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第七話 誘拐

 



「……シンラ」という、謎の言葉をささやき姿を消した老紳士。老紳士が忽然と姿を消した直後だった。


 突然店のドアが開き、突風が店内に吹き込んで来た。


 平積みされていた書物が宙を舞っている。その書物が桂たちに当たっては後ろに飛んで行く。


 いきなり人が消えたのに驚いてその場に座り込んでしまった私は、桂たちを見て我に返った。考えるより先に体が動いていた。桂たちを庇おうと、小さい体に覆い被さろうとした時だ。


 何者かが私の腰に手を回し引き寄せた。


 桂と刀牙が逸早く気付き、私に手を伸ばそうとしたが、小さな体は風に吹き飛ばされてしまった。床を何回転も転がる。その小さな体に、本が襲い掛かる。


「桂!! 刀牙!!」


 必死で体をよじって逃げようともがくが、私を掴んでいる太い腕に阻まれて、身動き一つ取れない。


 廉と小太が桂たちに駆け寄っている。二人はまだ倒れたままだ。ピクリとも動かない。


(桂!! 刀牙!!)


「離して!!!!」


 私は全身を使って足掻く。それでも、がっしりと掴まれた腰はビクともしない。今ここで手を離されたら、怪我ですむかどうか分からない。なんせ、この誘拐魔は空中にいるのだから。


 それでも、私は必死で抗う。桂と刀牙の側に駆け寄りたかった。


「離してって、言ってるでしょ!!!!」


 怒鳴っても、腕の主は黙ったままだ。


「睦月!!」


 廉たちが私の名前を叫ぶ。その時だった。


「睦月さん!!!!」


 叫び声と同時に、サス君の銀色の頭が見えた。


 その瞬間、蒼白い炎が私と男の周囲を取り囲んだ。私の腰を掴んでいる男のもう片方の手が、上がり掛けているのが目の端に映った。


 男の手には扇みたいな物が握られていた。頭で認識するより早く、私は反射的に叫んだ。


「サス君、駄目!!」


 駆け寄ってきたサス君の前には、桂たちがいたからだ。男がサス君を攻撃したら、間違いなく桂たちは巻き込まれる。


 廉も小太も、倒れてる桂と刀牙も無傷ではすまない。


 私の意図が瞬時に理解出来たサス君は、唇を噛み締め、男を睨み付けた。私と男の周囲にあった炎が消える。


 男はサス君と対峙したまま、中二階にある窓の側まで飛ぶと、目に見えない力で窓ガラスを粉々に割った。


 そして私を抱えたまま、雪が降る外へと出た。店の上空から、飛び出して来たサス君の姿が見える。


「睦月さん!! 待ってて下さい。必ず助けに行きますから!!」


 気を失ったままの桂たちを残して、サス君は私を追い掛ける事が出来なかった。


 何かされたのかな……? 


 薄れ行く意識の中で、サス君の叫び声が微かに……だが確かに、私の耳に届いた。


(うん。信じて待ってる)


 私は声に出して返事をすることは出来なかった。でも心の中で、私はサス君にそう答えた。絶対、届いてるよね……。


 男と私が消えた上空から、数枚の黒い羽が降り積もった雪の上に落ちる。


 サスケはその一枚を拾うと、ギュッと握り込み潰した。蒼白い炎が、握り込んだ黒い羽を一瞬にして灰になった。





           





 店内に入った瞬間、伊織と小町は何が起きたのか瞬時に理解出来た。


「サスケ!!」

「サス君!!」


 伊織と小町は、店内に座り込んでいるサスケの傍らに急ぐ。


 サスケは倒れている桂の傍らに座り、体の上に手をかざしていた。橙色の光が、倒れてる桂の体を包み込んでいる。桂の体に出来た無数の擦り傷や打ち身がスーと消えて行く。桂の側には刀牙が倒れていた。彼の体の傷は既に消えている。


