不穏な影
ーー真夜中。
物音一つしない静寂な中、皆が寝静まる時間帯なのに明かりが灯っている部屋があった。
明かりを極力落とした和室で、屈強な男が優男の前で正座し鎮座している。
「……間違いないのだな?」
上座に胡座をかいて座っている優男が、屈強な男に向かって確認する。答えは分かっていた。分かっていながらも尋ねる。
「間違いありません。星読みの告示があったそうです。それに、翔琉様も見たでしょう。あの夜空を」
「……ああ」
虹色に光り輝いた夜空を翔琉は思い出す。
「これは、絶好の機会です!! 翔琉様!!」
翔琉は男が発する言葉の意味を正確に理解していた。だから、敢えて聞き返したりはしない。
やっとだ。やっと……膠着していた現状を打破する一歩を、漸く踏み出せる。問題はその第一歩をどう踏み出すかだ。
「どうしたらいい?」
翔琉は最も信頼する供に尋ねた。
「私に考えがあります」
男は翔琉の隣に移動する。そして「失礼します」と一言声を掛けると、よほど聞かれたくない話なのか、ソッと耳打ちする。
「なっ、何だと!?」
思わず、声が大きくなる。男が言った内容は、翔琉を心底驚かせた。
「お静かに」
男は翔琉にそう注意すると、立ち上がり障子を開け周囲を見渡した。誰もいないのを確かめると、今一度座り直す。
「大丈夫です」
「…………し、しかし……」
その内容はあまりにも突飛で乱暴なものだった。
一歩間違えば大惨事になる。いや、大惨事で済まない。我々種族全員の信用が失墜するところか、一族そのものが消される可能性が大いにあった。翔琉は当然二の足を踏む。
しかし、男は尚も言い募った。
「ここまでしないと、完膚なきまでに叩きのめすことは出来ません。腹を括るしかないのです」
「…………」
確かに男の言う通りだ。そこまでしないと、この流れを止める事は出来ない。だがーー。
翔琉は黙り込むと、暫し考え込む。
翔琉は自分が置かれている立場を十分理解していた。
今のままだと、自分はいつか排除される事を。
自分が排除されるだけならまだ許せる。だが、半端者をこのまま野放しにしていることで、自分たちの地位が、我々の誇りが、ずたずたに傷付けられることを翔琉は何よりも危惧していた。
間違っても自分の保身の為ではない。一族皆の為に決断するのだ。そして今がその時期なのだ。
「……分かった」
翔琉は低い声で一言そう答えた。腹を括った。
「御意」
男は短く返事をすると部屋を出て行く。
翔琉はそれを見送ると、自分に言い聞かせた。
(正しいことをするのだ。自分は何一つ間違ってはいない)
翔琉は何度も、何度も繰り返した。暗示を掛けるように。繰り返したところで、もう後戻りは出来ないのだが。。
「やはり動くのか……」
悲しみも辛さも感じない。感情が全く感じない冷たい声だった。男は配下の者からの報告を聞くと、ポツリと呟く。
虹色に輝く夜空を見た瞬間から、男は嫌な予感がしていた。出来れば当たってほしくはなかった。報告を聞いた今でも、嘘であって欲しいと願った。
しかし、その願いは翔琉には決して届かない。今までのことから、十分過ぎるほど分かっていた事だった。
(……分かってはいたが)
それでも願わずにはいられなかった。
やりきれない思いが男を苦しめた。出来る事なら争わずに済ませたい。叶わぬ願いだったとしても。
だが男は、その苦しみを表には出さず胸の内に治める。治めなければならない。それが、上に立つ者の役目でもあった。感情で動くことは決して出来ないのだ。
感情で動きたい場面はいくらでもある。でも一度でも感情で動けば、多くのものを犠牲にしかねない。自分以外の者に類が及ぶ。彼が最も怖れたのは、弱き者に類が及ぶことだった。それだけは絶対に避けなけばならない。それが、族長としての男の大事な役目でもあった。
男がとる道は自ずと決まっていた。
男は静かに腹を決める。男は目を瞑り開けると配下の者に命じた。
「今すぐ、栞をここに呼べ」と。
「御意」
そう短く答えると、配下の者はその場から姿を消した。
最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。