〜魔神とはなんなのか?〜
リューヤは怯えていた、目の前にある洞窟の奥に住む存在に。人ならざるもの、しかし魔物でもない道の存在に。
『その気持ちわかるぞ、我も金色狼だったときは覚悟が決まるまで2ヶ月かかったものだ、過去にも数百数千の魔物が挑み命を落としたこの魔神の祠。しかしここでその魔神に認められたことで我は帝狼へと進化できたのだ』
テイローは自身の右前脚に付けられた、五芒星が幾つも彫られた腕輪をリューヤに見せながら自慢げに言って見せた。この目の前に迫る恐怖の根源とも言えるような存在と戦い認められれば強大な力を得られる、しかしその代償が自らの命、力を得たいと考えている人間が死んでもいいなんて思うはずもなく、リューヤも例外にもれなかった。
「力は欲しい、でも死にたくはない」
本心をそのまま言葉にした、それはテイローにとって想定内の返答だったらしく
『やはり…か。我もそうだった。多くの仲間を持ち、自らの命が自分だけのものじゃなくなったと感じた。そんなときに我はこお洞窟の中に入った。なぜかわかるか?』
リューヤは頷く。テイローが当時考えていたことがリューヤには手に取るようにわかっていた。それは純粋に力が欲しかったから。自らの欲を満たすためだけではなく、仲間を守るための力が欲しくて。
『リューヤよ、今のお前は魔力の総量が増えたとはいえ魔法の扱いが上手くなったわけでもなく、戦闘力を見れば以前評価したものより僅かに上昇している程度だ。それでもし、我らがお前に牙をむいた場合、お前はサーシャを守れるのか?』
「それ以上言うな、お前はそこまでして俺をここに行かせて何の得があるんだよ」
リューヤは目を細めながらテイローを睨みつけるが、返事はなく鼻を鳴らすだけだった。それだけでリューヤは覚悟を決めて洞窟の中に入っていった。それを見送るテイローの目つきは真剣そのもので、肌で感じていた恐怖が間違いではなく本物であることを実感させた。
洞窟の中はねっとりとした感触のエネルギーが満ち溢れているということと、所々壁面によく分からない模様が彫られているだけで入口の大きさの割に入ってすぐに大きく開けているだけで中には何もなかった。
「どういうことだ…行き止まり?」
直径200m、高さ10m72cmの半球体状の洞窟は薄暗くて不気味な感じだが、その空間のどこにもエネルギーの主はいなかった。
「テイローが騙したと考えにくいし…それに何よりここだと外のことが何もわからないな。完全に隔離されているってことだろうな。」
とりあえず、今現在でわかっていること知り得る情報を整理していく。リューヤの特技である視野内数値化は見えている物体ならば意識せずとも数字を目に見えている景色に直接表示してくれるが、魔力や気温など、目に見えていない情報に関する数字はそれに意識を置かないと見ることができないのだ。
「とりあえず、風の流れを追ってみるか」
こういった空間の中で見落としがちなのが別の空間へとつながる道だ。他の空間があればそちらとこの空間との間に風の流れが生まれるのが必然、リューヤは自分が入ってきた入口以外に風の流れがないかを注意深く観察していく、すると…
「上に…流れる風?」
こん空間内は常に風速0.4mの風が入口から入ってきており、この半球体の壁に沿って反時計回りに流れていくのだがその一部、場所にして入口とほぼ対面する位置で、風が上方向に急激に風の向きが変わり、天井に向けて風速1mとなっていた。
「上に空間…?いやあれは」
魔法を複合させることでできる蜃気楼や陽炎のような現象。その際に生まれた熱も感じさせないように絶妙に風を操っている。でもさすがに上に向かう上昇気流だけは操れなかった、それをしてしまえば幻のカーテンが生まれないから。
「つまり、この先にもう一つ道があるのか」
リューヤは助走をつけて、幻のカーテンをくぐり抜ける、予想通りその先は空間があったが、それを遮っていたカーテンの中は、とてつもなく暑く素早く通って正解であった。しかし、その思い切りの良さを後悔した。
「ほう、随分早くに仕掛けに気がついたじゃあないか。なかなかに見所のある人間じゃあないか」
リューヤの目の前に存在するのは、魔物と言ってしまえば、他の魔物と呼ばれる存在がこぞってその総称を返還しなければならないほどの圧倒的存在感を有していた。言うなればそう…魔物の神、魔神だ。テイローが入っていたことは比喩でもなんでもなく、その通りであったのだ。獅子のような鬣と強靭な獅子に加えて龍のような鱗を纏う。3m60cmとテイローには劣るものの各所に主張の激しい筋肉があり、威圧感という点で見ればテイローをはるかに上回る風貌であった。