 小町は桂たちに駆け寄り両膝をつく。治っていく傷に、ほっと胸を撫で下ろす。


「サスケ、小町、子供たちを三階に」


 伊織は桂を抱き上げると階段を上った。サスケは刀牙を抱き上げ、伊織の後をついて行く。


 桂と刀牙を寝かすと、小町は子供たちの家に電話を掛け陣にも連絡をとった。


 伊織は廉と小太に何があったか詳しく聞く。サスケは桂たちの様子を診ていた。まだ、目を覚まさない。


「一時間程前くらいかな。お爺さんが本を鑑定に持って来たんだ」


 小太が話し出した。


「サスケさんが応対して、見送ってから、睦月に外に出ないように注意して奥の部屋に行ったんだよ。そのすぐあとだったんだ……」


 廉が続ける。


「お爺さんがいきなり目の前に現れたの!!」

「突然、出てきたんだ!!」


 廉と小太が声を揃えて言った。


「突然出てきた!?」


 小町と交代したサスケが険しい声で繰り返す。伊織は黙って聞いている。二人とも、眉間にしわを寄せ難しい顔をしていた。


「「うん」」


 廉と小太が頷く。


「それはあり得ないだろ!! 常世で伊織の結界を破れる者など、存在しないはずだ!! そうだろ!? 伊織」


 サスケは伊織に詰め寄った。


 廉と小太はサスケの剣幕に圧倒されて、何も言えずに縮こまっている。


「……例外はありますよ、サスケ。そうでしょ、陣?」


 伊織は陣に問いかける。小町から連絡を受けた陣が、急いで駆け付けて来たようだ。まだ息が切れている。


「ああ、例外はある……」


 陣は一呼吸ついてから、言葉を続けた。


「それは神だ。神に属する者なら、伊織の結界を解くことは出来る」


「何で、常世に神属が……?」


 確かに、それしか考えられない。しかし何故……? 


「じゃあ、あのお爺さんは神様だったの!?」


 驚いた小太が伊織に尋ねた。


「おそらく、〈死神〉だと思います。それも上位クラスの。さっき、消えたって言ったでしょう。転移したとみていいでしょうね。その結果、結界に穴が開いた」


「……そしてその隙をついて、あいつらが入り込んだ」


 伊織の言葉を繋ぐように、サスケが言い放った。その語気からは怒りが滲み出ている。


「でも、何で死神様が鬼書を持って来たのかな?」


〈死神〉は死を司る神であって、一般に考えられてるような命を狩る者ではない。なのに何故、死神がわざわざ獄卒の真似事をして鬼書を持って来たのかーー。


 それが不思議だった。だから廉は、伊織に疑問をぶつける。それは、ここにいる誰もが抱いていていた。


「……おそらく、結界に亀裂、穴を開ける為に来たのだと思います。サスケにも気付かれないように、気配を上手く隠していたようですから」


 それしか考えられなかった。


「確信犯というわけか!!」


 陣が言い切る。


「くそっ!!」


 サスケは行き場のない怒りを床にぶつけた。


「俺がもっとしっかりしていればーー」


 自分を責めるサスケに、伊織は落ち着いた声で言った。


「それは違うよ、サスケ。君のせいじゃない。誰が悪いわけではないんだ。相手は神様なのだから」


「だけどーー」


 サスケは尚も自分を責めようとする。


「それで……どうするつもりだ?伊織」


 陣が伊織に尋ねた。廉たちも、そしてサスケも、伊織をジッと見詰める。


「彼らは、睦月に危害を加えるつもりで連れ去ったわけじゃないでしょう。そこまで馬鹿だとは思えませんから。それに、サスケの〈御守り〉も持っているしね。迂闊に何も出来ないでしょう。だから、今のところ無事だと思います」


 伊織は一度言葉を区切ると続けた。


「だが、このままにしとくつもりはありません。勿論、迎えに行きますよ。睦月はまだ、この本屋の大事な店員なのですから。そうでしょ? サスケ」


 伊織はサスケに意見を求める。


「ああ!!」


 サスケは力強く答えた。


「陣、君は玄武様にこの事を説明して下さい。そして「分かってる。南に圧力を掛ければいいんだろ?」


 間違っていなかったようだ。伊織は陣の台詞に笑みを浮かべながら頷く。しかし、目は一切笑ってはいなかった。あいつらは完全に伊織を敵に回した。勿論、サスケも。この場にいる全員を。


「お願いします」


「任しとけ!!」


 陣は自分の胸をどんと叩くと力強く返事した。


「私とサスケは明朝、玄武様に会いに行きます」


「分かった」


 陣はニヤリと笑った。





 拙い文書を最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。

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