〜これが盗賊なのか?〜
太陽はすでに傾き、リルロ大森林に暗い影を落としていた。
「ねぇリューヤ…ここに入るの?」
サーシャが、リューヤの腕にしがみつきながら、不安を声に交えて聞いてくる。当然、マクシム王国に行くにはこの森を抜けなければならないわけで、リューヤはうなずくことなく、一歩踏み込んだ。離れることもしなかったサーシャも必然的に森へと向かうのだが、その後ろに続く2m以上ある狼、テイローが森のなかに踏み込んだ途端に、魔物と思われるものたちは一斉に逃げ出した。
『なんだ、人間の間だと、ここは危険地域と言われてたから少しは骨のある魔物がいると期待してたんだがな…残念だ』
「無茶言ってやんなよ、ここは危険って言っても盗賊が住めるようなところだ、高くてもCランクくらいだろう」
『そうか…まぁ我はいま戦えるような状態ではないからな…威厳を保つためにはこのほうがいいのか』
森に入ったばかりだというのに、すでに人が歩けるような道など存在せず、草木をかき分けながら、一歩一歩確認しながら歩いていく。それでもすんなり行けるのは当然テイローのおかげであり、テイローに乗ったまま突っ切って貰えば、無傷では済まないがおそらく2日もあればこの森を抜けてしまうだろう、しかしリューヤ自身はともかくとして、サーシャを怪我させるわけにはいかないので、歩いている。
「なぁテイロー、俺はいいからさサーシャだけでも乗せてくれない?」
『問題ないが…さっきまで乗せてて思ったが、彼女一人ではおそらくすぐに落ちるぞ?』
「ですよね…」
「なによ?」
リューヤは少しだけ怒気を込めた疑問に首を振ってこたえる、しかし否定はしないその通りだからだ。サーシャは運動音痴だ、それも異常なほど。さすがに歩く分には支障はないのだが、いざ走りだすと足がもつれ転んでしまったり、ものを投げようとすれば、その場に落とすという天然ぶりだ。しかしそれを彼女自身は認めておらず、そこを刺激するのはご法度であった。二人乗せて低速で歩くというのも考えたのだが、リューヤ自身、ガヅイ草原以外の世界を知らないため、できれば歩いて行きたいのだ、でも視界にあるのは背丈の高い草花ばかりで、大きな花なんかは、リューヤの頭くらいある
「これとか、いまにもうご…き…ましたね」
怪しく鮮やかで艶やかなオレンジベースに藍色の斑点を持つ花の中心にあった黒い球体が、突然開き、その先は無数の白い棘がまるで歯のよう生え、その先は半透明の溶解液が詰まっていた。
「うわああああ!!」
「きゃああああ!!」
『きっもおおおおおおおお!!!』
誰よりも先に駆け出すリューヤ、それを追い越しながら叫ぶテイロー、そしてお約束通りと言っていいのかサーシャが転んだ。しかしそれはただの運動音痴といいうわけではなく、人食い花のツルが触手のように蠢いており、そのツルがサーシャの足を絡めていた。
「サーシャ!!」
無理くり足に力を込めてターンする、振り返りながら手にした短剣を構えるが、リューヤは動けないでいた。ゆっくりとではあるがサーシャに近づく花部分だが、それを守るようにうごめくツルが多すぎるのだ、無策に突っ込めば、動きを封じられる可能性もある。ツル1本1本ならばたやすく切れそうだが、束ねてしまえばこの短剣ですら断つことは難しいだろう。
「リューヤ!助けて!」
そうサーシャが叫ぶが、行動に移せないでいる。そうこうしているうちにタイムリミットがどんどん迫っていく、だがその直後人食い花にむかって火矢が同時に3本襲いかかる。
「少年!!いまだ!」
言われるまでもなく、生じたスキを逃すわけもなく、燃えるツルをかいくぐり、本体を支える茎を切り落とした。すると鮮やかだった花の色はあっという間に枯れ落ち腐敗し、消滅した。
2人は息を整える、そこに近づく1つの影があった。
「さっきの火矢あんた、だよな?たすかった本当にありがとう、あんなに的確に狙えるなんてすごいな」
「ありがとうございます」
