第三十一話 半端者
重盛が伊吹たちの待つ謁見の間に現れたことは、すぐに私たちにも知らされた。
私は栞と紫さんと共に謁見の間である、大広間へと向かう。
大広間に続く廊下を歩いていると、遠くから男たちの怒号が聞こえてきた。まだ距離は十分にあるのにだ。あまりにも大きな声だからか、内容もはっきりと聞きとれる。
皆興奮して、伊吹の責任を追及していた。
中には、翼の色に対しての差別的な発言も多々あった。
私を気遣う声は一切聞こえてこない。そこにいる者皆、自分たちの保身ばかりを気にしている。
栞たちの話では、難色を示していた伊吹を半ば無視して、事を起こしたのは、そこにいる重鎮たちの筈だ。自分たちのことは棚に上げ、全ての罪を伊吹にきせようと躍起だ。
許せなかった。
卑怯なまでの変わり身の早さに。
そして、翼のことを持ち出す彼ら全員にだ。
怒りが沸々と湧いてくる。怒りにかられて、このまま乗り込んで怒鳴り返したい。だけど、それは絶対に駄目だ。収拾がつかなくなる。ましてや、それをした時点で完全に私たちの負けだ。
私は一旦立ち止まると、気を落ち着かせるために深呼吸した。
ーー私は睦月じゃない。神獣森羅だ。
自分にそう何度も言い聞かせる。
そして、もう一度深呼吸した。
空気が一瞬、ピンと張り詰め、スーと静まり返ったような感覚がした。周囲の音が掻き消えたかのような、そんな不思議な感覚を感じた。今まで波立っていた気持ちが、スッと落ち着く。
「……睦月様」
栞が立ち止まって動かない私を心配して、声を掛けてくる。
「大丈夫。心配ないから」
にっこりと栞に微笑んでから、大広間へと歩みを進めた。
大広間のすぐ脇に立ったが、誰一人、私たちの存在に気が付かなかった。障子に私たちの影が映ってるのに。皆、伊吹を責めることと、己の保身に必死のようだ。
「何か面白い話をしているけど、私も混ぜてもらえませんか」
私はそう告げると、大広間に入った。
その瞬間、大広間の空気が凍り付いた。
伊吹は今まで座っていた上座の席を私に譲り、自分は斜め横に座る。栞は伊吹の後ろ、廊下に座って控えていた。
「今、面白そうな話をしていたけど、もうしないの?」
私は再びそう尋ねる。しかし、誰も口を開く者はいなかった。
言えるはずもない。今まで死んでいたと思っていた者が、目の前にいるのだ。そして、今まで散々言っていたこと全てを、本人に聞かれていたことに、皆内心焦っていた。それが、私にも手に取るように分かった。
「重盛、元気そうだね」
私は見知った顔の男に話し掛ける。
「…………睦月様」
その声はとても小さく、まるで吐息のようだった。
「重盛、私は貴方に、名前で呼ぶことを許した覚えはないけど」
私は声を荒げることなく、厳しく叱責する。
圧倒的な威圧感ーー。
伊吹は表には出さないが、かなり驚愕していた。
数度会ったことのある少女とはまるで別人だった。まとっているものが明らかに違う。これが、神獣森羅様の化身なのだと伊吹は思い知る。当初は座って一言だけ言葉を発してくれるだけでよかった。だがこれは伊吹にとって、嬉しい誤算だ。
族長の伊吹でもそうなのに、一介の武人である重盛は、驚きと威圧感で、顔色を蒼白にして二句が付けない。それもその筈だ。今、目の前には、自分が殺したはずの者が話し掛けているのだ。
そしてその横には、重盛と同様に、蒼白な顔色をした若い男が座っていた。おそらく彼が、伊吹の異母弟の翔琉だろう。
「重盛、まるで幽霊でも見るような顔をして。まぁ、それもそうよね……。自分が殺したと思っていた者が目の前にいるのだから、驚くのも無理ないですよね」
これが、作夜、伊吹が私に頼んだことだった。伊吹は重鎮たちのいるその目の前で……重盛がしたことを証言して欲しいと言ったのだ。
私の証言は、その場の凍り付いた空気を瞬時に沸騰させた。
一気に形勢は逆転する。それが、伊吹の狙いでもあった。これを機に、不穏因子は全て取り除く。それが、伊吹の本当の狙いだったのだ。
「嘘だ!! でたらめなことを言うな、人間め!! そこにいる半端者が仕組んだことだ!!」
立ち上がると、重盛は私と伊吹を指差すと怒鳴り散らした。普段冷静沈着な者が錯乱した様子に、重鎮たちは私の言葉が嘘でも、過剰に言ったことでもないことを知る。
重鎮の一人が叫んだ。
「何をしている!! 取り押さえろ!! 乱心者だ!!」
重盛はその声に瞬時に反応した。
私に向かって斬り掛かる。だが、私に刃が届くことはなかった。重盛が私の目の前で倒れ込んだ。目に止まらぬ速さで、伊吹がみね打ちをしたからだ。呻く重盛を、栞が抑え込む。自分の倍はあろう男を抑え込むその姿を見て、私は伊吹が栞を私の護衛として付けた理由に納得する。そしてその姿は、重鎮たちを驚かせた。
重鎮たちも思っていた。
伊吹や栞、紫さんのことを半端者だと。実際の実力を無視し、翼の色だけで判断していた。
しかし、彼らの実力を目の当たりにして気付く。自分たちの過ちに。そして思い出す。いつの間にか、諸大国の要人たちが皆、伊吹のことを認めていたことに。
重盛は法力を封じ込める手枷をはめられ、同じく法力を封じ込める縄で縛られた。栞は警備の者に重盛を引き渡す。
半端者だと馬鹿にしきって行った者に、圧倒的な力の差を見せつけられた。法力の力ではなく、体術でもだ。放心したまま、重盛は牢屋へと運ばれた。彼の罪は相当重いだろう。
その場に残されたのは、翔琉一人だった。
今まで自分に味方してくれていた者は、もう誰一人いない。
最後まで読んで頂き、本当にありがとうございましたm(__)m




