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唯一の方法

 俺の人生は、もう破滅だろう。

 だけど、生きる意味はある。俺がこんな状況に陥ったのは、まぎれもなく俺の責任。

 俺が自分で決めた道だ。ただほんの少し、想定と違っていたに過ぎない。

 俺には生きる意味が、生き残らなければいけない理由がある。


「……アキト?」


 心配そうに俺を見上げるアイ。この小さな少女が俺の生きる意味。

 たとえ世界を敵に回そうと、家族すら俺を軽蔑しようとも、俺はアイと一緒に生きる。


 ごめん、親不孝な息子で。

 ごめん、頭の良くない弟で。

 ごめん、誇れない兄で。


 俺は俺の欲望のためだけに生きる。

 ただアイと平和に過ごしたいという理由だけで、世界を敵に回す。

 許してくれとは言わない。これは俺の覚悟して選んだ道だから。


「まあ俺のことはともかく、これからどうするかだな」

「相当タフだな君は。性犯罪者の汚名を着せられているというのに」

「んなことどうでもいい。俺がどれだけ辛くても、アイが幸せならそれで、な」

「……しかし、アイの幸せはかなり難しいことだがな」


 その通り、現状ではアイが幸せになる術はないに等しい。

 世間では俺は誘拐犯、アイを世間に公表させて同情の目を集めたところで、俺はアイと一緒にいることは出来なくなる。傲慢かもしれないが、俺がいなければアイは幸せになれない。


「だから方法を考えてくれたらうれしいな轟さん」

「無茶を言う……が、ないこともない」

「は!? マジで!?」


 もはや残された手なんて見つからないようにどこかへ隠れるぐらいしかないと思っていた。アメリカにでも行けば竜王機関はうかつなことは出来ないと。

 しかしそれでは幸せとは程遠いだろう。アメリカはいずれ日本と戦争する。竜王機関が掴んだ情報だ。それに誤りはないだろう。

 となれば、安全地帯ではない。

 別の国では、竜王機関が過激に行動しないとも言い切れない。

 俺の陳腐な考えでは、アイの幸せになる方法は思いつかない。


「だが、この手は出来れば使いたくはない」

「まず教えろ! そこからは俺が判断する!」

「……犯罪者になることを良しとする人間に教えたところで、この方法を使うと言う未来しか見えんよ」

「ひどすぎなければ使う!」


 俺の基準としては、大地やほむら、家族などが極端に傷つかなければいい。

 赤の他人が傷つくことはどうでもいい!


「……よく判断しろよ。やることはさっき言ったのと同じだ。ネットでも何でも使い、アイのことを公表する」

「んなことしても、俺が犯人だって思われるだけじゃないか?」

「犯人が写っていなければ、だがな」

「あ? どういうことだ?」

「竜王機関はアイのことを研究していた。ならばその記録データがあることは必然だろ?」


 轟霊はポケットから一つのメモリーカードを取り出した。


「それにアイのデータが入っているのか? ていうか何でそんなの持ってんだ?」

「私はアイの研究をするチームだった。君とアイを助けるついでにデータをかすめ取るなど、造作もないことだ」


 そうか、瞬間移動を使えば潜入して強奪することぐらいわけないか。

 だけど、なんか引っかかるんだよな。研究って言葉が。


「どうして研究なんて言葉を使うんだ? 訓練の方が合ってるんじゃないか?」

「君はすべてを知っていると思っていたが、そうでもないのか。アイでやっていたことは一つではなく二つだ。一つは君の知っている通り、アイの能力を十全に使いこなせるための訓練。もう一つは、実はこっちの方が本命だったりする。アイのクローン作りだよ」

「クローン?」


 小説や漫画などでしか聞いたことのない現実感のない単語に、俺は首をかしげて聞き返す。その様子に轟霊は昔を思い出すような顔をして語る。


「アイと全く同じ存在を作り出す。そっちのほうが重要だった。だから訓練という言葉よりも、研究という言葉の方が多用されるということさ」

「いやいや、そんなこと可能なのか? だってクローンって、漫画やアニメだけの話だろ? 技術の発達した現代でも、そんなことは不可能なはずだ」

「君が思っているよりもはるかに技術は進んでいるのだよ。現段階でもミミズのクローンぐらいなら作り出せる。能力の有無はともかく、アイそっくりの人間を作り出すならば、あと十年もすれば出来ていた。さらに何十年か経てば竜王機関は無敵の兵器を大量に、永久に保持し続けることになる。武力による世界平和は永遠のものになる、というわけさ」