「どうしたのかなぁ?随分驚いた顔をしているじゃあないか。もしかしてこのリティアーノンの美しさに言葉もでないのか」
首下の鬣を器用に前足で撫でる、たしかに存在そのものにも気品があり、美しいといえば美しいが、それ以上に圧倒的なエネルギーを内包しており、リューヤは、ただ目の前に立っていることだけで精一杯という感じだった。
「なぁんだ、珍しい人間が来たから期待したじゃあないか。まだ覚醒もしてないとはねぇ、がっかりじゃあないか」
「か、覚醒ってなんだよ…一応俺は勇者らしいんだが、それでも不満なのか?」
「君が?君みたいな存在が勇者?あんまり魔神をなめないでほしいじゃあないか。君は勇者なんかじゃあない。」
魔神リティアーノンははっきりと告げた。初対面に対して嘘をつく必要はない。ならこの魔神の言葉は本当なのだろうか。この数日間短い期間ではあるが、リューヤは勇者としてどうしていけばいいのか考えていた。勇者なのだから、最終的な目標はあの魔王を倒すことなのだろう、その前にも勇者として無償で世界のために動かなければならないと考えていた。そしてなにより、自分を勇者であるといったサーシャの言葉を真実にするためにやってきた。しかしそれがこんなところで否定されるとは思わなかった。それも自身よりも明らかに世界を知っており、自身よりもはるか高みにいる存在に。
「お前、俺を否定するのはかまわねぇよ、でもな俺の大事な奴の言葉まで否定するとな、魔神であっても容赦しねえ」
「ほほっ、これはこれはお怒りじゃあないの。本来このリティアーノンに歯向かえば即刻死を与えるところだけど…許してあげようじゃあないか。それじゃあ早速試練といこうじゃあないか」
怒りを体現すべく、全身から魔力を漏れ出させ、架空の刃としてリティアーノンに突きつけるが、それを気に止めることもなく、話を進めていった。
ぶちっっという音とともに、リティアーノンは鱗を1枚引きちぎった。失った鱗はすぐに生え変わったが、ちぎった鱗は一度スライムのように不定形な液体になり、粘土を形成するようにコネコネと前足で転がすと、あっという間に小さいリティアーノンが生まれた。どうやら自我のない人形のようだが、内包されるエネルギーはサイズと同じく10分の1だが、元が元だけに莫大な量であった。
「それでは自称勇者を試そうじゃあないか。いくら時間をかけても構わないからこの子を倒してみようじゃあないか。クリアの条件はそれだけ、正攻法、卑怯な手、なんでも認めようじゃあないか。」
それだけ言い残すとリティアーノンは地面と同化するように溶け込み、それと同時に土で囲われ、リューヤが飛び込んできた入口以外他につながる道などなかった空間が、一瞬にして石に囲われ、今度は出口など何もない独立した空間に変化した。
「僕はミニアーノン。しょうがないから僕が相手になってあげる。僕を殺せたらリティアーノンがご褒美をくれるよ。もし負けたらなんて聞かないでね?当然でしょ死ねばなにもないんだから」
敗北は死…ということか。リューヤ呑気に後ろ足で耳の後ろあたりを掻いているミニアーノンを見ながら思考を切り替えていく。読み取れる数値は、リティアーノンのちょうど10分の1であり、そのどれもが自分の数値を上回っている。だがこれは試練なのだから、当然最初は様子見をしてくるはず、それなら初手で仕留めにかかるほうが勝率は高い!
「なあんて考えてる間に、後ろに回られてゲームオーバーだよ」
さっきまで視界の中にいた、いや間違いなくずっと視野内数値化で捉えていたのだ、見失うどうりなどない…ましてや筋量から数値化したデータであればそこまで速くも動けないはず…どうして…どうしてだ
「君はね、自分の力に頼りすぎだよ。たまには周りの力も借りてみるのもいいんじゃないかな?」
「周りの力?ここには俺とお前しかいないだろ?それともあのリティアーノンが力を貸してくれるとでも?」
当然そんなことはあるはずなく、リューヤは再び視野内数値化でミニアーノンを捉える。今度は全身の筋肉をの動きを数値化しモニタリングする。これでわずかな挙動さえも動く前に察知できる。
そう思った瞬間、おでこのあたりに衝撃が走る
「動かなければ何もできないと思った?残念、ぼくくらいになると魔法はいくらでも自由に体を一切動かさずに使えるのだよ」
それなら…魔力の動きも数値化して…
「そうやって、自分の脳の処理速度を超えたさきに何ができるのかな?今度はもっとシンプルな手が来たらどうするのかな?君が僕に勝つ方法は今は絶対みつからない。君が君の弱さを知らないことにはね。」
俺の…弱さ?
