2.頭のない魚
こんにちは。お久しぶりです。タィマッツです。宜しければツイッタァッをご登録ください。
少し歩くと舗装された道に出た。田舎だと思って見誤っていたが、意外と人が行き来していて賑わっていた。その為、わきには真っ白なガードレールが張って建っていた。
「結構人来るのな。そんなにいいものなのか」
上り坂といえども、視覚的には少し寂しい。コンクリートで舗装がされ、硬く無個性になった地面。幾度となく流し続けて新鮮味のなくなった曲も相まって、眠気を誘った。
歩幅が少しずつ狭まってきたころ、その眠気を吹き飛ばすほどの高い音が聞こえた。
背後から沢山の人々を乗せるトロッコがやってきた。黒塗りの汽車を模したものだったが、電子音のような汽笛を高らかに鳴らして走っていた。
乗車している人はどの人も楽しそうで、手を振られたから将兵も手を振り返した。
歩行者の為にあしらえた道路にしては幅が大きく広かった。トロッコと人が同じ道を進む。
将平は頂上にある鐘の神秘性に期待した。そんなにも設備がしっかりしていて、トロッコなどある山の頂上が素晴らしいものでないはずがないと。
しかし現実はーー彼を裏切ったのだった。
さほど歩かなかった。頂上付近に着くと人が一人もいない。先程の人気はどこへ行ったのか気がかりでならなかった。頂上だというのにジメジメしていて頭からキノコが生えそうだ。
恐らく、人々は自殺者がでたと聞いて近づかないのだろう。
将平が肩を落としながら少しばかり歩くと、先に見えてきた頂上には銀でてきた小さな鐘があった。仰々(ぎょうぎょう)しく愛の鐘と木彫りの看板が立っていた。大谷石の台座の上に黒くくすんだ鐘があった。
「おいおい、何だよこれ。期待はずれも甚だしいぞ。よけいに人が来るはずもないじゃんか……」
掃除道具など持っていない。しばらく悩んだ末に、将平は仕方がなく持っていたメモ帳を少し切り取って、掃除をしてくれと書き記した。こんなものは愛の鐘ではない。憎悪の鐘だと綴った。
「人が来るかも分からないけど、誰かこれを助けてやって」
少しの充足感と、少しの不憫さを胸に将平は笑う。笑い声すら何処か寂しく、死に際に漏れる細い音に似ていた。
踵を返そうと考えた。
「それにしても、案外あっけない。いざ到達すると金が剥がれて面白くも何ともないや」
他に名物は何だろうとインフォメーションセンターでもらったパンフレットに視線を落としたが、他にはなにもない。
山の麓から見た空は見上げるほど鬱陶しいくらいに青かったが、此処から見える空はどこか弛んで締まりがなかった。
頂上には小さい展望台があったが、嫌な空なんて目に入れたくなかったから近くまで寄ったが横目で流して終わらせた。
なに一つ面白いものなど無かった。
右手に持っていたパンフレットを丸めてポケットに詰め込めこみ、爪先を地面に二回打ちつけた。
「帰るか」
と地面に言葉を打ち付けた瞬間に、
「もう帰ってしまうの?」
と、短い言葉を待っていたかのように、少女の声が突如、何処からか聞こえた。
将兵が辺りを見渡すも、元々暗く、人影らしいものなど、見つけられるはずなどなかった。怖いことはないのだが、遊ばれているようで気分が悪かった。
彼女の声音は、この場所とは似合わない、ガラスのふちを擦った時のような優しく高いものだった。
「何処にいるんだよ」
姿は無いのに、耳元で囁かれている。
「何処にいるんでしょうか。自分でも分からないわ」
「君、捻くれてるね」
「こんな場所に来る貴方の方がよっぽど捻くれてるわよ」
未だ姿を見せない少女に対して語りかける。彼女は確かにそこにいる。そんな根拠なき自信を持って。
「そんなことは無い。山に登ったなら、頂上を目指すのが普通だろ。それがどうだ。なんでこんなに人が来てないんだ?」
「そんなの決まってんじゃん。私がここで死んだからだよ」