「さすがに……理解に苦しむな」

「私もだよ。もっとも私は、アイの現状を知るまではこの研究に心躍らせたものだ。姿かたち、全てが全く同じ人間を作り出すなど、科学者にとっては夢の一つだ」


 たしか、轟霊は高校卒業後に兵士ではなく、科学者になったという情報を見た。

 ついでに医療についても優秀な成績を持っていた天才であるとも記載があった。

 そんな優秀な人間も、人の子だったか。


「ただのクローン作りならば私はアイのことを何とも思わなかっただろうな。科学の発展の犠牲の一つ、そう捉えていたのは間違いない。ただ、アイは私の思っていた以上に過酷な状況にあった。来る日も来る日も苦痛の連続、心休まる暇などなかっただろう。やがて、耳をつんざくほどの叫びも聞こえてこなくなり、表情一つ変えなくなった。そしてアイは…………いや、この話はよそうか。とまあ、私はあの場にいることに嫌気がさしてアイを逃がした。それまでのデータが入っているメモリーが、これだ」


 メモリーガードを指先でクルクルと軽快に動かす轟霊。しかしその表情は、決して穏やかなものではなかった。

 憤怒、憎悪、悲しみ、全てがいっぺんに顔に浮き出た、何とも複雑な顔だ。


「これを公表すれば竜王機関の信用は一気に地の底だ。たちまち日本という国はパニックに陥るだろうな。だから、たとえアイを逃がすためでも使いたくはないんだ。私にも一応、家族はいるからな」

「やめるか?」

「ハハハ、君らしくもない。たった一人の少女のために一国を敵に回した男の言葉とは思えんな。アイの次は、私に惚れたか?」


 茶化しながら、そんなことを言った。だがその笑顔の裏には、計り知れない葛藤があるに違いない。

 俺にとってはアイがすべてだ。

 だが轟霊はどうだ? 俺の勝手な想像だが、轟霊の動く理由は完全な同情、可哀想だから手を貸すというものだ。正直言って、家族に迷惑がかかりうる状況を良しとはしない。


「俺はそのデータを公表することは賛成だ。だけど、俺はあんたに感謝している。助けてくれたこともそうだが、あんたがいたから俺はアイと出会うことが出来た。だから、あんたがデータを公表しないと言うなら、それでもかまわない」

「……これ以外に方法はないぞ?」

「それでもだ」

「君は、一生性犯罪者よばわりされるぞ?」

「どうでもいい。アイがいればな」


 本心からの言葉だ。アイさえいれば、家族から軽蔑されようとも構わない。

 本当は辛いけど、それでもアイがいなければ俺はこの先の人生、満足することはない。


「だから、そのデータを公表するかどうかはあんたが決めろ」

「よし、なら公表するか」

「はやっ! ちょっと、もう少し考えてもいいんすよ!?」


 あまりにも早い決断に、俺は思わずもう少し考えることを提案してしまう。

 俺からすれば非常にありがたいことだが、ここまであっさりと決断されてしまうと、どうにも釈然としない。


「なに、このデータを表に出すことで日本はある程度混乱するだろうが、私の家族という一個人にだけ特別に負荷がかかる、というわけでもない。これにより引き起こされる混乱は一時的な物だろうよ」


 轟霊は笑いながらそう言い、手元にあるメモリーカードを躊躇いなく、部屋の机に置いてあるパソコンに差し込む。

 そのデータの要領は相当な物らしく、研究の数値データとアイの動画による記録データだけでも、何百テラと凄まじいものだ。

 轟霊はその中の動画データから必要なものをいくつか取り出し、ユーチューブやニコニコ動画、他にも俺がよく知らない動画サイトに同時に動画をアップロードし始めた。

 所要時間、5分ほどか。


「轟さん、このデータを公表した後、俺はアイを連れて逃げ回るだろうから、バイクかなんか貸してくれないか?」

「ん? ああ、それなら私の私物を使うといい。よっと」


 何もない場所に、轟霊の一言で一瞬にしてこの場にバイクが出現した。

 改めてみると、この能力、便利すぎるな。


「私の能力はすごいぞぉ。移動を行った後のタイムラグは3秒。さらに私以外にも10まで登録することが可能であり、登録した物、及び人間は好きな場所に好きなように移動することが出来る」