リューヤは動きを止めて完全に思考にはいった。これが戦争なら間違いなくリューヤは死んでいるが、これは曲がりなりにもリティアーノンが出題した試練なのだ、そのマスターが認める限り考えることを止めるものも咎めるものもいない。
「考えてる考えてるねーでもね、それじゃあだめなんだよ」
「…何がだめなんだ?」
リューヤはつい最近剣を握ったばかりで、行った戦闘も指折り数える程度しかない。その全てで一応の勝利をつかんでいるが、相手に手加減されていたか、総合的な戦闘力が格下だったか、多対一だったからであって、純粋に拮抗した実力の相手であれば負けてしまうのではないかと感じてしまう。
そうなれば自分の武器とはなんなのだろうか…やはりこの特技視野内数値化か…だがさっきミニアーノンは脳の処理速度がどうとか言ってきた。たしかにこの特技は脳の限界を超えているかもしれないが…単純な手?
「だめって言えば全部だよ、君はまだ自分の力を理解していない。安心しなよ僕はいくらでも待ってあげる…君が死ぬまでね」
「俺には時間がないんだ…さっさとクリアしないといけなんだよ。」
「焦りは禁物だよ、焦りは判断を鈍らせる。そんな君に朗報だよ、この空間は時の魔神から借りた魔道具砂時計の効果でこの空間以外時間が止まっているから、いくらでも時間をかけても問題はないよ」
その言葉に信憑性はない、でもたしかに時間ばかりを気にしていては戦いに集中できないのはたしかだ。
「とりあえずやるだけやってみるか。」
リューヤは魔法鞄からニアティガーの骨で作った真っ白な刀を取り出して片手で構えた。あきらかに全ての能力は相手の方が上なのだ、ならばできることは不意をついての攻撃
わざと大ぶりにした刀をミニアーノンに当たる前に止めてみせる。リューヤの考えでは防御なり躱すなりすると思っており、その次の行動に合わせて動きをついていけばという考えを巡らせていたが、ミニアーノンはそれを把握していたのか、微動だにしない。だがその大きくできた隙をつかれるようなことはなく、本当にこれは試練であり、リューヤに求められているのがこのミニアーノンを倒すことなのだと理解した。
それからも時間をかけていろいろな攻撃を繰り出す。刀を中心にした攻撃が大半を占めるのだが、時々織り交ぜた打撃も効果を示すことなく全てが空振りに終わった。だがそのミスもリューヤの情報に加えられていき、徐々に精度を上げ、徐々にミニアーノンの動きを予測していた。しかしそれでもこの空間になって10時間経過しても一撃も攻撃は掠ることもなかった
「くっそ…おかしいな、的確に予測できてるはずなんだけどな」
「だからだよ、最初に僕が言ったこと覚えているかな?自分の力を信じろって。」
信じているから、この特技が出した数値に基づいて攻撃の算段を…?攻撃の算段?
