〜これが戦闘なのか?〜
剣を抜いた瞬間に目の前にいたマクシム王国の軍隊長、ジラン・ゲルカは人が変わったように攻撃性が増し、体からは蒸気のようなものが立ち込めている。
「どうした?一撃目はお前にくれてやるぞ!」
ゲルカは得意げに両刃の長剣を両手で構えてはいるが、そこに力は履いておらず、どんな攻撃であったとしても、ワンテンポ遅れてしまい、先手をリューヤに許してしまうのは必然であった。しかしそれでもリューヤが動けずにいたのは、ひとえに恐怖心が足を地面に縛り付ける。
動けない、その現実にリューヤは困惑していた。確かに突然自分は勇者にと選ばれて困惑しているのは確かだ、しかしそれでも戦えと言われれば剣を握り、まっすぐに構え、敵を倒せる自信があった。しかし現実は違う、圧倒的な本物を持つゲルカを相手に短剣を持つ手には力は入らず、太ももは震え、気を抜けば膝から崩れ落ちてしまいそうだった。
子供特有の万能感、自分はなんでもできるんだという思いはこの一瞬で崩れ去っていた。
「お前…本当に勇者なのか?このゲルカ様に対峙して竦んでしまうのは分かる、だが戦闘が始まって10秒経過してなおその場から一歩も動けないとは、本当に情けない。どうやら虚偽の報告をしたようだな、ロージよ!!」
ゲルカは剣を片手で持ち、その切っ先をロージへと向ける。突如その闘気を向けられたロージは腰を抜かし、その場に倒れこんだ。ヒゲが上下に動き言葉を発しようとしているようだが、かすれたような音がでるだけで、言葉は出てこなかった。
「祈り姫…だったかな?今時そんな神の言葉なんかを伝える者も、それを信じる者もいるなんてな、信じていいのは自分だけだ、神なんかを信じているからこの村はここまで廃れたんだ」
周囲で観戦を決め込んでいたはずの村人へと向けられた言葉に対し、ぼやいたり目を背けたりする者はいても、反論できる者はいなかった。ただ一人を除いて。
「神様の言葉は真実です!リューヤは!クズリ・リューヤはこの世界の救世主になる人間です!それはいくらマクシム王国の軍隊長様であっても否定することは許されません!」
巫女服をまとったサザミ・サーシャが飛び出すように、ゲルカに食ってかかった。
「サーシャ…」
リューヤが発した言葉は小さく掠れてはいたが、サーシャの耳にはしっかり聞こえていたようで、視線をリューヤに合わせ、目線だけで訴えた。そしてそれは、意味を違うことなくリューヤに伝わった。
『リューヤなら出来る』
「この小娘が祈り姫か、子供の戯言ではないのか?そんなもののためにわざわざこの、ゲルカ様をこんな辺境の廃れた地に…」
そう言うとゲルカは空いている左手でサーシャの首根っこを掴み持ち上げた。
「ふむ、幼いわりになかなか麗しいではないか、どうだ?このゲルカ様の愛人にならんか?」
ロリコンかよ、そう誰もが思い、誰もが発言できない、空気。ふざけたことを言っているのに、ゲルカの纏う雰囲気には真剣味しかない。それでもサーシャは首を絞められながらも、言葉には怯えはなく覇気をまとって言葉を話す。
「その申し出、お受けしても構いません。ですが条件がございます」
「ほう、このゲルカ様と対峙してなお、そのヨナ態度を取れるか。面白い申してみよ」
「そこにいるクズリ・リューヤに勝てたのならば、不束者ですが、喜んでゲルカ様の愛人でも、奴隷にでもなって差し上げましょう。」
リューヤは顔をばっとあげる。サーシャの言葉に耳を疑った。しかしサーシャは偽りを述べない。偽りは神への背信になるから。つまり先のサーシャの言葉は全て本音、真実である。
「はっはっは!!このゲルカ様を前に立ち竦むことしかできない、この男はもう戦うことすらままならない、よって不戦勝でゲルカ様の勝ちになってしまうがそれでよいのか?」
「何をおっしゃっているのですか?ゲルカ様、リューヤはまだ負けておりませんし、たかが国軍の軍隊長ごときに敗れるなどわずかほども思っておりません。私はクズリ・リューヤの持つ力を信じておりますから」
「そこまで冗談が過ぎるとさすがのゲルカ様も笑えねぇぞ?こんな成人もしてねぇガキにどうやって負けろっていうんだよ!それに、もうこいつは戦え…ねぇんだ…「そろそろさあ、サーシャを離してくれねぇかな?」ったよな?」
