第五話 なんでも本屋
百段以上続く細い石畳の階段の頂上に、その本屋はあった。
外観は蔵だが、店内は温かみのある木造で統一されたその本屋は、唯一〈常世〉にある本屋だ。
その本屋の店名は『なんでも本屋』という。
初めて小町さんから本屋の店名を聞いた時、なんてふざけた店名なんだろうって、正直思った。伊織さんのネーミングセンスを疑ったよ。
だけど、この店はもともと伊織さんが始めたものではなくて、受け継いだものだと、この前小町さんに聞いた。つまり、先代のネーミングセンスが最悪だったってわけ。
何でも取り揃えることが出来るから、先代は『なんでも本屋』という店名にしたそうだ。安易なネーミングだよね、分かり易いので、代替わりしても敢えてそのままにしているらしい。
この本屋で取り揃えているのは、絵本から漫画(人間界の含む)、古代史に文芸、あらゆる分野の著作物に、果ては魔法書と呼ばれるものまで多種多様にわたっている。
因みに、この前子供たちが買って行ったのは、私でもよく知っている超有名な週刊漫画雑誌だ。伊織さんいわく、特別なルートがあるらしい。伊織さんも小町さんも、詳しくは教えてくれなかった。
(伊織さんに認めてもらえたら……教えてくれるのかな……)
教えてもらえないことは多いが、それでも生活していて分かることも色々あった。
常世の住人たちが、日本語に似かよった言語を話している事だ。これはほんとラッキーだった。言葉が通じるって事は、想像してたよりも凄く心強かった。でも、何で言葉が似かよってるのかな?
理由は、隣接している世界、〈日本〉の影響が色濃く出ているからだ。
そもそも、私が住んでいた地球と常世は一つの壁を隔てて存在する世界らしい。その壁はとても柔らかくて、薄いものらしい。でもとても、強く決して破れないものなんだって。簡単に破れたら大変だよね。
薄いから時に、常世の世界を映し出す。勿論、反対の事も言えた。
特に地球上で一番密接しているのが、日本だと小町さんが教えてくれた。
隣接すると何で似かよるのかは分かんない。まぁ、色々理由があるらしいけど、私にはあまり関係ないかな。聞いても、よく分かんないし。そうそう、日本の昔話とかでよく登場する鬼の原型は鬼人らしいよ(小町さん談)。
そして注意すべきなのは、異世界を繋ぐ通路は無数に存在している事だ。
稀に色々な偶然が重なって、不運にも門が開き繋がってしまう時があるらしい。どこで門が開くのか分からないから、たまたま通りかかった人が不運にも堕ちてしまうことがあるみたい。
最悪だよね。堕ちた先が常世のような世界なら、まだマシだけど、そうでなかったら……考えるだけで怖くなる。
常世は日本が一番密接しているから、堕ちてくるのは日本人が多いって、小町さんが言ってた。だとすると、昔話に出てくる鬼は、常世から堕ちて来た鬼人なのかもしれないね。
でも問題が一つある。
それぞれの世界を隔てる壁を越えるという事は、体と精神に莫大な付加が掛かる。故に〈常世〉に堕ちてくる人間は、体の一部が欠損していたり、体が無事でも精神が壊れてしまった人ばかりだった。
それが、常世に私を含め人間が二人しかいない理由だった。
私が二度の【界渡り】で無事だったのは、力を使えなくても魔法使いであったためだ。
言語も食べ物も日本食に酷似していて、生活する上で特に問題はなかった。
伊織さんと約束した一か月間、私は本屋の仕事を手伝うことにした。正確にいうと、小町さんの手伝いをすることにした。出来ることは限られてるが、自分が出来ることから始めようと思ったからだ。
手伝い始めて、本屋の仕事は意外と力仕事が多いことを知った。
殆どの新刊は段ボールに梱包されて搬送されてくる(一体、何処から?)。段ボールは重すぎて運べないので、私は書庫に運ばれた荷物をほどきながら分別していく。地味な仕事だけど意外と楽しい。
取り扱う書籍が多種多様だからね。小説なら推理物もあれば恋愛物もあった。ラノベもあったよ。それには驚いた。漫画も色々ある。まさか、週刊誌まで取り寄せてるとは思ってもみなかったよ。
でもこれって、全部日本産だよね。どうやって、取り寄せてるの? すっごく、気になる。
一度訊いたんたけど濁されたので、訊けなかった。嫌われたら嫌だから。だから未だに謎だ。
「睦月ちゃん、終われそう?」
小町さんが書庫を覗き込む。
「もう少しで終わります」
「そう。終わったら、上に上がって来て。お茶にしよう。伊織さんが兔月堂の饅頭買って来てくれたから」
(兔月堂の饅頭!!)
その言葉に手伝いのスピードがぐんっとあがった。急いで分別を終えると、私は階段を駆け上がった。
兔の形をした饅頭を口一杯に頬張る。薄い皮に柚子風味の白餡がなんともいえなくて美味しい。甘い物って、癒されるよね。
「……本当に好きよね。兔月堂の饅頭」
口一杯に頬張る私に、小町さんは少し呆れ気味だ。
「僕の分も食べるかい?」
伊織さんが自分の皿を私に差し出す。
「ありがとうございます」
私は満面な笑みを浮かべ受け取ろうとする。だが、小町さんが横から皿を奪い取った。
「駄目よ。晩御飯が食べられなくなるから」
まるで母親のような口調に、私は嬉しくて笑みを浮かべた。相変わらず、引きつってるけど。
「だったら、これサス君に持って行ってくる」
私は小町さんからお皿を受け取ると、階段を駆け降りる。二階の踊り場にきた時だ。バサッという音が聞こえた気がした。足を止めて、窓を見上げるが何も見えない。
(気のせいかな?)
聞き間違いだと思った私は、階段を降りてサス君がいるカウンターに向かった。だが、いる筈のサス君の姿が見えない。辺りを見渡すけど、店内にはいないみたいだ。
(まさかね……)
私はドアを開けて外を覗いた。寒っ!!
「……サス君? 何してるの?」
雪がしんしんと降り積もる中、銀色の頭に犬耳がある青年が空を見上げていた。
(何を見てるんだろ?)
そう思った私は、外に出ようと雪を踏みつける。サクッという音と同時に、サク君が勢いよく振り返る。
「睦月さん!! 何してるんですか!?」
サス君が慌てて戻って来る。
「サス君こそ、雪の中何してるの?」
私は尋ねる。
しかし、サス君は何も答えず、ドアを開けて外に出ようとしていた私の体を店内に押し戻すと、音をたてて乱暴にドアを閉める。
私はこの時気付いていなかった。
サス君の耳が横を向いていたのを。
そしてそんな私たちの様子を、伊織さんと小町さんが三階の窓から見ていた事など、知るよしもなかった。
書き直しました。
拙い文書を最後まで読んで頂き、本当にありがとうございますm(__)m