リューヤは自分の思考が行き着いた場所でさらに模索する。そして気づく
リューヤは自身の特技を有効に使えていないということに。
「お、なにか気づいたみたいだね、それなら考える前に行動した方がいい、きな」
ミニアーノンは初めてリューヤに向けて構えを取る。
「ようやく相手にしてもらえるってことだな!!」
リューヤは言葉を発した直後、足で石床を蹴り駆け出す、走る速度はリルロ大森林での訓練のかいあって50mを4秒かからず走り抜ける。そのまま動きを止めることなく刀を持った右手を振るう、フェイントもなく振り抜く、がリューヤの目にはミニアーノンの動きが予測で出現する、しかしそれを無視をする。当然刀の軌道を避けきるミニアーノンだがリューヤはすぐに刀を持ち直し、予測されていない着地地点を自分で想定して振り下ろした。すると今まで一切掠ることもなかった攻撃がミニアーノンのたてがみを切った。
「ふふっ楽しくなってきたね、そろそろ僕もいくよ!」
ぴょんっと軽く飛んでみたミニアーノンの速度はリューヤよりもはるかに速いが、リューヤの目に映る予測からさらに次を予想して躱すさらにその予想した動きに合わせて刀を振るう。互いの攻撃が掠る、さらに数時間経過したが致命傷を与えられることはなかった。
「やっべえな…お前強すぎだろ」
「君の方こそ異常も異常だよ、もう僕はほとんど本気なんだけどな」
リューヤは再び刀を構える、それに合わせてミニアーノンも姿勢を低くしてリューヤを見据える。すでにリューヤは自分の視界に写っている数値を気にしてはいなかった。正確に言えば、いつの間にかリューヤの視界に数値は表示されなくなった。戦闘において数値を確認している時間はない。それに数値が表示されなくてもその目には、視界に入ったものが次にどう動くかを正確に表示するようになっておりその予測の範囲はミニアーノンの動きの3手先まで読めるようになっており、空間に入って30時間過ぎた頃ついにミニアーノンの前足を刀で切りつけた、龍のような鱗のせいでダメージは与えられなかったが、それまで俊敏に動き回っていたミニアーノンはピタリと動きを止めて座った。
「ど、どうした?そんな大きなダメージじゃないだろ?」
「違うんだ、君はリティアーノンが出した試練に合格したんだ。本来ならこの試練は僕を倒すまでなんだけど、この調子ならあとす十分で僕を倒せてしまうからね、不要だよ。」
ミニアーノンはゆっくりと伏せの状態になると、体が発光しだし光の玉となったミニアーノンはリューヤの腕に直撃した。それと同時にこの空間を囲んでいた石の壁や床が音もなく溶けるように消え、そして消えた時と同じように地面から、リティアーノンが出現した。
「ほほう、随分早かったじゃあないの!さすがさすが」
「ん?ミニアーノンが言ってたがあの空間は時間が止まってるんじゃなかったのか?」
リューヤは、前に見た時よりも恐怖を感じなくなっているリティアーノンに向けて質問を投げかける。戦闘モードを解除した意識の問題なのかリューヤの視界にはいつも通りびっしりと数値が表示されていた。
「ほう?ミニアーノンがそれを知っていたのか…珍しいこともあるじゃないか。」
「え?」
「ああこちらの話だよ。それでねえ砂時計は時を止める魔道具じゃあないんだ、正確には時間の進みをその空間ないだけゆっくりにするためのアイテムなんだあよ。それじゃあクリアした褒美を与えようじゃあないか」
そう言うとリティアーノンは、先ほどのミニアーノンのように体が発光した。リューヤは自分の方に飛んでくるのかと構えたが、飛んでくることがないとわかると、構えをときじっと光を見つめた。大きな体が小さくまとまり、それでもリューヤよりも大きな人型になり、その発光がおさまると金色に輝きライオンのように飛び跳ねた髪の毛に体の皮膚がところどころ龍の鱗で包まれた、イケメンが現れた。目の青さが強く印象に残る、両目の下には流れた涙ように妙な文様があった。
「この姿が報酬といっても問題な…あ、ごめんごめんそんな殺気立たないでほしいなぁ。それじゃあ褒美をを渡そうじゃないか…と思ったがすでに渡すべきものは渡っているようだな。」
リティアーノンはリューヤの腕にいつの間にか装着されていた黄金色に輝く腕輪を指し示す。
「これは…確か光になったミニアーノンが当たった場所…」
右手首につけられた腕輪を指でそおっとなでながら、光の玉になったミニアーノンを思い浮かべる
「随分好かれたようで、我が子ながら見る目があるというべきか。それならこの魔神リティアーノンからは、君にのみ扱えるこの石を渡そうじゃあないか」
「我が子って…ただの分身みたいなもんだろ?それにこの石って…少し魔力を帯びてるようだが…魔石みたいなものか?」
「我が子は我が子だ、この鱗から生み出した小さなリティアーノンは、もうに度とこの身に戻ることはない。そいつは君に預けよう、これは親からの希望だが是非名前をつけてあげてくれ。そしてその石の話はそいつから聞いてくれ。そろそろ眠りにつかないといけないじゃあいか。また会う機会があったらあおうねぇ。」
リティアーノンはその言葉を最後に目をゆっくりと閉じてゆっくりと消えていった。