「う〇い棒ぐらいの価値しかねえよ!」
「何ですって!?」
「佐藤、お前はもう大人だ。担任の私が認める。ビールを自分の金で買って来い」
「あんたはそれでも教師か!?」
などという問答が5分ほど続き、結局は3対1という圧力に負け、3人の要求をのむこととなった。お酒は買えなくても怒らないでくださいね、といったら、買えなきゃ補習夜中までだ。と言われた。
何この理不尽。
「アキト……あの人たち……きらい?」
俺と手をつなぎながら歩くアイが尋ねてきた。
「別に、嫌いじゃないさ。そりゃあめんどくさい奴らだけどさ、いいところも…………あるからさ」
「さいご……考えた?」
「そうだな。いいところは全然ないな。むしろ人の神経逆撫でするようなことばっかで、良い奴とは程遠いかもな」
「……? じゃあ、きらいじゃ……ないの?」
「ああ、それでも嫌いじゃないんだ。不思議だな」
ハハハ、と笑いながらそう答えた。
アイは不思議そうな顔を見せ、よく理解はしていない。だけど、いずれ分かるときが来るだろう。バカな奴らとバカなことをやっているだけで、たまにそのバカなことの標的が自分になろうとも、嫌いにはなれないそんな関係を。
きっと俺が、それを分かるようにしてあげよう。
「っと、もう着いたか。アイと話していると楽しいから、時間が経つのが早いなあ」
「……わたしも、だよ……」
ソウキュート。
ああ、何故アイはそんなにも可愛いんだろう。
と思うのは後にして、さっさと買い物を済まそう。
俺もいい加減に腹減ってるし、あの3人は遅れると怒るだろうし。
「これとこれと……」
おかずになりそうなものを適当に選んでカゴの中に次々と入れる。
どうせあの3人はまだ食うだろうから、大量に買い込んでも問題ないだろう。
「アイ、何か食べたいものあるか? 何でもいいぞ」
「……じゃあ、これ」
そう言ってアイが持ってきたのは、1個のプリン。
なんだろう、ただプリンを持ってきただけなのに、どうしてこんなに可愛いと思うんだろう? どうしてこんなにも胸が高鳴るんだろうか?
やはり俺はロリコン……違う、そんなではない。
「あいつらに頼まれたのは……これで全部だな」
買うべきものはカゴの中に入れたし、あとはレジに通すだけだ。何食わぬ顔で、さも当然のようにやり過ごすんだ。俺は何もいけないことはしてない、そんな感じで……。
「お客様、年齢を確認できるものはお持ちでしょうか?」
駄目だった。やはり俺の顔自体がまだ幼さが残るのだろう。
大人になったと思っていても所詮は高校生、幾人もの人間を見てきたコンビニ店員の目を誤魔化すことは出来ないか。
「あの、お客様?」
「……悪いけど身分証明書の類は持ち合わせていなくてな。でもさ、頼まれたものだから買わなくちゃいけないんだよ」
「そうは言われましても、お客様はどう高く見積もっても20歳未満に見えますし、年齢の確認が出来ないのであればお酒のご購入はちょっと……」
「頼みます! そこを何とか! 買わなくちゃ俺の首が飛ぶんです!」
物理的に!
「で、ですが、規則は規則ですし」
「頼んます! 今日だけ、今日だけでいいんで!」
「……はあ、分かりました。他のお客様のご迷惑にもなりますので、顔をお上げください」
「ありがとうございます!」
そしてすいません。バカな大人のせいで店員さんにご迷惑をかけてしまって本当に申し訳ありません!