リューヤは、先ほどとはうってかわって、短剣を右手で持ち、後ろに引くようにして構え、左手を前に突き出し、人差し指をゲルカに向けた。リューヤの瞳には、覚悟と闘争心に漲っており、先ほどまで空になっていたのが嘘のように、かわっていた。
「ほう、いい目つきじゃねぇか、相手してやるよ!」
地面を蹴り出し、全力で駆ける。リューヤの脚力では、地面を砕くことなどできないけれども12歳という年齢を考えれば、平均以上の脚力を持っていると言えるだろう。しかし相手は、軍隊長を任せられるほど戦闘に特化した人間だ。当然動きはスローモーションのように見え、いくら油断をしていたとしても、動きに合わせてカウンターを狙うこともできる。
両刃の剣に峰打など存在せず、素早く振り抜かれた長剣はたやすくリューヤの胴体を切り裂いた。
そう、ゲルカはリアルに感じていた。しかし結果はそうではなく、空気を裂いた音だけが聞こえ、逆にリューヤの短剣が振り抜いたゲルカの右腕に浅い切り傷をつけていた。
流れ落ちる血を見て、ゲルカは不思議そうな顔をしていた。それも当然だろう、ゲルカの視野からしてみれば一瞬リューヤが消えたように見えるからだ。その理由は非常に単純で魔法でも特技でもない。ただ機動力を活かした、瞬間的な加速をゲルカの剣が当たる、50センチ手前でしゃがみ、その体躯の小ささを活かして回避を攻撃へとつなげたのだ。伊達に農業を手伝っていないのだ、自然に鍛えられた足腰は、手にしている短剣以上にリューヤの武器であった。
ゲルカは自身の腕から流れる血を舐めとり、ニヤリと笑う。そして次に攻撃を仕掛けたのは、当然先手を受けたゲルカの方であり、その突進力は体がぶつかっただけでも、戦闘不能に追い込まれそうになるほどで、ドシンドシンと地響きを起こすその脚力はどう見繕ってもパワーで勝てる気はしなかった。
しかしそれでもリューヤはあきらめるつもりはなかった。
サーシャの身を案じたわけじゃない、サーシャの祈り姫としての言葉を罵ったゲルカに苛立ったりなど、正義感に満ちた考えでもない。ただ、サーシャがリューヤを信じている、そういったから、今リューヤは剣を取って構えているのだ。
サーシャがリューヤを信じる以上、負けは許されない。生まれたての勇者としても気持ちは、まだリューヤの心に根付いてはいないけれども、それでもリューヤには戦う理由がある。
「もう二度と、俺はサーシャの言葉を疑わないと誓っているから!!だから俺はサーシャの言葉を偽りにするつもりはない!!悪いがこの試合勝たせてもらう!!」
「ほざけガキが!!」
ゲルカは、力任せに剣を振るう。しかしその力任せというのはとてつもない脅威で、対複数であれば、隙が大きくなり命に関わるミスではあるが、この一対一では、防御と攻撃を同時に行える一撃であった。また、力をあげれば俊敏性が落ちる、なんて都合のいいことはなく、剣の速度は目で追えきれないほどまで加速していた。
しかし、リューヤは的確に剣の辿る剣筋を的確に予見しており、腹部あたりを1ミリ以下の間を空けて空振りし、リューヤの腹を切り裂き、その刀身を血に染める予定だった切っ先12センチは甲高い金属音を響かせて宙に舞い、振り抜き固まったゲルカのほおをかすめ地面に突き刺さった。
「な…んだと…」
ゲルカはその場に膝をつき、先端が折れた剣を地面に突き刺した。その背後に短剣をゲルカに向けたリューヤは、その場から動くことなく。
「俺の勝ちでいいか?」
とだけ訪ねると、豪快に笑い、先ほどまで体から溢れていた闘気は空気中に霧散して、剣を抜く前のゲルカの雰囲気に戻っていた。
「はっはっは!当然だ、いや〜すまなかった数々の非礼ここで詫びよう。ロージ殿も祈り姫殿も申し訳なかった、全て虚言だと思って忘れてくれ。」
それは無理だろ、と全員が思ったが、その全員が腰を落とし、地面にへたり込んで、戦ってもいないのに満身創痍といいたげな顔をして、声を出すというさらに疲労を蓄積しそうな行動には移らなかった。
ゲルカとの一戦が終わり、事態が一段落ついたところで、もう一度ロージの家に集まり、今度はその場にリューヤを中心にロージとサーシャを両脇に座らせ、対面する位置にゲルカが胡座をかいて座っていた。
「先ほどの戦い見事であった。リューヤ殿」
「殿とかつけないでください、ゲルカ様。俺はただの農民です、先の勝利など偶然の産物ですよ」