顔をあげて、その影に視線を合わすと、そこには2人が初めてみる人型の何かがそこにいた。身長はリューヤよりも低く、髪の毛は黒く輝いている、服装は動きやすいようになのか、森のなかなのにもかかわらず、だいぶ露出の高い布の服で、ぱっと見でわかるほどの双丘を持つ紛れもない女性がそこにいた。そしてなにより2人を驚かせたのは、飾りでもなんでもない自在に動く耳と尻尾だ。
「そ、そんなに褒められると嬉しいな…じゃなくて、どうしてあんたらみたいな子供がこの森にいるんだ、迷い込んだか肝試しのつもりだったのなら、今すぐ出て行け私が…おく…にゃ?」
唐突にその女性は倒れてしまった。
「っと!大丈夫ですか?」
サーシャが慌てて近づき、脈を確認したりするが、どこにも異常はなく強いて言えば若干脈拍が早いくらいだろう。
「お…おなかへったにゃ…」
水分を含んだ木がパチパチと音を弾けさせる。その上では残っていたニアティガーの肉が焼かれては消失するというループを繰り返している。リューヤもサーシャも食べずに焼く係に回っている。そうでもしなければ本当に間に合わないのだ、彼女…リディア・ソーラの胃袋へと消えていくのだ。
「なんだ…バクバクっけ?ああ…ゴックンなんで、2人はこんな…パクパク森のなかに…ゴクンいるんだ?」
「話すか食べるかどちらかにしてくださいよ。…まぁ俺らはマクシム王国を目指してるんだ!俺がどうやら勇者らしくてな、お呼ばれしてて」
「きみが!?勇者?はっはっは…面白いこというね、明らかに弱そうに見えるけど…うーん」
ちっちゃい体に不相応な両胸を揺らしながら近づき、鋭く尖った猫目でリューヤの目を覗く
「ふーん…にゃるほどにゃるほど!たしかにそれなりの強さ…うーんでも…身体的な強さは見えないから心の強さかな?それでも普通ではないのは確かみたいだにゃ」
「それで?リディアさんはこんなところで一体何をしてるんです?」
胸に視線を合わせ離さないリューヤの脇腹を肘で小突きながら尋ねる、リディアが何者なのかは見ただけで大体理解していたが、人は見た目で判断してはいけないと大人たちから言われている
「どうだろうにゃ?君たちからは私は何にみえるのかにゃ?」
「コスプレ好きの踊り子さん?」
「痴女ロリ露出狂」
「ちょっ!ひどすぎるじゃないんかにゃ!!?」
間髪入れずに返答する2人に大声で返すリディア、しかし取り乱して見せたのは一瞬だけですぐに咳払い一つして見せた。そしてさきほどリューヤの目を見たときと同じような真剣味にあふれた表情で
「私はこのリルロ大森林を居城とする、盗賊団リルロディアンの頭領、リディア・ソーラだ!!どうだおそれいったか!!にゃ?」
胸を反らし溢れるその双丘を強調するが、その身長と可愛らしい外見のせいで威厳もなにもない、そしてあまりに細い獅子からは強さを見出せないでいたがさきほどあの人食い花を捉えた火矢は正確無比で直後であったのに弓も矢も所持していなかったことから、すべて魔法で作り出したものだったのだろう、具現化系統の魔法はどれも高いレベルが要求されたかが1秒間石ころを具現化するだけでも相当量の魔力を消費する。それを持続させながら正確に、さらに火の魔法を付与させるとは、並大抵の魔法使いにもできないだろう。それをわかっていながらも、リューヤもサーシャも恐れることはなかった。
「だって、こんなちっこいこがね」
「そうね…たしかに強いと思うけど…ねぇ」
「あ〜その顔は全然信じてないって顔だにゃあ!!!もう!」
リディアは思いっきり息を吸い込む、とんでもない肺活量のようで周囲の木々が揺れ動くほどの吸引力を見せた直後、直感したリューヤが耳をふさぐ、サーシャをも数コンマ遅れて気がついたが、間に合わない
「リルロディアン!!しゅ〜ご〜!!!!!」
気の抜けそうな可愛らしい声なのに、声量は異常なほど大きく、耳をふさいでいるのにつん裂けるような思いであった。しかしそれ以上に驚いたのは、リューヤの視野内数値化の特技の有効範囲、つまりリューヤの五感が届きうる範囲にはここにいる3人と1頭以外、小さな小動物しかいなかったのにわずか数秒とせずに3人の大男が集まった。どれも筋骨隆々といった体つきで上半身は裸のままだが、腰にはなんらかの獣の毛皮を雑に巻いているだけであった。
「ソーラ姐が集合かけるなんて珍しいでやんすね、敵…でやんすか?」
