〜これは訓練なのか?〜
「ちょ、ちょっとソーラ…激しすぎるって」
「にゃ…にゃにをいってるの?はぁはぁ…ま、まだまだこれからだにゃ」
「さす…がに…これ以上は」
「まだまだ体は元気だにゃ…私もまだ…物足りない…にゃ」
「うぁっ!」
これで何度目になるかわからない、リューヤの限界点に再び達した、リューヤの体からは液体が漏れ出すが、あっという間に元気を取り戻す、それをみてニヤリと妖しい笑みを見せ、液体を舌に絡める。
「ちょ、まじでギブアップ、いくらその、エリグラスっていうのがすごい薬草だって言ってもこんな致命傷クラスのダメージ受けてたらいつか死んじまうよ」
「えーー」
不満そうな声を上げるソーラの手には、幾重にもリューヤの血を浴びて固まりまた血で濡らした細い鍔のない短剣の峰部分を少し長い舌で舐めながら、じとーっとリューヤを見ていた、その目に宿る色香は決してリューヤに対する好意などではない。単純に人をいたぶることを好いているのだ。そのことに関して言えば殴っても切ってもすぐに完治してしまうリューヤは都合のいいサンドバックなのだ。
「大丈夫だにゃ、リューヤの体内にあるエリグラスの魔力はまだまだ残ってるにゃ、しかもエリグラスの魔力は不思議にゃ、いくら回復しても減らないのにゃ、時間の経過のみで減ってるのにゃ、その減り具合から逆算するとあと2日間はエリグラスの効果内だにゃ、つまり」
「つまり、この2日間いくらハードな訓練をしようとも披露することも、怪我で動けなくなることも、最悪死ぬこともないってことですね」
冷たい視線は変わらないが、言葉にいつも通りの丸さを取り戻したサーシャは、現在目の前で起こっていることを分析し自分の中で結論付けた
「その通りだにゃ、このままリューヤをボコボ…いや厳しくすればあっという間に強くなるのにゃ」
しかしその目はリューヤのためではないと強く訴えていた。止めて欲しくても止められる力量は現在のリューヤにはない。甘んじてリンチを受け続けた。サーシャは始まって数分は心配していたが計4回の致命傷が回復した段階で、興味を失いリルロディアンの男どもを顎で使いながらくつろいでいた。サーシャは基本的に猫をかぶっているが、こういう風に周囲の目が極端に少ない場合は、例外だ。
午前3時まで訓練が続き、周囲が寝ている場所にお互い倒れるように眠り込んだ、上半身裸のリューヤともともと露出が高いソーラの2人の姿は、まるで…
それが朝一番先に起きたサーシャが思ったことであり、初めて他人に対して強い殺気を抱いた瞬間であった。しかしそれを行動に移すことはなく、もっといえば殺気を放った瞬間に目をかっと開き、慌てて収めるとあっという間に静かに寝息を立てて眠りについた。
それからは、また全速力で走り始め森をマクシム王国方向へ一直線に向かっていく、なぜか体の大きさがわずかに増え、2m60cmになっていたテイローはなぜかサーシャを乗せて走っていた、サーシャは当然のごとく落ちそうになっているが、テイローの周囲に展開された魔法によって落ちるのを防いでいた。
「なぁ、テイローその魔法お前が使ってんの?」
『その通りだ、わずかだが力が戻ったからな。リハビリがてらに使ってる、単純な風魔法ぐらいならば詠唱など不要で発動できる』
「へー、すっごいのにゃー無詠唱は誰も成し遂げてないのに、まっさか魔物ができるなんて信じられないのにゃ」
『ふはっ!獣人族にしてはなかなか見所があるな、だが少しのコツと練習次第でできる可能性もあるのだぞ?』
「え?教えて欲しいにゃ!」
こうやって2人と1頭は喋りながら森を駆け抜けているが、少し後ろに少しずつ距離を開けながらリルロディアンの男たちは付いていた、初めの頃と違い、彼らは現段階で全力なのだ、つまりリューヤの脚力はたった数時間でこの森を拠点とし庭として狩りをしていたリルロディアンを上回ったのだ。
「ところでソーラ、なんかこういっちゃなんだが盗賊っぽくないよな」
「そうかにゃ?でも盗賊はしっかりしてるにゃ、ただ盗る相手はちゃんとえらんでいるのにゃ」
「まぁ実害ないし…いや実害はあるけど、それでもソーラが盗賊なんてしてるような人間には思えないんだけど…」
「そうかにゃ?自分で天職だと思ってるんだけどにゃ」