「何を言ってるのか、さっぱり理解できないんだけど。相当、捻くれてるね」
木が何かを否定しているかのように、首を振って葉を落としていた。風が出てきた。
地面を這うように風が膝を撫でる。
軽い笑い声が生暖かい風と一緒に将兵を飲み込んだ。
「女は捻くれていると、価値や魅力が上がるらしいわ。ツンデレとかいい例よね。まぁ、画面の中の戯言だと思うけれど、今の私はかなり価値があるものなんじゃない。色んな意味でも」
「少なからず価値はあると思うけど、君の場合はツンデレじゃなくてツンドラだろ」
「どこかで聞いたことのある台詞だけど、ツンドラは失礼ね。別にそこまで酷くはないわよ。因みにツンデレはタンドラとも言うのよ。天邪鬼な私はツンデレよりもタンドラだと思うわ」
「ツンドラはツンツン・ドライだっけか。じゃあ、タンドラは何の略だよ?」
「淡々とドライ」
なんだよそれと心で将平は叫んだ。悪いやつではない。
ただ、何か言いたいことを暖めているようでそれも気分が悪かった。
「……あのさぁ」
得体の知れない彼女は咳払いをした後に、言いにくそうに口を開いた。
「なんで貴方は生きてるーーフリなんかしてるのかしら?」
一瞬時が止まったような錯覚を覚えた。空が青い。透き通っている。雲は気持ちよさそうに将平を見下ろし、泳いでいる。
「おい! お前っーー」
「隠しているのは苦しいことだよね。じぶんの顔なんて鏡がなきゃ見えないもの」
「唐突に何言ってるんだよ。ふざけるのも大概にしろ!」
将平の額から冷や汗が流れ落ちる。自分が自分でないようだ。第三者の視点から自分を見ている僕がいる。
焦っていたが、冷静に見ていた自分がいた。
「私には分かるよ。だって私も死んでいるんだもん。貴方には肉体があって、私にはない。だけど、飄々としていて、恐れがないのは同じ。人間にはできない」
少し間をおいて、確信をつく。
「貴方は死んでいるの。だけど、肉体は朽ちていない。何で? 貴方だけ?」
驚いて目を見開いていた将兵は、顔に影を落とした。おどろきが不安に変わり、それは創傷からあふれてくる血のようで抑えても滲み出てきてしまっていた。
やがて、将兵は怒ったような顔つきで動きを止めた。
「何故ここに居られるのか、詳しいことは俺にも分からない。」
悪魔になったように、決意を固めて話をする姿を見た少女は唾を飲み込んだ。
「ただ一つ言えることは、お前のような口達者で、無愛想なやつを救ってやりたくてここにいる。その人は俺の大切な……大切だった人だ」
「未練タラタラね。そんなんで友達いるのかしら」
「本当に口が悪いな。一応いるぞ。一回死んでいるから、変な気分で友達と思えないだがな……」
この世からいなくなるはずだったのに、何事も無く日常が流れていくのは可笑しなことだ。皆が笑顔の仮面をつけているようで、自分がモルモットになった気分であった。
将平は天を仰いだ。
「じゃあさ、私が友達になってあげるよ。死んだもの同士、気楽でいいでしょ。ただし条件付きだけど」
「気楽かどうかは分からないけどな。ありがとう」
将平は耳を少し赤くさせ、口をすぼめた。
「……条件って何?」
恐る恐る聞く姿に少女は笑った。すると先ほどまで暗かった森全体が明るくなる。陽射しが強まって、木がゆっくりと揺れる。
まるでこの山が彼女のようだ。
得体の知れない彼女は明るく、高らかに、軽快に言った。姿は見えないが、幼子のような笑顔が浮かんだ。
「たまに私に会いに来ること!」
将平は強まった陽射しを手で隠すことなく、その光をいっぱいに浴びた。そして少女に負けないくらい笑って、頷いた。
【tundra】⑴地下に一年中溶けることのない永久凍土が広がる降水量の少ない地域のことである。 タンドラとも。
⑵淡々とドライの略語。淡々と冷たく接すること。誰に対しても、デレが決してない様子をさす。天邪鬼の強化版。