「それで、俺を登録してたってわけか?」

「イエスだ。君には何かを感じてね、空きがあったから一応登録しておこうと思ったのだ。登録したのは君と廊下ですれ違った時だ」

「なるほど、逃げるだけならかなり有用な能力だな」

「言っておくが、私は君たちと一緒に逃げんぞ?」

「それは別に構わないけど、どうしてだ?」

「単純明快、私はこの国を離れるつもりはない。愛着もあるからな」

「はあ、そんなもんですか」


 竜王機関から逃げるとあれば、この国のどこにいても安寧はないと思うんだが、この人がそう言うのであればそれを否定することは出来ない。

 それにこの人なら、逃げることなど造作もないことだ。

 俺が心配することでもないな。


「お、アップロードが完了したぞ」


 パソコンの画面を見せながら、まるで初めて動画投稿をしたユーチューバ―のようにはしゃいでいる。やっていることはものすごい大規模事件なのだがな。


「お……おお、見ろ、再生数がどんどん増えていくぞ。コメントの数もものすごいし、ツイッターで拡散されまくっているぞ」


 動画の再生数はまだ数分しか経ってないというのに、1万以上を超えている。

 その際、動画の中身を見たのだが、胸糞悪いの一言に尽きる。

 序盤はアイの叫びが聞こえてこないことの方が少ない。体中に傷をつけられ、涙を流し、血を流し、立つことすらままならない状態になっている。

 中盤は序盤ほどひどくはないが、アイが傷つけられることに変わりはなく、加えて精神的に痛めつけることすら行っていた。

 終盤、もはやアイは一言も発していなかった。どれだけ傷つけられても、どれだけ辛いことがあったとしても、顔色一つ変えず、ただやり過ごすだけとなっている。

 これが、アイの受けていた責め苦。

 動画のコメント欄には、多種多様なコメントが寄せられていた。

 動画の真偽を疑う声、可哀想だと訴える声、ドン引きしたという声。

 様々な物があったが、最も多かったのがこれだ。


『竜王機関死ね』


 動画にはご丁寧にその場所が竜王機関であることを確定する情報が散りばめられている。

 合成じゃないか? ヤラセだろ? そんな声もあるにはあったが、やはり一番多いのは竜王機関を批判する声だ。

 そしてコメントの中にはこんな物もあった。


『この子、さっき誘拐されてた子じゃね?』

『あ、マジだ。どゆこと?』

『じゃあさっき報道されてた犯人は竜王機関?』

『いやいや、あいつ確か高校生だよ。前に大会で見た』


 さきほどの誘拐事件の報道についてのコメントも多数存在する。

 これで俺の容疑はかなり薄まっている、と思う。


「よし、ではそろそろ行き給え。今逃げれば追手は少ないはずだ」

「追手がない、とは考えられないか?」

「ないな。敵の優先度の第一位は国民の疑念を晴らすこと、第二位がアイの確保だ。場合によってはアイの能力を公表して強引な手を打つとも考えられる。敵の追手は必ずあるよ」

「だよなあ。よし、じゃあさっさと逃げよう。轟さん、手っ取り早く外国にでも瞬間移動してほしいんですけど」

「……さっきはどこにでもと見栄を張ったが、実は半径50キロの範囲しか無理だ」


 轟霊が申し訳なさそうに、身を縮めてそう言った。

 その様を見ると、これ以上ツッコむ気も失せる。


「そう言えば、どうしてアイを逃がした時、一緒についてこなかったんだ?」

「ああ、それはな、アイをどこに飛ばしたか分からなかったからさ」

「はあ?」

「アイをランダムに飛ばした。どこにいるかは私にすらわからなかった」

「なんでそんなことをしたんだ?」

「簡単さ。さっきも言っただろう? 私の能力には3秒のタイムラグがある。その3秒の間に、私を捕らえることなど敵には容易だった」

「だとしても、あんたが触れながら移動すればよかったんじゃないか?」

「無理だ。私は日々アイに同情的な行動をしていたから、アイへの接触は禁止されていた。アイに触れようとした瞬間、私はやられていただろう」

「なら、どうやって逃がしたんだ?」

「なあに、アイに着せていた作業着、それを登録したにすぎん。洗濯すると言って持ち出した時にな。移動させるモノが触っている物なら、登録せずに移動できる」

「なるほどな」

「ランダムに飛ばしたのは、記憶を探られれば厄介だったからだ」

「疑問は一気に解決したよ」


 轟霊が当然行うべきだと考えていた行動、それをしなかった疑問が一気に解決し、俺はこの人を完全に信用した。いざとなればまた、助けてくれるかもしれない。

 そんな期待をして、逃げることを決める。


「アイ、バイクに乗れ。ここから出るぞ」

「……うん」

「ほれ、私のバイクのカギだ。使い給え」


 轟霊がカギを取り出して俺に差し出すが、俺には必要のないものだ。


「いらない。カギは別に必要ないから」


 能力を使って飛ぶのだから、機械的に動かす必要はない。

 むしろ、エンジンとかそういった物は重りになるから無くした方が良い。

 究極的に言えば、バイクの形さえしているのならば俺には問題ない。


「佐藤君、検討を祈ってるよ」


 この世界で唯一の同志のエールを背に、俺はこの場を後にする。

 目指すは外国、敵に捕まることなくそこにたどり着ければひとまずは安心だ。

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