ソーラは走りながら耳をピクピクと動かし少しだけ本心を言っていない表情をした。そのあとは昼休憩を挟んでまた走り出し、今日も日が沈むまで走り続けた。進んだ距離を常に把握していたリューヤの目にはあとどれくらいでこのリルロ大森林を抜けるのかが正確にわかっていた。おそらく明日の昼前には抜けれるだろうと。しかし、当初の予定よりもずっと遅れていることを疑問に感じ、また夜の訓練中に質問してみた。
「ソ…ーラ、俺の見立てだと直線であるって2日で森、を抜け、るよて、いだったんだが」
「直線距離だとCランクの魔物が巣を作ったり群れてたりするから、安全ルートを通ったんだにゃ。まぁ今のリューヤならCランク程度楽勝だにゃ」
「その俺に訓練できてるソーラはもっと強いってことか」
「そんなたった1日で私の攻撃のほとんどを見切って反撃までしてるリューヤには成長速度という面で負けを認めるしかないにゃ」
「そ、それはエリグラスのせいだろ?」
ぼこぼこにしながらも優しく微笑むソーラに少しだけ赤面してしまったが、サーシャも眠りについており、そのことを知るのはソーラだけであった。
「エリグラスの効果を発揮してるのは外傷くらいにゃ、その目に映るものが何かわからにゃいけど、きっとその目がリューヤの武器にゃ」
猫目が夜の月でつくしい黄金色に光る。その瞳は本当に美しく、恋愛対象としては決して見ていないが、リューヤの脳裏には強く焼きついていた。
「俺の…武器」
「そうにゃ、これから何があてもその武器を信じてればきっとリューヤは誰よりも強くなれる、私はそう信じてる…あ…にゃ」
「その口癖、後付けなんだな」
その夜は昨日よりも激しかったとだけ言っておこう。
翌朝目を覚ますと、そこには猫耳を生やしたロリ顏が目の前にあり、思うように体が動かせない。その原因はがっしりとリューヤの右腕にしがみついているからであり、その腕に当たるなにやら柔らかい触感はリューヤのなかに確かに存在する男を呼び覚ます。それでも理性が失われないのはひとえに好きな女性がいるからである。疲れすぎたためか少し早めに起きてしまい、日は昇っているがまだ薄暗い午前4時20分。訓練が終わったのは2時だからまだ2時間ほどしか眠っていないのだが、もともと睡眠量が少なくても平気なタイプのため、名残惜しさを残しつつもなんとかソーラの束縛を解き、このリルロ大森林のいたるところに流れている川に向かう。
野生の動物も水飲みにきており、その中にテイローもいた
「お、おはよテイロー。あれ?サーシャの枕になってなかったっけ?」
『おうリューヤよ、早いな。サーシャはいま我の風魔法で浮いている。なに心配するな寝心地は最高のはずだ』
風魔法で浮いているサーシャを想像して少し笑ってしまった
「また大きくなったな2m85cmか…すでに俺の倍はあるな」
『本来の姿を見たことがあるものならば、まだかわいい子犬程度でるがな、それでも人間でいうところのSランク相当まで力は戻ってきているはずだ。』
「うーん、まだランクってのがどうなのかわかんねぇけど…相当強いってことだよな」
心地の良い水温で汗をかいた体を洗い流す、サーシャだけならともかく、ソーラという半分痴女じみた存在もいるため、股間部分には薄手の布を巻いている、ないよりはマシというレベルだが。
『我もそこまで詳しくはしらぬが、いまのリューヤが魔物に換算するならBランクのしたぐらいでソーラが上ぐらいといったところか』
「ふーん、頼むから敵対しないでくれよな」
半笑いに何気なく言った言葉だが、テイローは真剣に それはない とだけ言って、自らの体を川に投げた。テイローもだいぶ水浴びしたかったようだ。それにしてもテイローは不思議だ…日に日に大きくなっているがそれは成長という感じではない、どちらかといえば抑えられている力を解放しているようだ、それに魔物特有の気配を感じない、これに関しては、リューヤよりもそういった感覚の鋭い野生動物が逃げないことから明らかだ、にもかかわらず決して相対してはいけない強さを肌で感じることができる。太陽の光に照らされ銀色に光り輝くテイローの体毛は水に濡れいっそう美しく輝いていた。
