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終章



 神獣森羅の化身としてのお披露目会が終わった翌日、私たちは黒劉山を出発することになった。


 出発までに、伊吹や栞、紫さんとちゃんとお別れの挨拶がしたかったんだけどね……。なかなか一人になる時間がなくて、最後まで挨拶が出来なかった。


 なんせ、お披露目会の後、盛大な宴が開催されたからだ。


 上層部が起こした事件は、完全に箝口令がひかれてる。だから、知らない人が殆どだ。なので、盛大な宴が開催されてもちっともおかしくはない。


 それに、騒いでる天狗たちを眺めてると、自然と顔が緩んでくるしね。


 トドのように潰れている天狗の間を、栞と紫さんは忙しく動き回っている。よく転けないよね。そんな栞と紫さんの邪魔なんて出来ないよ。


 北の大陸行きの高速船が、支配地の外れの町から出発するのが二日後。だから、どうしても今日出発しないと間に合わない。なので、急な出発になっちゃった。


 実はまだ、栞の答えを聞いていなかった。


 答えを聞けなくても、ノーと言われても、私の気持ちは変わらない。私にとって、栞が初めて出来た親友だから。主従関係ではなく、友達として対等に付き合いたい。これからも、ずっと……。


 そんな思いを胸に抱きながら、伊吹や紫さん、大勢の天狗たちに見送られて、私たちは黒劉山を後にする。見送る天狗たちの中に、栞の姿はどこにもなかった。


 伊吹が手配した帆船に乗り込んだ時だ。私の名を呼ぶ声が聞こえた気がしたのは。


 弾かれたように、私は後ろを振り返る。だけどそこには、誰も居なかった。


 碇が外され、帆船が動き出す。


 その時、灰色の頭の先が見えた。


「栞!!」


 私は柵に両手を付き、身を乗り出して叫んだ。さっきの声は聞き間違えなんかじゃない。


「栞!!」


 私はもう一度叫ぶ。


 帆船は船着き場から次第に離れて行く。


「睦月様!!」


 栞が船着き場に姿を現す。急いで来たようだった。息が乱れている。


 栞は私の事を「様」を付けて呼んだけど。それでも良かった。私のために息を切らして駆け付けてくれただけで、とても嬉しかった。


「栞!! 今度は遊びに来るね~~!!」


 大きく手を振って叫んだ。栞の姿がだんだん小さくなる。


「睦月ーー!! もっと強くなって、絶対に会いに行きますから、待ってて下さい!!」


 栞の力一杯叫んだ声が、はっきりと私に届いた。栞は私のことを「睦月」と呼んだ。それが、栞の出した答えだった。


「うん、待ってる!!」


 泣きそうになるのを堪えながら、大声で叫んだ。力一杯手を振る。栞の姿が見えなくなるまで、ずっと……。


 伊織さんとサス君が、そんな私の姿を複雑そうな、微妙な顔で見ていたことに、私は全く気付いていなかった。







          







 二日後、天狗の支配地の外れまでやって来た。


 そこには、てっきり中央都に戻ったと思っていた白翼船が停泊していた。


 伊吹が言っていた高速船は白翼船のことだったんだね。錦さんたちが、私たちを北の大陸まで送ってくれるらしい。それが、錦さんなりの謝罪の気持ちなんだと思う。


 帰りの帆船の中で、私は今まであったことを、伊織さんとサス君に話した。


 黒翼船でのこと。茜のこと。栞のこと。そして、海賊船で出会った海賊の頭、悠里たちのことも。勿論、森羅様の力を使って、血を吐いて倒れたことも話した。包み隠さず全てを話した上で、私は伊織さんに言ったんだ。


「私は日本には戻らない。常世で、この世界で生きることを決めました。流されたからじゃなく、逃げでもありません。私は一度死んで、森羅様にもう一度生を与えられた。私はその生を、この世界で生き直すことに使いたいんです」


「それが、どういう意味か分かって言っているんだね?」


 伊織さんが、私の意思を確認するために聞き直す。


 私は頷く。


「分かっています。それがどういう意味なのかも……。この一か月で嫌というほど分かりました」


 私は思い出す。


 神獣森羅の化身という存在が、この世界でどういう立場なのかをーー。


 私が見たのは、ほんの一端だったと思う。それでも、覚悟を決めるのに、受け入れるのに、時間が掛かった。逃げるのは簡単に出来る。でも今逃げ出したら、私は一生後悔する。後悔しながら、一生を送るのだ。それだけは、どうしても嫌だった。


 それに今、私がここにいるのは〈奇跡〉そのものだ。


 生きたいと強く願ったあの時、何故私は界渡りが出来たのか、ずっと不思議だった。


 だけど今、私は何となく……出来た理由が分かった気がする。


 幼かった私が暮らした常世の生活が、楽しい思い出だったからこそ、覚えていなくても、その思い出は魂にしっかりと刻み込まれていたのだ。


 だから私は、死の間際必死に手を伸ばし、そこへ行こうとした。


 そして、界渡りの途中で死んだ私に、神獣森羅様は新たな〈生〉を与えてくれた。


 もう一度、生きなおす機会を、神獣森羅様は与えてくれたのだ。


 だから私は、ここにいる。


 今を生きている。


 この〈奇跡〉に恥じないよう、無償の愛情を与えてくれた皆に恥じないよう、必死で、そして自分らしく、この世界で生きて行こうと決めた。


(だから……私は、決断する)


「伊織さん、私を伊織さんの弟子にして下さい」


 私は頭を深く下げて懇願する。


 自分が常世に来てから、ずっと護られてることを知った。


 自分が何者かを知った。


 そして何も出来ないことも、その悔しさも見に染みて分かった。


 私のために命をかける者がいることも知った。


 私は、そんな彼らのために何が出来るだろうか。今の自分が彼らを護ることは到底出来ない。ならせめて、自分の身は自分で護れるようになりたい。


(だから……私は、魔法使いの弟子になる!!)


 伊織さんはしばらくの間、頭を下げ続ける私を見詰めていたが、やがて溜め息を吐くと微笑んだ。


「…………分かりました。私の修行は厳しいですよ」


 弾かれたように顔を上げる。それから、大きな声で「はい!!」と答えた。





 これは余談だが、白翼船を降りる時、錦さんが私に「栞が好きか?」と尋ねてきた。私はその言葉の裏を読むことなく、「勿論!!」と答えた。すると、錦さんは笑いながら言った。


「天狗の未来は明るいな」と。


 錦さんの朗らかな顔とは正反対に、伊織さんとサス君は苦虫を潰したような顔をした。


 私は何故、二人がそんな表情をするのか分からなかった。その答えを知るのは、もう少し先の未来。




 これは後日談だが、『なんでも本屋』に出入りしていた桂たちは、皆私と同じ年だった。


(……ほんと、あやかしの見た目と年齢は比例していないよね)


 あっ、それから。狛犬のサス君だが、本体のサス君がメンテしてくれるそうだ。とりあえず、ひと安心かな。


 


 長い冬が終わり、北の大陸にも遅い春が来た。


 私は魔法使いの修行に励みながら、本屋の手伝いにと毎日忙しい。


 でも、とても幸せだよ。


 だって、自分が選んだ未来なんだから。






 本文はこれで終わりです。最後まで読んで頂き、本当にありがとうございましたm(__)m


 

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