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第三話 鬼の兄妹

 



 都の中心部に続く大通りから、一本外れた道筋の更に奥の奥、一軒の本屋へと続く細い階段がある。


 有に百段以上ある石畳の階段だ。


 その階段の先に本屋はあった。


 普通の人なら、絶対敬遠する場所だと思う。本を買うのに、わざわざ百段以上の階段を登って来る客が、果たしているのか。あくまで人間ならだけど。


 私なら絶対、こんな場所には店を出さない。景色を売りにしている旅館なら話は別だと思うけどね。


 そんな場所に、伊織さんが営んでいる本屋はあった。


 真冬だからか、窓から見える景色は一面真っ白だ。〈常世〉にも、日本のような四季があるらしい。


 因みに本屋があるのは、〈常世〉の北の大陸。玄武様が治める大陸だ。


 この大陸の建物は懐かしい感じがする。わりと古風な造りだ。玄武様の好みらしい(陣さん談)。今は真っ白で、あまり外の景色は代わり映えしないが、その街並みも、どことなく京都に似ているそうだ。現に、本屋の外観も庄屋の蔵に似ていた。


 わずかな音も、降り積もる雪に吸い込まれて、外からは一切物音が聞こえてこない。聞こえてくるのは、暖炉の焚き火の木の弾ける音と、下から聞こえてくる話し声だけだ。


(こんな日にもお客さん来るんだぁ……)


 どんなお客が来るのか興味があって、足音をたてないようにそっと階段を下りる。


 だが、僅かに軋む木の音に気が付いたらしく、話をしていた二人が顔を上げて音がする方を見た。


「もう起き上がって大丈夫か?」


 百七十以上ある小町さんより、頭二つは有に大きい褐色の肌をした大男が私に声を掛けてきた。


 二度程お見舞いに来てくれてたから、誰だか分かる。小町さんのお兄さんだ。この本屋の店主、伊織さんの親友なんだって。そういう人がいるのって、少し羨ましい。私には居なかったから。


「大丈夫です。陣さん」


 出来る限り笑って答えたつもりだけど、ぎこちないものだって気付いてた。口角が僅かに上がっただけだって。完全に笑い方を忘れてたみたい。もう何年も笑ってないから……。無表情で何を考えてるか分からなくて不気味だって、散々言われてたし。


 陣さんの眉間に軽くしわが寄る。不愉快にさせたみたいだ。


「…………(不愉快にさせて)ごめんなさい」


 声にならない程の小さな声で謝る。当然二人には聞こえていなかったようだ。


「顔色が悪いけど大丈夫? まだ寝てていいんだよ」


 小町さんが心配そうに駆け寄ってくる。暗い表情になったのを、しんどいんだと勘違いしたようだ。


「もう熱も下がったし、大丈夫」


「ほんとに?」


 小町さんは私の額に掌をあてて、熱を計りながら尋ねる。いつの間にか陣さんも、私のすぐ側に来ていた。二人とも優しくて温かい目だ。


 そんな目で見られる事に慣れてない。居たたまれなくて、俯いてしまう。陣さんと小町さんに嫌な思いをさせてしまうと分かっていながらも。ほんと、自分が嫌になる。


「本当に大丈夫だから、安心して」


 安心させたかった。ありがとうって伝えたかった。だから勇気を出して顔を上げると、無理して笑った。笑ったつもり。何とか、自分の思いを伝えたくて。


 だけどやっぱり、陣さんと小町さんの表情が一瞬険しくなった。でも直ぐに、いつもの優しい表情に変わる。


 こうして並んでいる二人を見ると、全く似ていない兄妹だと思う。肌の色も全く違うし、髪の色も違う。男女の差はあるけど、顔の造作もあまり似ていない。どちらも美形だけど。唯一同じなのは目の色だけだ。


「しんどくなったら、いつでも言っていいからね」


「そうだぞ。遠慮はいらんからな」


 全く似てない兄妹だけど、醸し出す雰囲気はよく似ていた。底抜けに優しくて日向のような人たちだ。


「……はい。ありがとうございます」


 頭を軽く下げた。下げた途端、ふらっと立ち眩みを起こす。横にいた小町さんが慌てて私の体を支えてくれた。


「兄さん!!」


 小町さんの声と同時に、私の体は陣さんによって米俵のように肩に担ぎ上げる。そしてそのまま、三階の寝室に逆戻りしてしまった。


 陣さんの手でベットに寝かされると、肩まで掛け布団を掛けられる。別にたいしたことがないから起き上がろうとすると、当然のように陣さんが止められた。


「寝てろ。何か食べたいのはないか? 何でも持って来てやるぞ」


 掛け布団をぽんぽんと叩きながら、陣さんは微笑む。ごつい体の割りには優しい手つきで、私を寝かしつける。野太い声なのに、ほっと出来る温かみがあった。


「……ちょっと寒いなぁ」


 だからかな、つい我が儘を言ってしまった。慌てて訂正しようと思ったけど、それより早く、陣さんは小町さんに一声掛けると外に薪を取りに行ってしまった。外は雪が降ってるのに。すっごく寒いのに。


 血の繋がった家族でさえ与えてくれなかったものを、ここにいる二人は当たり前のように、無償で私に与えてくれる。


 私が欲しくて、欲しくて、仕方なかったもの。


 そして、諦めたもの。


〈居場所〉という名の愛情ーー。


 胸の奥ががギュッと締め付けられた。熱いものが込み上げて来る。私は掛け布団を顔まで引っ張り上げると顔を隠した。





 拙い文書に最後まで付き合って頂いて、本当にありがとうございました。凄く嬉しいです。

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