1.この街で
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なんか思い立ったので書いてみます。
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柏 将平くん
拝啓 南から続々と春の便りが聞かれるこの頃。
いかがお過ごしでしょうか。
貴方と別れて2年が経ちましたね。
昨日、貴方が楷才市に引っ越してくると知って驚きました。
私達はいろんな所へ行って、いろんな思い出を作りましたね。
私は貴方との写真を未だに棄てられません。
高校生一年生の頃、二人で夜の海に行ったのを憶えていますか。私は鮮明に残っています。
雰囲気が出るからとロウソクを持って行ったけど、火を忘れてできませんでしたね。海に投げたロウソクは何処かの島に流れ着いているでしょうか。
楷才市の北西にある海は私達が過ごした海とよく似ています。嫌な事があると、度々訪れる場所です。行ってみてはどうでしょう。
落ち着いたら連絡下さい。
貴方の話を聞かせてください。
お互い身体には気をつけて、頑張ろうね。
敬具
日向 晴香
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引っ越す前日。春一番が吹いて散った桜が町を飲み込んだ日、赤い封蝋で閉じられた真っ白な便箋が僕に届いた。
送り主は元カノ。彼女が遠方に引っ越すということで自然と関係が無くなり、別れた。
揺れる愛憎に悩んだこともあったが、ここ最近は彼女のことなんて無関係なものとして扱っていた。シナプスを焼き切ったのかもしれない。
「連絡ったって晴香の連絡先知らねぇし」
四帖の和室、畳の上で横になっていた。窓から射す陽光に手紙をかざして連絡先が浮かび上がってくることを期待した。今日は気温が二十五度を超えるという。生暖かさにうなだれていた。
一時間前にようやく荷物の整理が終わった。築二年のアパートの二階だ。両隣と大家、そして真下の住人に蕎麦を差し上げ、精神的に疲労した。英気を養うために思い出に浸ろうと段ボールを覗いた時に手紙を見つけた。
この街は寂れている。電車を降りて駅を出た時に一番先に目に飛び込んできたのは倒産した雑居ビル群だった。
そんな街に彼女がいる。それだけでこの街は特別性を持ち、華がある。錆びも気にならなかった。
僕は何処にいるか分からない彼女を探さないといけないらしい。気が遠くなる。
「本当に生暖かいな。エアコンも入ってないし、どこかに涼みに行こうかな」
テレビをつけると渓流で釣りをしている映像が流れた。緑が青く涼しげに見えた。
「取り敢えず、散策でも行こうかな」
何処からか高らかな鐘の音が聞こえてきた。その音の場所に行ってみようと半袖を着る。履き慣らしたトレーニングシューズを履いてドアを開けた。
ちょうどお腹も鳴り出した。歩いている途中で飲食店に入ろう。そう思った。
玄関に鍵を閉めたところでここら辺で山を見た。所々にピンクに色づいた木々たち顔を覗かせている。
標高は二百メートルほど。頂上には白銀の鐘が輝いている。
装備なしでも登頂できる。ラベンダー畑が有名らしい。
気楽に歩いて行ってみよう。
何か発見できることを祈って、期待して。
***
木漏れ日が根元まで明るくして、木の葉の覆う地面が暖かく見えた。そんな道を歩いた。案の定、アパートよりは涼しかった。
このまま歩いても良かったのだが、腹の虫が機嫌を損ねているので山の中腹あたりにあると聞いた蕎麦屋に立ち寄ってみることにした。
看板が立っていたから良かったのだが。蕎麦屋を見て一言、
「はぁ。これがそうなのか」
随分と鬱蒼とした場所に立てるなぁと敬服せざるを得なかった。
薄い紺色の褪せた暖簾は時代を教えた。曇りガラスの中では、ぼんやりと明かりが灯っていた。店の外装は小汚いのに周りの木々は綺麗に剪定されてた。
別の場所を探して放浪しようかと迷ったが、胃に穴が空いてしまいそうだったので覚悟を決めた。
「こんにちは。大丈夫ですよね。営業していますよね」
熊の剥製が引き戸を開けた左手側に置いてあった。熊が営んでいるのかと思った。
低い木のテーブルに椅子、それが五つほど。厨房はビールサーバーで見えなかったが確かに存在していた。雑誌なんかはきっちりと整理されていた。
「いらっしゃいませー。おう、若いお客さんが来るって何年ぶりだぁ」
厨房から嗄れた声が聞こえ、カタカタと笑う老人が姿を現した。
穴の空いた前掛けをして、髭をいじりながらメニューを将平に差し出した。
老人に礼を言った後に渡されたものを見た。そのお品書きにはありきたりな品名しか記載されていなかったが、一つだけ目を引くものがあった。
「店長さんのオススメはやっぱりこの変わり蕎麦ですか」
「あぁ、今の季節なら桜切りというピンク色の蕎麦だねぇ」
経験が希薄だった将平は、取り敢えず注文した。
「承知いたしました」と老人が笑顔で厨房に戻っていった。スマホを取り出すのも億劫だったので、眼前に置いてあった紙面に目を通すことにした。地元紙だろうか、カラフルな色使いと写真の多用が目を刺激する。
多くは福祉関係の話題ばかり。最後まで読まず、閉じようとしていると最後のページに最近の事件が書かれていた。その中に「三鴨山で少女が身投げ」と不穏な空気が漂う一文が載せられてた。
「店主! この地元紙に載ってる身投げてってここで起きたんですか」
この市は台地の上にある。山は北にあるこの山しかない。
「そうだよ。今回で二回目だ。この山の山頂に愛の鐘という鈴の小さな鐘があるんだが、そこから少し先に行った所にある高台から身投げをしたらしい。若いのにもったないな」
「若いってもしかして十代とか…」
「いいや、二十五だったね。なに、知り合いだったのか?」
「いえ何でもないです。違います。いや、安心しました」
紙面を机の元あった場所に戻し、割り箸を竹筒から出した。橋を割ってお冷の中で先を濡らした。
曇った顔で銀色のトレーに蒸篭をのせて老人は運んできた。悪いことを聞いてしまっかなと少し申し訳なくなった。
「へんな話を聞きましたね。申し訳ない」
「いやいいんだ」
老人は先程とは別種の笑みで帰っていった。
僕が作り出した冷たい空気とは違って春の季節を感じさせる蕎麦になっている。店主の腕によってうまれた春の色だ。
「いただきます」と小声で手を合わせて蕎麦をいただく。桜を絞って着色したのだろうが香りが一切わからなかった。意識すると微かにするか。
きっと見た目を楽しむものだろうと自己完結する。ただ暗い話をしたせいか口へ運ぶまでも、何故か重たく感じた。今後頼むことはないだろう。
全て平らげた後、お金を置いて暖簾を再びくぐって外に出た。相変わらず外は明るく、嫌になった。
このまま山頂まで行こう。気分も晴れるかもしれない。何百回と再生したクラシックを再生して、耳にイヤホンを突っ込んだ。
鳥の囀りなど聞こえないほどの大音量で流した。
日没まで時間はある。鐘の音の正体を見なければアレの音にも耐えられないと思う。
そして、ここで亡くなった女性は何を思って身を投げたのか。失恋だろうか。そんな単純な理由ではないか。
「まさか俺じゃないんだし、そんなヤワではないかな」
曲がリピートされる。何回目だろうか。
鯛末です。GWも終わり、今日からまた忙しい日々が始まる。僕も何か新しいことを始めなければいけないなと思い、新規シリーズを作ってみました。自己満です。