心の中で精一杯の謝罪をしつつ、俺はお金を払ってコンビをを出る。
「これで何か文句言ったら、あの3人、マジで追い出すか」
3対1であろうと知ったことか。不意打ちでも何でもして追い払って、俺とアイだけの快適空間を何としてでも取り戻してやる。
そんな決意をして家に戻ってくると、3人は神妙な面持ちをしている。
なんだ、何でこんな状況になってるんだ? この3人が、こうなるなんて。
俺はあらゆる可能性を考えながら、3人に問いかける。
「何か、あったのか?」
だが問題は最悪なものだった。
「佐藤、お前……」
月野先生が心底残念だ、といった感じの表情を見せて、こう言ってきた。
「ロリコンだったのか」
「……………………は?」
「幼女を家の中に連れ込んで、水着を着せて抱き着いて性犯罪者のごとき顔を見せていたなんて、私は担任として恥ずかしいぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください。いったい何がどうしてそんな話に……」
「しかもいろんな服を着せてその様をカメラに収めるとは……お前に一体何があったのだ? 何故先生に相談しなかった!?」
「いやちょっと待て。まずは話を聞いて……」
「アキト、俺は悲しいぞ! お前がそんな変態だったなんて!」
「なっ……! ホント待て! どういう……」
「ククククッ……!」
見ると、ほむらがうつむきながら震えている。
よく見ないと分からないが、この女、笑っていやがる。
「ほむら! お前何言った!?」
「いいから何があったのか先生に言ってみろ。あれか、ホームシックでこんなことをしたのか? なら私のことをママと呼んでもいいのだぞ!」
「何言ってんだあんたは!?」
「俺のことはお兄ちゃんと呼んでもいいんだぞ!」
「だあってろ馬鹿が!」
ああ、頭がクラクラしてきた。ほむらが何を言ったのか、それはおおよそ見当がつく。
きっと俺のしたこと、プールでアイと遊んでいたことや、アイのために服を購入している時にカメラで撮影したことを、事実を巧妙に面倒くさい感じに伝えたのだ。
「お願い話を聞いて! 頼むから弁明させて!」
「詳しい話など聞きたくない。教え子の性癖など語られても困るだけだ」
「そうじゃなくて、アイはな……」
言いかけて、止めた。
一体どう説明するべきだ?
竜王機関の女の子で、可哀想だから家で引き取りました、と言ってこいつらが信じるか?
アイの体にある無数の傷跡を見れば信憑性は皆無というわけではない。それでも、決定的かどうかと言われれば、怪しい。
加えて、全てを包み隠さず伝えて、それをこの3人が信じたとしても、それはこの3人を危険な目に合わせるということだ。
俺のことをロリコンだというこいつらだが、そんなことにはさせたくない。
竜王機関は強大だ。目をつけられただけで今後の人生に多大なダメージを受けることは言うに及ばずだ。こいつらのためを思えば、何も言うべきではない。
かといって、
「どうした? なぜ何も言わない。やはりロリコンなのか?」
何も言わなければ俺がロリコンであるという疑念が消えない。
それはそれで俺の今後の人生設計に尋常ではない傷跡が残る。
何かないか? こいつらを黙らせ、かつ俺がロリコンでないと証明する魔法の言葉は?
と俺は真剣にどうするかを考えていたのに、この3人にとってそれは茶番に過ぎないものであったのだ。
「ま、それはとりあえず置いといて、今日来た理由を話そう」
今までの話をまるでなかったかのように月野先生は切り出した。
俺としては嬉しい限りだが、どうも釈然としない。
これはあれか? 俺のロリコン疑惑など初めからなかったということなのか?
信用してくれているということか?
「今日来た理由は他でもない。佐藤と赤坂の出場停止が解けたのだ」
「は?」
予想だにしないことだった。
こんなにもはやく出場停止処分が解けるなんて、異例と言ってもいいぐらいの出来事だ。
普通は1年以上、最悪の場合3年間なにもできないという事だってありえるのに、どうしてこんなに早いんだ。
という旨の話をしたら、月野先生はハッキリとこう言った。
「分からん! 急に大会委員会から連絡が来て、大会出場はOKだと言われた!」
胸を張って堂々と答えるので、これ以上は何も言えない。
「理由はともかく、お前たちが大会に出場できるのは確かだ。1年生の最初の大会はお前も知っている通り2週間後、スリーマンセル方式の大会だ。ここにいる3人で登録していいな?」
「で、でも、急に言われてもアイのこともあるし……」
