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消し炭にしてやる!

 着替えを終え更衣室から出て行くと、ちょうどほむらが更衣室に入るとこだ。


「もう着替えたのね。じゃあ私もすぐに……ってあんた!」

「え!? なになに!?」


 いきなりほむらが怒鳴りつけてきたので、俺は思わず後ろにあとずさる。


「なんでアイちゃんが男子更衣室から出てくるのよ!?」

「そ、そりゃあ、ここで着替えたから……」

「バカ! 子供といっても女の子よ! それなのに男子更衣室で着替えさせるなんて!」


 ほむらの言いたいことは分かる。確かにちょっと軽率だったか。

 だけど竜王機関のこともあるし、できるだけ目を離しておきたくはないんだよな。


「今度からは気を付けるよ。だからさっさと着替えて来い」

「まったく、デリカシーってものがないんだから」


 グチグチと文句を言いながらほむらは女子更衣室へと入っていく。

 もしも風呂も一緒に入っていると言ったら、ぶっ殺されるかもな。


「さ、行きましょ」

「はやっ!」


 まだ更衣室に入って十秒も経っていないというのに、綺麗に整理された服装で出てきた。

 髪が乾いているのはほむらの能力を使ったからだとは分かるが。


「早く行くわよ。とりあえず渋谷よ、渋谷」

「へいへい」

「あ、大地も呼んでいい?」

「別にいいけど、多分あいつは補習中だぞ。、月野先生は夜までしごくって言ってたから」

「そう、それなら……しょうがないか」


 あからさまにがっかりした様子でほむらは歩みを進める。俺はアイと手をつなぎ、それについて行く。

 渋谷なんてめったなことじゃ行かないから、ほむらについて行くしかない。


「大地に会えないのは寂しいけど、可愛いアイちゃんを着飾れるんだから、プラマイゼロ……むしろプラスね」


 こいつ、アイをおもちゃにする気じゃないだろうな?

 可愛くしてくれるのは嬉しいが、あまり好き勝手にされるのは、それはそれで気分が悪い。ほむらは正義感が強いが調子に乗りやすいから、そこだけは心配だ。


「ほらアイちゃん、周りの女の子の格好見て、どう思う?」

「…………かわいい」


 ボソッとアイがつぶやく。その姿に俺だけのみならず、ほむらも胸を撃ち抜かれたかのように顔をほころばせる。


「アキト、アイちゃんを思いっきり可愛くするわよ!」

「もちろんだ! 頼むぞほむら!」


 この時の俺はアイが普通の服を着れない事情が頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。

 ただアイの可愛い姿が見たい、その一心でほむらがいつも使っているという服屋について行った。


「ここよ。この店は子供から大人まで、どんな服もあるわ」


 ほむらの言う通り、そこには大人用から子供用まで、古今東西あらゆる衣服が置いてある。普段から適当な服装の俺からすれば、こんなちゃんとした服屋が存在することだけでも驚きだ。


「さ、とりあえず似合いそうな服を片っ端から選んでいくわよ」


 意気揚々と服選びにほむらは走っていった。自分の買い物でもないのによくあんなにテンションが上がるもんだ。

 俺もテンション上がっているけどな!