6時頃にはみんな目を覚まし男子禁制ってことでおでサーシャとソーラは、リューヤが早朝に水浴びに行った川へと行き、リルロディアンとリューヤ、テイローは朝食のための狩りと少しの木を取っていた。
「まさかとは思うでやんすが、ソーラ姐に惚れちゃいねぇでやんすか?」
リューヤがぶん投げたニアティガーの骨の一部は、見事魔物である大兎の首に刺さり、シュートが皮袋の中にしまったところでケンドが少し真剣な表情で問いかけた
「大丈夫だ、安心んしろ。俺はずっと前からサーシャ一筋で心変わりするつもりは一切ないからな」
そう言い切るとあからさまに安心した表情を見せるケンドだった。がしかし
「きゃああああああ!!!」
サーシャの叫び声が聞こえた途端、真剣な表情へとすぐに変わった、しかしその表情変化よりも早く、リューヤの足は駆けておりほおや腕にできる怪我はすぐに治るにせよ治らないにせよ関係なく突き進む。文字通り血眼になって走る。
リューヤが川についたときには、ソーラの右脇腹に深々と敵と思われる魔物の触手が深々と刺さっていたのだった。
「ソーラ!!」
短剣を取り出して構え、触手を切り落とそうとするが、逆に跳ね返されてしまう。
「その程度で僕の王蛸の触手に傷をつけれるわけがないだろ〜?壊滅クラスとまで呼ばれるAランククラスの魔物だもん」
川の中に触手を足場にして立っている、妙に軽装の20台後半くらいの細身の男が立っていた。その顔にはびっしりとよくわかんないタトゥーが彫られており、もはや素顔がわからないほどであった。
「お前は誰だ!!それに、ソーラを傷つけてタダで済むと思ってんなよ!!」
リューヤが叫ぶとその男はケラケラと笑いだし、それにつられて王蛸の触手もうねうねと動き出す。
「僕かい?僕の名前はサナリス・バス。最強にして最高の特技神との対話を持ち、いまやAランクの魔物さえも使役できるまでになったこの僕が、最強なのだよ。すなわちこの森も僕のものだ、よってリルロディアンなんていう、少数の盗賊風情がこの森を支配している気になってるみたいだけど、全部殺すよ。だからただで済むも何も誰もいなくなるんだ。僕以外はね」
未だにソーラの脇腹には蛸の触手が刺さっており、そこから流れ出す血は止まらない。早く治療しないと命の危険まである…それにサーシャの姿が見えない。
「サナリス…とか言ったか、もう一人女の子がいただろ?」
「もう僕の名前を覚えてくれるとは光栄だね、確かに無駄に強気な女の子いたね…でももうこの王蛸が食べちゃったよ。彼女みたいに利用価値はなさそうだったし…なにより僕に刃向かおうとしたんだからね、当然だよ」
リューヤは開いていた間をたった2歩で詰め寄り、短剣をサナリス向けて突き刺した。しかしあと20センチというところで蛸の触手に阻まれてしまい、その反発によって短剣の先端が脆く砕け散ってしまった。
「むだむだ!!こいつの皮膚の硬度はダイヤに迫るほどだ。そんな剣で抜けるほどヤワじゃないんだよ」
何か喋っている気がするがリューヤの耳には届かない、敵を殺すことに集中しているといえば聞こえはいいが、これではただの暴走だ、短剣が瞬く間に数度蛸の足に接触するが、その度に飛ぶのは蛸の皮膚ではなく、短剣の刃のほうであり、気づけばリューヤの手に持つのは柄のみとなっていた。
「っく」
「リューヤ!!そ、ソーラ姐!!」
ケンドを先頭にカズもシュートも到着する。3人はソーラの有り様を見て一瞬激昂仕掛けるが、ソーラがやられたこと、現在リューヤが押されていることを踏まえて自分達では敵に勝てないとすぐに判断した。しかしそれは負けを認めたわけでなく、リューヤの補助に回ると決めたということだ。無論今すぐソーラを助けたいという気持ちはある、だがそれを行えばリューヤの足かせになる、ソーラもそれを望むはずがないとわかっている。ゆえにケンドは実際にある弓を取り出し、カズとシュートは魔法を発動させる構えを取る。
「リューヤ!指示をよこすでやんす!てめぇなら的確にできんだろ、熱くなるなでやんす!てめぇの本領は完璧な計算だろーがでやんす!!」
「何人集まろうが無駄だよ、心を折るために残しておいたこの女頭領も無駄だったね、でも僕好みだから君たちを殺し終わったらしばらくはおもちゃにしてあげるよ、この将来を約束された僕の役に立てるんださぞ嬉しいだろうね」