大会は1週間で行われる。その間は学校側が借りてきたホテルに泊まり、過ごすことになっている。
「一緒に連れて行けばいいではないか。一人ぐらいならねじ込んでもバレんさ」
この不良教師め。
ていうか問題はそこだけじゃないんだよ。
アイを一人にすることだけでなく、アイを竜王機関に近づけたくないんだ。
学校の借りるホテルは当たり前だが大会会場とは目と鼻の先。あまりにも近すぎる。
さらに大会のメインスポンサーは竜王機関であり、問題が起こらないように中の中以上の階級の人間が警備員としてやってくる。
そんな場所にアイを連れて行ったら、間違いなく竜王機関にアイの所在がバレる。
「アイはこの家にいたいよな?」
このように質問すれば、アイがどう答えるかは分かっている。
「うん……」
「ほらな、アイはこの家にいたいんだ。よってホテルは無理」
「あ、じゃあここから大会会場に行きなさいよ」
「ここからどんだけの距離があると思ってるんだよ」
この家から大会会場までの距離は相当あって、気軽に往復できる距離ではない。さらに交通費も馬鹿高い。
「何言ってんのよ。あんたにはバイクがあるでしょ? それ使えば30分もかからずに着くじゃない」
……確かにその手がある。バイクで行けば1時間もかからずに往復できる。
でもなあ……。
「いいだろアキト? アキトがいなきゃ俺たち勝ちあがれないかもだし」
どの口がほざくか。俺がいなくても、大地とほむらだけで優勝の可能性は十分にある。
他に強力な能力者がいる可能性もあるが、それでもこの2人なら勝てる可能性はある。
「適当にぼっちの奴でも仲間にしろよ。そうだ、雪姫でも誘ったらどうだ?」
「俺は……お前とチームを組みたいんだよ!」
大地はこれまでにないほどの真剣な顔を見せ、俺の意思を揺らがせた。
ほんの少しだけな。
「また今度な」
アイが1週間1人で暮らせるほどの家事能力を身に着けた時は、まあいいだろう。
だがそれには最低でも1カ月はかかる。アイは賢い子だが、今まで家事は全部俺がやってそこら辺のところは何も教えてないから時間がかかる。
「……ロリコン」
大地がボソッとつぶやいた。
「アキトは子供と一緒にいたいから大会に出ない。これがロリコンでないとしたらなんになるのでしょうか先生」
わざとらしい口調で月野先生に大地は聞いた。
「正真正銘、まごーことなきロリコンであると私は考える」
「だから何だよ?」
なんだ、何が言いたいんだこいつらは?
俺がロリコンだとして、それが何になると言うんだ。
いやまあ、ロリコンじゃないけどな。
「言いふらしてやる」
「ちょっと待てい! お前そりゃ卑怯だろ!」
「佐藤が性犯罪者なのだとしたら、学長に報告せねばなるまい。そうなれば良くて停学、最悪の場合は退学だな」
この鬼畜教師め!
「てめえら、いくら親友と担任とはいえ、俺の堪忍袋にも限界はあるぞ?」
手をポキポキ鳴らしながらロリコンだと言いふらそうとする二人を睨みつける。
先生も指から糸を垂らし、大地も能力を発動しようと俺に手の平を向ける。
やってやろうじゃねえか。俺を怒らせたらどうなるか、お前らに教えてやる!
「ねえアイちゃん? アイちゃんはアキトのカッコいい所、見たくない?」
「……みたい」
「よし、早速作戦を考えよう。とりあえず大地とほむらは前衛でガンガン攻めて、俺は後ろでお前らが取りこぼした奴らを狙うのが上策だな。他の学生の能力についての情報も収集しながら戦いたいから、最初は2人は派手に、俺は地味に行動するのが良いだろ」
「切り替えはやっ!」
アイの一言で大会出場を決め、すぐさま作戦の立案に入る俺に大地は驚いた。
そして3人が俺に聞こえる声でこう話し始めた。
「やっぱあいつロリコンじゃねえのか?」
「そうよね。さすがにアイちゃんのこと好きすぎよね?」
「やはり学長に報告した方がいいか?」
好き勝手に俺のことをロリコン扱いするな!
大体アイのことを引き合いに出したのはほむらじゃないか。
そりゃあ、アイにカッコいい所を見せて、「アキトすごい!」とか言ってもらえたらなとは思うさ。
でも他にも理由が…………ないな。
あれ、アイにカッコいい所を見せたいっていう理由しか思い浮かばないぞ。
「とにかく、大会は2週間後だろ。それなりに準備をして……」
「あ、アキト、あんたが買ってきたコーヒーゼリー、3個入りのやつじゃない。これじゃなくて、一番高いやつに買い直してきて」
「俺のコーラもコ○・コーラじゃなくてペ○シな」
「私はキ○ン以外のビールは認めない!」
結局この日、俺の堪忍袋は完全にぶち切れ、3対1のガチバトルは勃発した。