「アイ、どんな服を着てみたい?」

「……色々あって……わかんない」


 アイは自分で選べないことを申し訳なさそうに言った。


「ま、初めてだししょうがないか。俺も色々あって、何をどう選んだらいいか分からんし」


 ここは全部ほむらに任せた方が無難だな。あいつは今どきの女子高生らしく、オシャレにも気を遣っている。

 というか、大地を振り向かせるために身なりをちゃんとしてるんだけどな。そのことを周囲の人間はみんな分かっているのに、肝心の大地だけは気付かないという鈍感ぶりだ。

 反応を示したとしても、「ああ、いんじゃね?」と言うだけで、俺の記憶が正しければほむらに対して可愛いといった類の言葉を発したことはただの一度もない。

 そんな大地を振り向かせようとファッション雑誌を穴が開くほど読み、衣服に並々ならない情熱を持っているほむらがアイの服を選ぶのだ。間違いはそう起こるまい。


 それから待つこと5分ほど、ほむらが十着ほどの大量の衣服を抱えてきた。

 取り過ぎだろ。


「じゃあアイちゃん、試着してみましょうか」


 ほむらはアイの手を取り、試着室の中へと強引に連れて行った。

 俺はアイとつないでいた手を無理矢理はがされて、少しさびしさを感じながらも、アイがどんな格好で出てくるか想像して、楽しみにしている。

 アイがどんな格好で出てくるかを楽しみにしていると、試着室のカーテンがシャーっと音を立てて開いた。


「アキト……どう?」


 そう聞いてくるアイの格好は、白のワンピースに麦わら帽子をかぶった、清楚系の格好だ。まさに夏といった、夏らしいファッションだ。


「可愛い! 最高だ!」


 俺はストレートに思ったことを素直に言った。今まで見た女の子の中でダントツに可愛い、そう断言できるほどにアイの可愛さがまぶしい。


「ね、言ったとおりでしょアイちゃん。アキトは絶対喜ぶって」

「う……うん……」


 アイは頬を若干紅潮させながら、小さな声で返事をした。

 その反応がまさにベリーキュート! アイの可愛さを引き立ててくれる。


「いいぞアイ、最高だ! そうだ、カメラっと」


 本当はプールで使う予定だったカメラを取り出し、目の前にいる超絶可愛いアイを被写体にシャッターを切る。

 と、アイの裸すら見た事ある俺にとって、今のアイに何の違和感も感じることなく可愛いと言ったし、事実ものすごく天使な子が出来上がったと感心している。

 が、そんな俺の気持ちを邪魔する声が聞こえてくる。


「ちょっとあの子、傷だらけじゃない」

「わ、ほんとだ。よく肌を晒せるわね」


 年齢は30を超えていそうなおばさんたちの、隠す気のないヒソヒソ話が聞こえてくる。


「よくもまああんな格好できるわね」

「まったくね。あんなもの見せられるこっちの身にもなれって話よ」


 おばさんたちの話は俺をイラつかせ、少し文句でも言ってきてやろうかと思ったが、話題の中心になっているアイ自身が何とも思っていなさそうだし、今日の所は見逃してやろう。今は可愛いアイを堪能したいしな。

 と、俺は見逃す気満々だった。

 そう、俺は……。


「ちょっとそこのババア! アイちゃんに文句でもあるの!?」


 怒りの炎を燃え上がらせ、ほむらはアイを悪く言うおばさんたちに分かりやすい敵意を放つ。それを俺は慌てて止める。


「待てってほむら! 確かにむかつくけど、こうなることぐらい分かってたろ」

「でも言ったでしょ! そんな奴らは消し炭にしてやるって!」


 やっぱり本気だったか。


「やめろ。騒ぎを起こすのは俺にとってもお前にとっても、アイにとっても良くない」


 俺は燃え盛っているほむらの手にそっと自分の手を添える。

 すると、ほむらの手にある炎の勢いがなくなっていき、その炎は完全に消えうせた。


「アキト……わたし、悪いこと……した?」


 ほむらの激昂が自分のせいであると感じたアイが、恐る恐る俺に尋ねた。


「いいや、誰も悪くないさ。ただちょっとした認識の違いがあるだけだ」

「認識?」


 アイにはちょっとわかりにくい言葉だったか。なら簡単な言葉で納得させてあげよう。


「アイはいい子だよ。俺の困ることなんかしたことないだろ?」


 そう言いながら、俺はアイの頭を優しくなでてあげた。するとアイは「えへへ」と笑い声をあげ、嬉しそうに表情を緩ませた。

 それが俺にはたまらないほどかわいく映る。天使か!


「つーわけでほむら。アイのファッションショーの続きだ」

「……分かったわ。アイちゃん、次はこの服着てみましょうか」


 それ以降もアイに対する陰口はちょくちょく聞こえてきたが、俺はそのすべてを無視した。たとえ何を言われようと俺がアイを可愛いと思う気持ちが変わることもなく、アイ自身も陰口をたたかれてもまるで意に返す様子がないので、無視が一番だ。

 ただ、ほむらだけは完全に聞き逃すことが出来ず、何度も手のひらから炎を溢れさせていたが。

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