「これ以上我を辱めるでない、装備はどうであれ、我は本気を出していた、それで敗北したのだ、それは偶然ではなく間違いなく実力の差で負けたのだ。まさか武器を破壊されるとは思わなかったがな。それが、リューヤ殿の特技なのかな?」
そうだ、特技だ。リューヤは心の中でそう返答する。そしてこれはまだ仮説ではあるが確信もある。ゲルカのあの状態も特技なのだろう。
この世界において物理現象を覆す方法は2種類ある。
1つは魔法、神様に言葉で申請し、それに対して相応の魔力を支払う。それによって本来起こるはずのこと、起こらないはずのことを改変し、結果を変更させる。
そしてもう1つが、特技。これには魔法とは大きく異なる特徴が2つある。まず、詠唱が必要ないこと、そして魔力を消費しないことだ。大抵1人1つ特技を持っているがたまに2つ以上もっている者もいたりする。特技は千差万別であり、たとえ同じ系統であっても個人差が生じる、まさに固有能力、特技なのだ。しかし、特技と言っても突拍子もないものはなかなか珍しい、大抵は日常生活での積み重ねや才能の延長線として生まれるものだ。
「その質問にお答えすることはできません。戦いにおいて手の内を晒すということはまさに愚の骨頂と言えましょう?」
リューヤがNOと答える前に、サーシャが丁重に断る。しかしいつものサーシャを知っていれば、その言葉は丁重ではなくいくつもの刃を仕込んだ口撃であると気づいただろうが、ゲルカにはそれを知る術などあるわけがなく、これまた豪快に笑うことで、話の流れを自分に戻した。その笑い声に合わせて、サーシャが小さくため息をついたのを気づいたのは、奇跡的にも隣に座っていたリューヤだけだったのは救いであった。
「はっはっは、そうだな!確かに相手の特技を訪ねておいて、自らの特技を秘密にするのは、いささか礼節に欠けるというものだ。まずは我の特技を説明してやろう。すでに見せているわけだし、話していたとしてもマイナスになることもほとんどないからな」
そう言って、ゲルカは傍においていた剣を右手で掴み取る、その瞬間ロージは脂汗をかき始め、サーシャは立ち上がろうとする、リューヤは最初っから敵意がないことをわかっていたので、何もしなかった。そしてゲルカは左手で制すると、今度は口を動かした。
「我の特技は、”完全体調”この剣を抜くという儀式をスイッチにして発動する。体を動かすことに関してのみだが、体調が調節され、それに適した、精神状態、身体能力、反射速度に設定される。ちなみにこの剣は、先端がおられてしまったからな、もう我の中では剣として認識しておらん」
戦闘特化の特技、そう一瞬感じたが、この特技の真骨頂は他にあると、直感がそう告げる。しかし、それを見透かすには圧倒的に経験値がたりなかった。答えのでない問いに思考を割くのは無駄だと結論付け考えるのをやめた。そして折れた剣からも目を逸らした。
「なるほどね、それで先の戦闘時は凶暴化したと…脳筋が戦闘に向いているというふうには思えないですが…」
「それは、おそらくこのリューヤ殿を試すという状況では、それが適していると我が無意識に、判断したのだろうな。我のことだが、我にもわからん。それで?君の特技はなんなのだ?」
両手の平を上にむけてやれやれといったジェスチャーをしたゲルカは、すぐにリューヤへと顔を向けやけに爽やかな表情で聞いてきた。それに対して口撃を繰り出そうとするサーシャだったが、これ以上長引くのも面倒だと思ったリューヤは、手で制し、上着のポケットから銀色に輝く杭が黒光りする鎖で繋がれその反対に金色の板がついた、魔力を施された道具、所謂魔道具を取り出した。
「そ、それはもしや…” 宝 具 ”では?」
「あーてぃ…?よくわからないですけでど、相当昔に俺の親父の親父の親父?が近所に住んでいた兄ちゃんにもらったって言ってました。そしてこれの名は”原子計”だとも。この杭を垂らした場所にある物質を感知して0.001gまでの正確な数値を返してくれる魔道具です。」
あまりにも目を見開いて興味津々に見つめるゲルカに手渡して見せると、歓喜の声をあげてその瞳をキラキラと輝かせた。
「こ、これはまさしく” 宝 具 ”!!4代前の勇者が使っていたとされる、”原子魔道具”の1つではないか!!」
