子猫の電話ボックス
子猫のムーくんは幸せな猫でした。
かわいい女の子の飼い猫で、毎日女の子に遊んでもい、おいしいご飯や温かいミルクでお腹いっぱいにして、ふかふかのお布団で眠っていました。
しかしムーくんはあるとき思いました。
もしかしたらムーくんは飼い主の女の子から愛されていないのではないだろうか、親切そうに見せかけて本当は僕のことなんていらないと思っているんじゃないだろうか。
きっといつか、僕は捨てられてしまう。
そう思うとムーくんは悲しくなってきてしまって、もうこのお家を飛び出してしまおうかと思いました。
しかし玄関のドアを見やっても、ドアは開いていません。
ムーくんにはドアノブにまで、手が届かないのです。
ドアポストの隙間から外を覗いたこともありましたが、そうするといつも
「こら、外に出ちゃいけません。」と、女の子に叱られてしまうのです。
外はもう暗く、玄関にいるとドアの向こうから少し冷たい夜の空気が、まるで隙間から忍び込んできているように感じます。
ドアの向こうにある外の世界はどんなものだろう。
行ってみたいなぁ。
でも行ったら怒られてしまうなぁ。
この小さなお家から抜け出して、自由になりたい。
そうムーくんは思いました。
あれから2日たった日の夜、ムーくんがまた玄関の近くに寄ると、頬に心地よい風が感じられました。
「どこから入ってくる風だろう?」とムーくんは辺りを見回しました。
そしてふとドアのほうを見ると、なんとドアが開いているではありませんか。
今だ!と思ったムーくんはそっとドアの隙間から出て行きました。
ムーくんは家を飛び出し、家から少し離れたところにある電話ボックスに駆け込みました。
女の子がいつも使っていた電話ボックス。
一緒にお散歩をしていて、女の子が転んで泣いたときも、雨が突然降ってきてびしょびしょになったときも、女の子が電話ボックスの中に駆け込んで受話器を取ると、しばらくしてお母さんがやってきたのです。
困ったときはきっとあの電話ボックスが助けてくれるんだ。
僕だってきっと助けてくれる。
僕を自由にしてくれる。
ムーくんは一生懸命電話台によじ登って、転げ落ちそうになりながらも受話器を外し、どのボタンを押していいのか分からないまま手が届くボタンを3つ押してみました。
「...にゃん。こちらにゃんこ何でも相談室です。
何かお困りですか?」
受話器から聞こえる声に向かって、ムーくんは必死に伝えました。
「僕、自由になりたいんだ。今は飼い猫なんだけれども、ここから出て自由な猫になりたいんだ。
ねえ、僕を自由にしてくれない?」
「そうですか。でも、本当にいいのですか?」
「いいよ。僕、自由な猫になって自由に生きるんだ。」
「分かりました。では、今からあなたは自由です。その電話ボックスから出て、どこへでもお好きなところへお行きなさい。」
「ありがとう!僕、行くよ!」
「またのご相談、お待ちしております。」
ムーくんは電話ボックスから勢いよく飛び出して、夜の街灯りの見えるほうに走っていきました。
街にはキラキラ輝くショーウィンドウやイルミネーション、人の笑い声、踊り出したくなるような音楽でいっぱいでした。
ムーくんも楽しくなって陽気に歌を歌いながら道を歩いていきました。
ムーくんはあるお店のショーウィンドウの前で足を止めました。
ガラスの向こうに、ふわふわして暖かそうな、そして女の子に似合いそうな素敵な靴下がありました。
ムーくんはぜひこの靴下を、大好きな女の子にプレゼントしたいと思いました。
そこでムーくんはお店のドアのすき間からそっと入り込みました。
お店には毛糸で編み上げられたたくさんのセーターや靴下、マフラーなどが売られていました。
ムーくんは飾られていた靴下を眺めに、ショーウィンドウの裏へ入り込みました。
ムーくんはしばらく靴下を眺めていましたが、本当に暖かくてふわふわしているのか確かめたいと思いました。
そこでムーくんは棚や置物をよじ登って、吊るしてある靴下のそばまでいくと、靴下の中に入り込みました。
靴下はムーくんの見立てどおりふわふわして暖かくて、いい気持ちでした。これなら女の子も喜んでくれると思いながら、ムーくんは靴下の中ですっかり眠ってしまいました。
ムーくんがぐっすり眠っているうちに夜はすっかりふけて、お店は閉まりました。
店主がショーウィンドウに入れているセーターや靴下を変えようと、中にある品物をひとつひとつ、取りだし始めました。
すると店主は、1つだけ他より重くて膨らんだ靴下に気がつきました。
「なんだ?中に何やら入っているようだぞ?」
すると目を覚ましたムーくんが、ひょっこり顔を出しました。
「うわー!野良猫だ!」
驚いた店主はムーくんが入った靴下を投げ出してしまいました。ムーくんは靴下に入ったまま、投げ出された勢いで床を転がり、壁に頭をぶつけてしまいました。
「痛いよーひどいや。僕、野良猫じゃないもん。優しい女の子と一緒に暮らしているもん。僕、もうおうちに帰ろう。」
すっかり元気がなくなったムーくんは靴下を口でくわえて、お店の外へ出ました。
そしてお店のそばにあった電話ボックスに入ると、受話器をとりました。
「こちらにゃんこ何でも相談室です。何かお困りですか?」
「僕もう今日は充分楽しんだよ。そろそろおうちに帰りたいから、女の子を呼んでくれないかな?」
「分かりました。少しお待ち下さい。」
すると受話器から女の子の声が聞こえてきました。
「もしもーし、何かご用ですか?」
「にゃーん」
「あ!ムーくん!心配してたんだよ!いままでどこにいたの?」
そしてムーくんは女の子の暖かい腕に抱かれて、おうちに帰りました。もちろん、後で靴下は女の子にプレゼントしましたよ。