表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

頑張る理由

MF文庫の新人賞で三次落ちした作品です。

最後まで毎日投稿するので、エタる心配はありませんよw

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 深いため息をつきながら、重い足取りで目的地へと向かう一人の男。

 俺の名を佐藤アキト。どこにでもいる平凡な高校1年生だ。


「やっちまったなあ。まさか名前を書き忘れるなんて」

 夏休み前のテスト、まさかの名前の書き忘れによって5教科中4教科0点をたたき出し、補習に向かう最中だ。だがまあ、ちゃんと名前を書いてテストを提出して補習になった学生とは違い、答え自体は正しかったので1週間の補習だ。

 だが人生初の補習、気が重い。

 周りの学生は私服姿で街に繰り出しているというのに、自分はいまだに学生服。進学校でも何でもない高校なのに休みの日に学生服でいることが、自分が馬鹿だと証明しているみたいでやるせない。


「おーっすアキト。今向かうとこか?」


 急に陽気な声で語り掛けてきた男は、俺とは違い名前しか記入せずにテストを出した本物の馬鹿、赤坂大地だ。

 真夏の暑い時期だというのに、無遠慮に肩を組んでくる大地にイライラを募らせる。


「あっちーんだよ。離れろ」

「つれないこと言うなよー。ほれ、俺が冷やしてしんぜよー」

「いらねえよ。それでてめえ、俺のこと氷漬けにしやがっただろ」

「おいおい、いつの話だよ。もう1週間も前の話だろ」


 たった1週間しか経っていないと思う俺は、大地のこの無神経さに腹が立つ。


「いい加減にしねえと、てめえのその空っぽの脳みそに分厚い辞書ぶち込むぞ」

「おおこっわ。退散退散」


 へらへらと笑いながら大地は俺から離れる。そして意気消沈している俺とは違い、楽しそうに学校へと向かう。


「お前は楽しそうだな。補習だっていうのに」

「おお! 補習なんて慣れっこだし、それになんと言っても、あの雪姫、飛鳥さんも補習に出るんだぜ」

「はあ、やれやれ」


 大地の言う雪姫こと飛鳥は、本名、氷室飛鳥、類まれな容姿を持った美少女だ。

 俺も可愛いとは思うし、一緒に補習を受けることを好意的に受け取る大地の考えに賛同しなくもない。


「教室についたらなんて話しかけようか? あ、昨日見たAVの話でもしたら喜ぶかな?」

「そんなんで喜ぶのは馬鹿な男子高校生だけだ。というかお前に話しかけられて喜ぶ女子はいない。みんなトラウマだ」

「ひどっ! じゃあアキトは雪姫になんて話しかけるんだ?」

「そんな気はさらさらねえよ」


 雪姫は確かに綺麗な顔をしているが、俺の琴線に触れることはない。


「大体お前は教室に入った時点で先生に捕まって、机から離れられない体にされるだろ」

「くそー、月野ちゃんめ、俺に何の恨みがあるってんだ」


 教師にとって赤点を連発する人間など好きになれるはずもないのに、大地は自分のしていることを棚に上げて恨めしそうに言う。

 俺はそれを黙って見るだけだ。以前、大地をフォローした時にうっかり教師の悪口めいたことを言ったら、大地にチクられたからだ。同じ轍を踏むような馬鹿ではない。


「さ、学校着いたぞ」

「教室についたら、まずアキトを盾にして飛鳥さんに近づき……」


 友情のかけらも感じられない発言を無視し、一人で教室に向かう。

 校庭で部活動に励んでいる学生を眺めながら、閑散とした校内を歩く。普段の学校とは違った空気は新鮮で、たまには補習もいいかもな、と今の状況を肯定化しようと努める。

 だがどれだけ好意的に考えようとしても、自分のありえないポカのせいで補習を受けるという事実が変わらないことは、頭の中から離れてくれない。

 こうなったら大地が教師に捕まっているところでも見て笑おう、そんな気持ちで教室に入る。中に入るとあの雪姫、氷室飛鳥が俺をじっと見てきた。凍てつくような視線、何かしたかな、と首をかしげつつ、自分の席に座る。


「佐藤、赤坂はまだ来てないのか?」

 担任の女教師、月野美香が俺にそう聞いてきた。大地の奴はこの教師に相当、目をつけられているのだ。


「校門の前にいましたよ。あと数分もすれば来るんじゃないっすか?」

「そうか、なら準備をしておくか」


 そう言って月野は爪を突き立てた。そしてその爪先から白い1本の線が飛び出る。10個の爪から出た10本の糸が、教室の入り口付近で待機する。

 これは月野先生の持つ能力、操糸だ。

 この世界の人間は一人につき一つ、固有の能力を持つ。それは月野先生のような爪先から糸を出す能力のほかに、火を噴き出したり、水を噴出したり、風を操ったり、地を裂いたりなどの能力と様々だ。