赤黒いバンダナをつけた男が鋭い視線をリューヤたちに向けながら、リディアに尋ねた男はリューヤの見立てではリディアよりもリーダー格であったが、全体的な数値を見れば強さは格段にリディアの方が上だ。
「うーん、多分敵じゃないと思うにゃ彼は勇者らしいのにゃ」
「そうでやんすか、無礼な態度をとって申し訳なかったでやんす。」
「おいおい、そんな簡単に信じていいのかよ?まぁ俺らとしてはその方が助かるんだが」
そうやんす男に問いかけると、男3人は、揃って腕を組みドヤ顔で声をそろえて
「「「当然だ、他の者の言葉ならすべて疑う所存だが(でやんすが)ソーラ姐の言葉なら一言一句疑う必要なくすべて信じる(でやんす)」」」
これは、信頼関係がなせる技なのか、それとも宗教とかそういった類に用いられるの思考誘導なのか…いやあの目は、完全に心服している顔だ、それだけのカリスマ性が彼女、リディア・ソーラにはあるんだ。
「それでにゃ、みんなに頼みたいことがあるんだにゃ、彼らを森から抜けるまで付き添ってあげたいのにゃ」
「え?」
リューヤが驚きの声を上げたが、リルロディアンのメンバーは一切反論などせず、それに従う様子であった。
「リルロディアンにはわたしが作った掟がいくつかあるのにゃ、その一つに貸し借りはその場で無しにしろってにゃ、つまりさっきのご飯分くらいの借りは返させてもらうにゃ」
もともとテイローがいるおかげで、魔物を寄せ付けなかったのだが、そこに盗賊団リルロディアンが加わったことによって、動物すら近づかないなんらかの集団と化していた。
「よーっし!!こっちだーーー!!!」
「「「おおおおお!!!」」」
「ちょちょ!走んのはだめだって」
「きゃ!ちょ、ええ!!?」
走り出した途端に転びかけるサーシャをにすぐ手を伸ばしたリューヤよりも先に途轍もない速さで拾いあげるリディアは軽々とサーシャを担いで走り出す、道無き道の中にある獣道を駆け出すが全力ではない、にもかかわらずリューヤもギリギリで付いてこれる速度であり、あっという間に体力が消耗されていった…しかしその消耗したはずの体力がすぐさま回復していく、そしてそれに相まって脚力が上昇しどんどんと足が速くなっていく
「にゃにゃ!!?おーっしもっといくにゃ!」
小さな腕で抱きかかえるようにサーシャを担いでいるリディアは、さらにスピードを上げる、そのスピードはまたしてもリューヤの限界値ギリギリであり、まるでリューヤのもつ特技をリディアが持っているかのように正確に捉えられていた。しかしそれでも数分後にはリューヤの脚力も体力も適応され、さらに速度を上げていった。それが数度と繰り返しているうちに森は真っ暗になり、時刻も19時を回ったところで野営することになった。
赤いバンダナを巻いてやんす口調の男クラティア・ケンドとリューヤは一緒になって木を切り倒し、薪にしたり、座るための椅子にしたりしていた。割とたくさんの木を切っていたのだが、最初は見よう見まねで斧を使って切っていたのだが、手には擦り傷やまめができて血に染まったが、その傷さえもすぐに治り、それは先ほど走っている時と同様に筋肉まで及び最後の1本というところで切り倒す速度がケンドとならんだ。
ニアティガーの肉は、さっきリディアに食べさせたことで、ほとんどなくなってしまったため。リディアと他の2人、緑のバンダナをつけたシグル・カズと青いバンダナをつけたザーフ・シュートは、森にいる動物を狩りにいって、リューヤとケンドが戻る頃にはこれでもかというほどの食料が積み上げられていた。サーシャはというと、抱きかかえられてただけなのにダウンしておりテイローを枕にして倒れていた。しかし、それも肉が焼かれ香ばしいいいにおいが漂う頃には起き上がり手伝いをしていた。サーシャは当然調理をできるのだが、意外にもリディアの肉捌きもなかなかに見事だった。
「何かにゃ?その目は…まさかわたしが料理の一つもできないとでも思ってたのかにゃ?」
「い、いやリディアさんの見た目から、そういったことには疎いのかと…」
「ソーラと呼ぶといいにゃ、それに身長はそんなにないけど一応成人の女性なのにゃ」
