第三十二話 族長の器
重盛が牢屋に連行され一人取り残された翔琉は、崩れ落ちるように畳に両膝を付く。
視点が定まっていない目線は畳に向き、ぶつぶつと何かを呟いていた。聞き取りにくいが、言葉の端々から何を言っているのか分かった。
「……私は悪くない。私は悪くない」
同じ言葉を、翔琉は呪文のように繰り返し呟いている。
そう思いたいからなのか、本当にそう思っているのか、分からない。だが、これだけは言えた。
この後に及んで、翔琉は重盛のせいだと言うのかーー。
「…………」
あまりにも情けない姿に、私は呆れ返って何も言えなかった。私以外にも、この場にいる全ての者が、口には出さないがそう思っていただろう。
重鎮たちは、今まで推してきた人物の真の姿を見て、一体何を思っているのだろうか。
苦虫を潰したような顔をする者。顔を背けて見ようとしない者。そして、茫然と翔琉を見ている者。ほんと、様々だ。
何とも言えない空気が漂う中、警備の者が一礼すると大広間に入ってきた。翔琉を連行するためだ。
二人の天狗に両脇を抱えられながら、翔琉は無理矢理立たされる。その顔は生気が抜け、目は完全に虚ろだった。でも……口は動いている。まだ彼は、同じ言葉を繰り返し呟いていた。
「……悪いに決まってるでしょ!」
思わず、私は吐き捨てるように言ってしまった。
私の言葉に警備の者は立ち止まる。俯いたままの翔琉の顔が少し上を向く。座っている私に目線を合わせた。
「重盛は貴方の部下でしょ! 部下の責任を、主である貴方が負わなくて誰が負うの? 重盛は貴方のために、ここまでのことをした。やり方は間違っていたけど、貴方が族長に相応しいと思ってしたことじゃないの? だったら、重盛を庇うのが、主として当然の姿じゃない? それを失敗したら、今度は重盛に責任をなすり付けて、そんなみっともない姿を晒して、恥ずかしいとは思わないの!!」
言い出したら止まらなかった。
重盛がしたことを決して許しはしないけど、あまりにも彼が哀れで、可哀想に思えた。
連行される時……重盛は一瞬、翔琉を見た。だが翔琉は、重盛から目を逸らした。そして、翔琉は重盛に何も言わなかった。
「例え貴方が、伊吹の兄だったとしても、族長の座は付けなかったでしょうね。だって、貴方は族長の器じゃない」
はっきりと断言する。
「……器ではない」
「ええ。貴方は族長の器じゃない」
私は繰り返し告げた。
はっきりとそう断言した瞬間、翔琉の両脇を抱えていた警備の者が、見えぬ力に弾き飛ばされた。
伊吹と栞が私の前に立ち、私を背中に庇う。私はこの時、妙に落ち着いていた。不思議なことに、翔琉に対しての恐怖心は全く沸いてこなかった。
「伊吹、栞、私を庇う必要はないから」
二人は私の命には従わず、私を庇い続ける。これだけの殺気を放っていれば当然かな。肌がピリピリする。それでも、私は言い放った。
「伊吹、栞、前を退きなさい!!」と。
初めての命令口調に、栞は驚く。
伊吹も私の鋭い、否とは言わせない口調に驚くが、それでも表情は変えず、二人して私を守ろうとする。反対に重鎮たちは微動だにせず、事の成り行きをただ傍観していた。
仕方ない。私は立ち上がると、伊吹と栞の間に割り込んだ。
「睦月様!!」
「森羅様!!」
同時に声を荒げる二人に、私は「大丈夫」と答えると、翔琉の正面に立った。殺そうと思えば簡単に殺せる距離だ。
「翔琉、貴方は族長として、一番に守るべきものは何だと思う?」
私は翔琉に尋ねた。その声はやけに静かだった。翔琉は何も言わない。それでも私は言葉を続けた。
「天狗としての自尊心? それとも、今の地位?」
そう尋ねてから、私は首を軽く横に振る。
「私はそのどちらも大切だと思わない。そんなものは守るに値しないものだよ。翔琉、族長と言えば、天狗たちの王様でしょ。王様が一番に守るべきものは、私は民だと思う。それも、力が弱い民。戦う術を知らない民。彼らの矢面に立って傷付くことが出来る者が、私は王だと思う。……綺麗事かもしれない。でも……それが出来ない者に、民は付いて来ない。民が認めない者が王になっても、絶対に長続きはしない」
翔琉を真っ直ぐ見詰めならがら、私は言い放つ。
この時、私の脳裏に浮かんでいたのは伊吹だった。
伊吹は民を守るために、躊躇することなく、私のような小娘に頭を下げた。
自分の身を盾にして、自分の命を引き換えにしてでも、民を守ろうとした。
だからこそ、伊吹は民に愛されているのだ。私はそう思う。差別や偏見のある中で、伊吹が王であり続けてこれたのは、民に愛されてるからだ。
翔琉の目が揺れる。殺気が少し弱まった気がした。
「貴方は、そしてここにいる重鎮たちは、灰色の翼を持つ者を半端者だと言った。自分が守るべき民を、同胞を、貴方たちが傷付けてどうするの? 何故、守れないの? それが、間違いだって言えないの? ……長い歴史の中で、そういう風潮があるのは分かってる。それでも、族長に、王様になりたかったのなら、それが間違いだって言える勇気が必要だったんじゃないのかな? 私は、心からそう思うよ」
翔琉の殺気はいつの間にか消えていた。兵士に支えられているのに、力なく両膝をつく。少しだけど、肩が震えていた。ほんな少しでいい。翔琉にも伝わったかな。私が言いたいことが……。
少しの間の後、別の警備の者が慌てて大広間に入って来た。翔琉は一切抵抗しなかった。
「連れて行け」
伊吹は警備に命じる。
霊力を封じる手枷をはめられると、翔琉は両脇を警備に抱えられながら、翔琉は大広間を出て行った。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございましたm(__)m




