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第二十六話 真の主



 通された部屋は、こじんまりとした、思ったより質素な感じがする部屋だった。


 余計な物が一切置かれていないからそう感じたが、よく見れば、立派な床の間には掛け軸が掛かっていた。花が一輪飾ってある。


 飾ってある花は椿だ。椿は冬に咲く華である。実際、本屋の中庭に咲いていたのを目にしたし。


 部屋に続く長い廊下を歩いていて、本屋の庭にも綺麗に向日葵が咲いていた。向日葵は夏に咲く花だ。


 つまり今は、南の大陸は夏って事になる。標高が高いから気温は低く感じるけどね。少なくとも、椿が咲く気温じゃない。


 という事は、この大陸に今椿の華は存在しない筈だ。


 存在しないのなら、考えられる理由は一つ。わざわざ取り寄せたって事だ。私が、北の大陸から連れて来られたから。少しでも慰めになるように。


 このこじんまりとした部屋には、細やかな配慮が至るところにあった。さして広くない和室に通されたのも、そういった配慮の一つなのだろう。栞が選んでくれたのかどうかは分からないが、人を思いやる、心のこもったものを感じた。


 足を伸ばして、大の字に寝っ転がる。そのまま、ころころと転がった。畳独特のよい匂いがした。日本人だからかな……畳の匂いに落ち着く。黒翼船では畳だったけど、その他は洋風の部屋だった。


(やっぱり、畳はいいなぁ~~)


 しみじみと畳の匂いを堪能していた時だった。


「失礼してもよろしいですか?」


 障子を挟んだ向こう側から女性の声がした。栞と一緒に私を探してくれた人だった。そして、この部屋に案内してくれた人でもあった。


 慌てて起き上がる。


「どうぞ」


 返事の直後、直ぐには入って来ない。少し間を置いてから「失礼します」と声をかけて入って来る。そこにも、好感が持てた。


 灯りの下で、私はその女性を正面から初めて見た。


 思わず息を呑む程の、美しい女性だった。顔の造形だけでなく、内面の美しさが滲み出てきたような、決して派手さはないのに、光り輝いて見える。雰囲気が、どことなく伊織さん(先代)に似ているような気がする。儚げだからかな。年も二十代半ばか、後半ぐらいだ。もしかして、彼女がこの部屋を用意してくれたのかもしれない。


 でも……その女性の髪の色は漆黒ではなく、栞の髪の色に近かった。


(栞の親戚かな……?)


 単純にそう思った。どことなしに、雰囲気が似ているような気もするし。


 女性は座ったまま障子を閉めると、そのまま私の方を向き、三つ指を付いたまま、深々と頭を下げた。


「森羅様。この度は、茜がとんでもないことを仕出かしまして、本当に申し訳ありませんでした。その上、命まで助けて頂き、重ね重ね、何と言っていいか……ましてや、栞の心も救って頂き、本当にありがとうございました」


 女性の付いた手のすぐ横で手を付くと、私は軽く首を横に振る。


「頭を上げて下さい。私は貴女にお礼を言われるような事は、何一つしていません」


 自分がそうしたいからしただけで、礼を言われることも、頭を下げられるようなこともした覚えがない。確かに、誘拐はされたし命も狙われた。だけど、この女性が関わった訳じゃない。栞のことも、翼が綺麗だと思ったから、そのまま口にしただけだ。特別なことは何一つしていなかった。


 女性は顔を上げると、私を真っ正面から見詰める。


「貴女様は、とてもお強い方なのですね。心が……竹のようにしなやかでいて、凄く強い」


 あまり誉められることに慣れていない私は、照れてしまう。


「そんなこと言われたの初めてです」


「それは本当ですか?」


 女性は私の言葉に素直に驚く。それが、かえって私をいたたまれなくした。女性はそんな私の様子を見て、微笑む。その微笑み方は、やっぱり栞に似ていた。


「あの……貴女は、栞と茜の親戚の方ですか?」


 私は尋ねる。


「これは申し遅れました。私は、茜と栞の祖母でゆかりと申します」


(えっ!? 今この人何て言った?)


 聞き間違いじゃなかったら、確か……祖母って言ったような……。


「……祖母?」


「はい。茜と栞の祖母です」


 にっこりと微笑みながら、目の前の女性は更なる爆弾を投下した。


「これでも、二百年以上は生きてますよ」


「二百年!!」


 驚き過ぎて言葉が出ない。

 

(あやかしの見た目は、年と反比例してるって聞いたけど……反比例し過ぎだよ!!)


 内心、突っ込みを盛大に入れる。その時、ふと思った。


(桂たちの年は?)


 もしかして、私より上なのかもしれない。私は頭を振って、その考えを吹き飛ばす。今は考えるのを止めよう。


「紫さん、栞は?」


「栞でしたら、今は族長と話をしています。間もなく終わると思いますので、それまでの間、お風呂でもいかがですか?」


「お願いします!!」


 やったぁー!! 足を伸ばせて入れるー!! 今までシャワーばかりだった。シャワーが嫌な訳じゃないけど、たまには足を伸ばして、湯に浸かりたい。日本人だもん。私は顔を輝かせた。







           








「……子細は合い分かった。栞、ご苦労だった」


 族長である伊吹は、栞の説明と悠里の手紙から事の子細を知り、そう労いの言葉を掛ける。


 栞は正座したままの姿勢で、三つ指を付くと「それでは失礼します」と告げ、その場から立ち上がろうとするのを、伊吹は止めた。


 僅かに栞が眉を寄せるのを、伊吹は見逃さない。フッと……伊吹の口元が緩む。


「栞。お前の目から見て、森羅様はどう映った?」


 伊吹は栞を見据えたまま、そう尋ねた。栞は父親であり、族長である伊吹の視線を真っ直ぐ受け止める。そしてもう一度座り直すと告げた。


「睦月様は、とてもお強い方です。そして、真理を見抜く目をお持ちの方です。あの御方は、人を色眼鏡では判断しません。自分の目で見、感覚で、或いは考えて判断なさいます。そしてその判断に対し、責任は自分で背負われる御方です。実際、悠里殿に対し、一目で信頼出来る方だと言われました。澄んでいる目をしているからだと……。海賊を生業にしていると聞いても、態度は一切変わりませんでした」


「仕えるに値する人物と……判断したわけだな」


 栞は力強く頷く。そして、きっぱりと断言した。


「はい。私の主は、未来永劫、睦月様しか考えられません」


「……そうか」


 伊吹は短く答える。その表情からは、彼が何を思っているのか読み取れない。


 栞はもう一度伊吹に頭を下げると、「それでは失礼します」と言い、今度こそその場を後にした。


 足早に廊下を進む。


 睦月の、主の元に早く向かうために。







 最後まで読んで頂いて、ありがとうございます。


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