あまりの熱気にドン引きするサーシャだったが、リューヤは寧ろ新たに得られる情報に耳を傾けていた。
「”原子魔道具”通称原子シリーズともよばれ、その全7種すべてが 宝 具 であり、国か保管解析されいている2種の原子シリーズ”原子時計”と”原子力”の両方が国家戦略級の兵器であるとされている。そんな兵器がまさかこのような田舎…いや失敬、クアモス村に存在していたとは…」
「俺の方が驚きですよ、まさかそれがそんな大層なものだったなんて思いもしなかった。」
「だが…それとリューヤ殿の特技と関係があるとは思えないのだが?」
リューヤはふと立ち上がり、水を張った木製のバケツから竹を切っただけの筒に掬って地面に敷いてある布の上に置く。
「リューヤ殿?一体なにを?」
当然のごとく頭にハテナマークを浮かべるゲルカを放っておいて、リューヤは竹の筒を見る。
「竹筒の質量45.21g、内に含む水の量62.347ml、不純物の質量3.2gその他にもいろいろ見えますが、今回はこの程度でいいでしょう。どうぞゲルカ様、その”原子計”で見ていただければ、俺のいった数字が寸分違わず返してくれるはずです」
リューヤの問いかけに、ゲルカは行動で答える。銀色の杭を竹筒に触れさしたり、水に触れさせたりする。その度に魔力による発光が発生し、魔法文字が空中に漂う。魔法文字というのは魔道具を使用した際に出現する文字のことで使用者の魔力を利用して出現するため、基本的には使用者にしか読めない作りとなっている。そしてその表れた魔法文字がリューヤの言った数値と合致していたこと確認すると、納得したように頷いた。
「俺はこの”原子計”を赤子のころから使っているのを見ていた、そして今となっては目に付くもの全てこれで測りまくった、そしてらある時、俺の目には視界に入るもの、全ての質量を含む様々な要因、事象などを数値化し魔法文字ではなく、網膜に直接写っているかのような文字で表示されるんです。」
「なるほど…”原子計の目”というべき代物だね、いや寧ろ原子計より圧倒的に優れていると言えるか…だがすまぬ、先の戦いではどのように使ったのか、理解できないのだが」
「ゲルカ様、さすがにこれ以上は」
「サーシャ、大丈夫だ、おそらくもうに度とゲルカ様とは戦うことはないだろうし、話しても他人に話すようには見えないから、問題ないだろう。」
「おお!リューヤ殿、我のことをよく理解しておられる。自分の武勇であれば多く語るが、負けたことは内に秘めておきたいものでな、はっはっは!」
豪快に笑いながら、もう満足とばかりにリューヤに”原子計”を渡す。
「確かに今の話だけでは戦闘に役立たないと思うかもしれません。ですが、例えば相手の腕の長さ、県の長さが的確に理解れば?相手の武器のどこがより凹んでいるのか?相手のどの指に力が入っているのか?それを正確に把握できるのです。ここまで言えばゲルカ様にははっきり分かるでしょう?どうして俺がゲルカ様に勝つことができたのか」
「数値を認識し瞬間的に計算し間合いを把握、それが紙一重で躱された理由。そして我の武器の部分ごとの耐久度を見抜かれ破壊された理由ということか…だが恐れるべきはそれを処理して行動に移している、思考速度と反応速度というわけか!はっはっは!負けておいてなんだが、リューヤ殿を勇者として認めようではないか!それでは早速我は先に戻って、クアモス村の勇者は本物であったと伝えてくるぞ!これは我1人しか通れないのでなリューヤ殿は申し訳ないが、陸路にてマクシム王国に来ていただきたい!それでは15日後までに来てくれ!」
と突発的に魔法を発動させ、ゲルカは伝えたいことを全て流れるように言い出し、あっという間に消えていった。
「本当に騒がしい人だったね」
サーシャがやっと気を緩めたのか普段通りの口調へともどり話掛けてくる。
「だな、しかし…最後のゲルカの言ってたこと…15日後までにマクシム王国に来いっていってたよな…ロージ村長、ここからマクシム王国ってどれくらいかかりますか?」
リューヤの隣に座っていて、ずっと黙って話を聞いていたロージに尋ねるが、返答はない
「ロージ村長?あの、すみません、ロージそ…」
心配に思ったサーシャが顔を近づけると、何かに気がついた様子で言葉を止める、リューヤが後に続いて
ロージの顔を覗く
「あ、気絶してる」