それに驚いたのはリューヤとサーシャだけでなく、リルロディアンの男も驚いていた
「う、うそでやんすよね?俺はてっきりまだ10代前半だと…」
「まてまて、お前らの頭領なんだろ?なんで知らねーんだよ!?」
「あれ?言ってなかったかにゃ?まぁいいにゃ、関係ないにゃ。それよりも私はリューヤに興味があるにゃ」
「「「な、なんですとーーーー!!」」」
「ど、どういうことでしょうか?リディア・ソーラさん?リューヤに興味があるとは一体どういうことでしょうか?」
サーシャがなぜか焦りながら問い質すが、リューヤにはソーラの意図がわかっていた、それは自身も感じている疑問であったからだ。
「落ち着け、サーシャ。興味っていうのは、俺の体のこと…ですよね?」
「自惚れるなでやんす!おめぇみたいなガキの体よりこの筋骨隆々な俺の体の方が「そうだにゃ!」まさか…ソーラ姐…ショつぁああ!」
叫び散らし、腕の筋肉を強調したケンドの顔面に飛び膝蹴りを食らわしたリディア、あまりにも早すぎる一撃に気を抜いていたとはいえリューヤは反応できなかったが、リューヤの男としての本能が知覚を、特技さえも超えたその速度でわずか一瞬だけリューヤの前を通り過ぎたその刹那、ソーラの腰に巻かれたスカートのような布がはためきその先が網膜に焼き付いた。
一言だけ言っておこう、彼女リディア・ソーラは下着をつけないタイプらしい
「せ、せせせせせせ説明が足りなかった、さっきから俺の体に起きてる現象について気になってるんですよね?」
「どうしたにゃリューヤ、顔が茹でた海老みたいに真っ赤だにゃ」
焦りすぎて舌が回っていないリューヤの顔は真っ赤になっており、視線も明後日の方へと向いていた。そしてその先では木にぶつかって倒れたまま動かないケンドがいた
「き、気にしないでくださいそれよりも、これは俺自身も不思議なんだがさっきから怪我が全部治っちまうんだ」
「リューヤ自身の特技ってわけじゃないみたいだな」
緑のバンダナのカズが細く鋭い目でリューヤを見て静かにいう。
「にゃーん…ちょっと上の服脱いでほしいにゃ」
言われた通り上の服を脱ぎ、見せる筋肉ではないが、それなりに引き締まった体があらわになる。上半身裸のリューヤにソーラは眺めながら近づく、ただでさえ露出の高い服装に揺らめく焚き火の灯りが相まってかなり色っぽく見えて見とれてしまうが、握りこぶしを作って親指の爪を自分の手に食い込ませることと、冷たすぎるサーシャの視線とリルロディアンの男の殺気により冷静さを保つ。
が、しかしソーラは、リューヤの胸に両手の平をくっつけるようにして、自身を預けた形となる、これにはそれぞれの思いで息が止まった。
「にゃるほどにゃるほどってどうしたのにゃ?みんな静かになって」
「な、なんでもねぇ。それで?ソーラ姐何かわかったのか?」
青いバンダナのシュートが手を振りながら聞き返す
「にゃ、今ねリューヤの中で常に強力な回復魔法が発動してる状態みたいにゃの。でも体内に魔法陣を展開するには、体外にも魔法陣が出現してなきゃおかしいから、これはなんらかの原因があると推測できるのにゃ、それでリューヤ何か心あたりはあるのかにゃ?」
「体内にってことは…食ったものか…ニアティガーの肉くらいか?」
「そういえば、薬草丸呑みしてたよね、あの時も勝手に魔法陣がでてたみたいだけど」
確かにリューヤは、ニアティガーとの一戦の時に薬草を食べていた
「回復至草かあれの影響か?」
リューヤは魔法鞄から回復至草を幾つか取り出すが…違和感を覚える
「あれ?これなんか違くね?あれ、回復至草って時間たつと魔力が消えるのか?」
「そもそもただの薬草ごときが見えるほどの魔力なんてもってないのにゃ、多分それ”エリグラス”っていう最高級魔法薬草の一種だにゃ」
「え…最高級魔法薬草?エリグラス?」
「そうだにゃ、無知とはいえ大胆なことするのにゃ。でもそれのおかげで、常に治癒されてる状態なんだにゃ…
つまりなんどやっても回復するってことにゃね…」
リディア・ソーラが強いことはわかってはいたのだが、彼女の本当の凄さを身をもって知ったのはその夜だった。