カラン とリューヤが柄を落とした音がサナリスの言葉を遮る。
「『視野内数値化』」
わざわざ特技の名前を言ったのには意味はない、だがそれはリューヤにとってはスイッチであった。自らの視界に映る全ての数値を管理するために全ての行動を犠牲にしただ一心に全てを把握する。
「サーシャの心拍、体温を確認、消化速度から逆算あと10分20秒。触手本数32、サイズに比例した強度、速度。シュート、炎属性の魔法、基本で構わない蛸の中心部に向かって40秒継続、カズはシュートの魔法が切れる5秒前に氷魔法でありったけを一瞬でくわえろ。ケンドはソーラを捉えている足の根本にある吸盤めがけて弓を放て」
一気にリューヤから飛ばされる指示、それに全員が疑問を持たずに答える。それが最良とわかっているから。
「何を企んでるのか知らないが、殺せば問題ないよな」
「させると思ってるのか?殺したかったなら、俺が動く前に殺すべきだったな」
30本もの触手がリューヤやリルロディアンの男どもに向かっていくが、その全てはリューヤの持つ真っ白な武器…ニアティガーの骨で作られた全長1m60cmもある刀によってすべて例外なく地面に叩き落された。
「ばかな!!僕の王蛸の表皮はすべての攻撃を耐える強度を持っているはずだ、そんな細い武器でどうにかなるはずが…」
「きれないのはわかったからな。だからすべての動きで力がかかる方向に沿って押し込んだだけだ、地面にぶつかったのは自らの力だぜ?」
「貴様!!なっ!!!?」
ガクンと足場が揺れ、サナリスに動揺が現れる。それもそのはず、ソーラに刺さっていた触手が根本から落ちてしまったのだから、当然バランスも崩れる。倒れるには至らないが、足を失ったショックはサナリスだけでなく蛸も受けている。
「王蛸」の触手が切れた!?どういうことだ…矢が刺さってる?確かに吸盤の強度は他より劣るがその程度で切れることは…」
「お前は自分の飼ってるペットの生態を知らなすぎだ、野生動物の蛸には自切をする特性がある。トカゲなんかに見られることだが、わざと切れやすいように調節しておくんだそうだ、偶然その足が自切に用いる足だったみたいだな。それじゃ、終わりだ」
リューヤの宣言と同時に蛸の全身が氷漬けにされる。推測通りであり、リューヤの言葉を信じてありったけの魔力を注ぎ込んだカズの一撃の結果である。間一髪でサナリスは氷漬けから脱出するが、着地点にはすでにソーラが待機しており、この2日間見てきた表情とは違う、殺気と嫌悪感を織り交ぜた顔で、サナリスを蹴り飛ばした。
「お前の敗因は自分のペットを知らなすぎたことだ、あいつは対陸戦は本領じゃねえんだよ、川に引きずりこめば圧倒的だったのにな。」
リューヤはすでに絶命して聞いていないサナリスに向けて言葉を吐いた。蛸はというと、サナリスが死んだ途端に氷を砕きさっさと逃げていった。
「あーやっぱり全然効いてないな、炎と氷でいけば僅かに止められると思ったけど、本当にわずかだったな。でも目的は達した」
あの蛸は氷を溶かすのとここから逃げ出すために、真っ黒い墨を吐いていった、そしてそこには人の形をした塊もあった。紛れもなくそれはサーシャであり、意識もしっかりあった。
「なにこれ!!?真っ黒じゃない…あそういえば私あの化け物みたいな蛸に食べられちゃったんだっけ?」
「蛸は退治したよ、サーシャ。」
「ごめんにゃ、守れなくて。”水よ緩やかに流れ、彼女を潔めよ”」
サーシャの体に点から水が流れ、墨や体液なんかが流れ落ちる。その途端にリルロディアンの男どもはそっぽを向き、リューヤは惚けてしまう。
「あ…り、リューヤ!!!まじまじとみんな!」
露わになった可愛らしい胸を隠しながら、服を置いたのであろう方向へと走り出す。
「まったくサーシャには妬けちゃうにゃ、私の裸にはそんな反応したことないにゃ」
その発言によって、さっきまで互いに信頼していたリューヤとリルロディアンの間に亀裂が入り、第二回戦となるバトルが始まった。さっきまでの大怪我が嘘のようにソーラはにやにやと笑っており、服は着たのだがまだ赤いままの顔でソーラが戻ってきた頃にはリューヤはボコボコにされて川に浮かんでいた。