「おっはよーございまああああぁぁぁぁぁぁ!」


 ワンパク坊主のように元気のいい声で大地が教室のドアを開けて入ってきた瞬間、あらかじめ用意していた糸で月野先生は大地を拘束、椅子へと縛り付ける。


「ちょっと月野ちゃん! いきなりはひどくない!?」

「先生と呼べ。お前は信用度皆無だからな。下校時間になるまでそのままだ」

「そんな、飯はどうするんですか!? 腕も動かせないんすけど?」

「安心しろ。この私が手ずから食べさせてやろう」

「あ……ありがとうございます」


 まんざらでもなさそうに大地は首だけで礼をする。


「で、でもトイレは?」

「お前の力で固めろ」

「無理! 無理です! そんなことしたら俺死んじゃう!」


 大地の能力は氷結。瞬時に巨大な氷壁を作り出すことも可能であり、自分の体内の物を凍らせるなど造作もないことだ。だが強力な分制御が難しく、それで涼もうとしたときに俺は氷漬けにされた。もし自分の糞尿を凍らせようとすれば、即死は確実だ。


「冗談だ。トイレに行きたくなったらすぐ言え。ズボンとパンツを下ろして校庭にぶちまけるようにしてやる」

「今度は社会的に死んじゃう!」

「先生、人数が揃ったのなら早く補習を始めてください」


 月野先生と大地の絡みを苛立ちながら雪姫が制止する。補習を受ける身分でもこの態度を保つとは中々の胆力だ。普通なら恥ずかしくて死ぬ。


「ああ、悪かったな。では今から補習を始める……と言いたいところだが、1人の馬鹿のせいでまずは歴史から勉強だ」


 月野がそう言うと、俺と雪姫が大地の方を向いて、非難の目を浴びせる。


「大地、お前まさか?」

「佐藤、そのまさかだ。この馬鹿は社会科の中での超絶サービス問題、機関について間違えた」


「マジかよ……」

 呆れてものが言えない。雪姫もまさかそんな馬鹿がいるのかと、驚きで目を見開いている。それほどまでに機関についての問題とは常識なのだ。


「お前らには悪いが、この問題を間違えた場合、補習者全員連帯責任で歴史の勉強だ」

「……はあ、しょうがありませんね」


 雪姫が諦めたかのようにため息をつく。それもそのはず、本来なら小学生の段階で説明されるものを高校生になった今、説明されるのだ。


「まあお前らの理解度を示せばすぐに終わらせることが出来る。ではまず、佐藤。我々人類が能力に目覚めたのはいつだ?」

「今から500年ほど前、2030年です」

「その通り。人類が能力に目覚めたのは2030年。ではその際に起きた問題を、氷室、答えてみろ」

「能力に目覚めた者はその能力を悪用し、悪いことをしました」

「う……む。少々曖昧だが、まあそんなところだ」


 月野は雪姫の、悪いことをした、という小学生並みの語彙力に多少顔をゆがませながらも、間違ったことは言っていないのでとりあえずはスルーする。


「では次、赤坂! 能力を悪用した犯罪者に立ち向かった組織の名を答えろ!」


 2人に対してとは明らかに違う迫力のある声で月野は大地に問うた。


「な、なんか俺だけ厳しくないっすか?」

「黙れ! いいから答えろ!」

「えーっと、確か…………超能力戦隊!」

「特撮アニメかバカモンが! 竜王機関だ!」

「そっちかー」


 あたかも2択をを外したかのように振る舞う大地だが、かすりもしなかった答えを言った時点で嘘だというのは明白だ。月野先生の指にも自然と力が入る。


「イタイイタイ月野ちゃん! 締め付けないで!」

「次だ! 次を当てれば許してやる。竜王機関が制定したランク制度について説明しろ!」

「えっと、GからSまでのランクがあって、高校3年間で能力ありの公式大会で勝ってポイントを稼ぐこと、です」

「……正解だ。なぜそれがテストで出来ん?」

「名前を書いて力尽きました」


 悪びれもせずに言う大地に、月野の怒りが増したのか、大地に絡みつく糸が肉に食い込んでいく。


「なら、ランクが上がるとどうなる?」

「ランクB以上なら竜王機関に入ることが出来て、治安維持部隊で一生安定した暮らしが出来ます。B未満でもポイントに応じて企業に優先的に入社できます」

「うむ、その通りだ。分かっているな。では遅れたが補習に……」

「ランク上げればいいんだから、こんな勉強とか意味ありますか?」


 大地がランクについて大まかに把握していることに若干機嫌をよくした月野先生だったが、大地の不用意な発言で再び機嫌が悪くなった。


「おい大地、俺たちの状況忘れたのか? 氷室さんはともかく、俺たちは大会にいつ出られるか分からないんだぞ」

「つってもいつかは出られるだろ。無期限大会出場禁止ってのは、いつかはなくなるだろ?」


 そのいつかがいつになるか分からないから問題なのだが、大地はことの深刻さをまるで理解していない。


「赤坂、過去にも無期限出場停止処分はあったが、最長で3年ずっと大会に出られなかった奴がいるんだぞ」

「つっても、俺たちが悪いわけじゃないんだから、すぐに停止処分もとけるんじゃ……」

「そんな甘いものだったら無期限停止処分などになるわけがなかろう」


 月野先生の言う通り、大地が悪いわけではないのだとしたら、停止処分などになるはずもなく、仮に受けたとしても無期限などというあやふやなものではなく、1カ月程度のもので済むはずだ。そうなっていないということは、この停止処分がいつとけるかどうかも分からないということだ。


「だから、お前らはランクが上がる見込みがないから、勉強を頑張って能力が弱い学生のように、前時代的な就職活動をするしかないんだ。分かったか?」

「はいはい。分かりましたよ」


 それでも納得がいってないのか、大地は不貞腐れているかのような顔をする。大地は勉強がからっきしだからランク制度に期待していた分、この状況をそう簡単に受け入れたくないのだろう。


「では初めは小テストからだ。いい点を取ればすぐに帰れるから、がんばれよ。だが赤坂は別コースだ。みっちり教えてやる」

「お、お手柔らかに……」


 やっとまともな補習が始まった。



「……俺、何のために学校に来たんだろうかな?」


 一回目の小テスト、それで全教科高得点を取り、わずか1時間足らずで補習から解放された。これを今後も続ける意味があるのだろうか、と首をかしげながら俺は家路につく。


「しかし、雪姫は1年生最初の夏の大会でポイントを上げる見込みがあるが、大地はなあ」


 ランクが上がる見込みもなく、勉強をしての就職活動すら絶望的な大地には、他人事ながらも心配になる。

 先日、俺と大地はとある事件を起こした。それはランクBの学生が低ランクの学生をいじめているところを助けたという、罪どころか称えられてもいいことのはずだ。だが俺たちは学生を助けるために、能力で人を傷つけた。

 助けるためという大義名分があり即退学ということにはならなかったが、それでも無期限の出場停止処分は免れなかった。大地に悪いが、俺は生涯Gランクを覚悟している。


「学生の本分は勉強……何百年前の考えかね」


 頭が痛くなる問題だが、なってしまったものはしょうがない。

 俺には16歳にしてすでに頑張らなければいけない理由がある。そのために勉強を頑張り、いい企業に就職し、金を稼がなくてはいけない。文句を言う暇があったら勉強をすればいい。幸いにして頭は元々いい方だ。将来的には困らないと自信を持って言える。


「今は勉強を頑張って、万が一、停止処分がとけたらランク上げを頑張る、これだな」


 自分の歩むべき道を再確認して家に着いた。この家には親はいない。兄弟もいない。高校生になった時に親に頼み込み、1人暮らしを始めたのだ。


「ただいま」


 本来ならだれもいない、いてはいけないはずの家の中に向かってただいまと声をかける。


「おか……えり……」


 ただいまの声に呼応して、たどたどしいおかえりの声が聞こえた。

 ワンルームの中心に、1人の少女が座っている。真っ白な日焼けをしたこともないのではと思うほどの肌が特徴的な、10歳ぐらいの女の子。夏だというのに手の甲まで袖が伸びた服を着ている。

 俺は1カ月ほど前からこの少女と2人暮らしをしていた。


「はやかった……ね」

「ああ、アイに早く会いたくてな」

「……わたし……も、会いた……かった」


 頬を若干赤く染めながら、少女……アイは俺の目をまっすぐ見つめる。

 照れて思わず目を逸らそうとするが、先日のことを思い出してぐっと堪える。

 以前、同じようにアイに見つめられたとき、俺は目を逸らしてしまった。それが悲しかったのか、アイは両の目から涙をポロポロと流して、その場にうずくまってしまったのだ。

 あのようなことはもうしないし、なによりあの顔を見ると心が痛い。


「アイ、今日はどうしようか?」

「お外で……あそびたい」


 申し訳なさそうな上目遣いでアイは言う。


 俺は、ロリコンだったのか!?


 少女に上目遣いで言われ、俺の心はすでに撃ち抜かれている。アイの望み通り、外で遊ぶことはすでに確定事項だ。ただ、自分が犯罪者になってしまうかもしれないという気持ちが俺の中で渦巻いている。

 これが俺の頑張る理由だ。1人の少女のためにこの先の人生を頑張ろうとしているのだ。


「アキト……ダメ?」

「さ、すぐ外に行こうか。夏だし海に……いや、こっからだと遠いし、プールに行こうか」

「プール? 楽しい?」

「ああ、きっと楽しいぞ。もしも楽しくなかったら、その時は別の所に行こう」


 甘やかしているかのような発言だが、俺にとっては気にすることではない。というか、アイが喜べばなんでもいいという気持ちが、すでに俺の心を侵食してしまっている。


「じゃあ行こうか」

「うん……!」


 この夏休み、俺は勉強もするだろうが、アイの楽しみを優先するであろうことは言うまでもない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