第二十二話 睦月、船員を泣かせる
ーー早朝。
民間船に化けた海賊船は、堂々と白劉都の船着き場に帆船を停めた。
あれから、うとうととしてたようだ。椅子に座り、テーブルに突っ伏したまま朝を迎えた。
目を覚ました私は、窓に目を向けると布の端を少しめくる。帆船が停泊しているのに気付いた。白劉都に到着したようだ。
眼下には、時代劇のセットを思わせるような、城下町が広がっていた。斜面に村を造ったと聞いていたから、白劉都もそうだと思っていたけど、全く予想とは違っていた。
(凄い……)
チラッとしか見えなかったけど、かなりどころか、すごく栄えている。私は天狗という種族の力が垣間見えた気がした。
「睦月様、起きていらっしゃいますか?」
部屋をノックする音の後、私を起こしに来た栞の声がした。
「うん、起きてるよ」
私は返事をする。
すると、栞が「失礼します」と声を掛けてから、部屋に入って来た。
「おはようございます、睦月様。昨晩は、よく寝れましたか?」
当たり前のように今日着る服を用意しながら、栞は尋ねてくる。栞は当然のように私の世話をする。そんな生活に慣れていない私は苦笑する。
「栞は眠れた?」
反対に私が尋ねると、栞は苦笑しながら「いいえ」と答えた。
「私はあんまり眠れなかった。やっぱり、緊張してるのかな」
少し笑ってみる。
「大丈夫です、睦月様。必ず上手くいきますから」
栞は私に服を渡しながら、そう断言する。
微笑みながら断言する栞の言葉を、私は疑うことなく信じた。
この日のために、皆がどれだけ動いていたか、私はこの数日間、この目でしっかりと見てきた。だから、私は皆を信じることが出来るんだよ。
ーー絶対、成功する!!
そう、心から思える。
渡された服に着替えると、私は栞とサス君と一緒に食堂に向かった。眠っているサス君を抱っこしたままで。
食堂には大勢の船員が座っていた。全員があやかしだ。人型のあやかしもいれば、そうでないあやかしもいる。半々ぐらいかな。座りきれずに、立っている者もいた。
私たちが食堂に入ると、今までざわついていた声が一斉に消えた。皆、私たちを見ている。正確に言えば、私を見ていた。紺も熱い目で見ていた。
固まっている私に、栞が横から声を掛けてきた。
「彼らは、睦月様の御言葉を待っているんですよ」
(私の言葉!? 冗談だよね……?)
あやかしたちを見渡す。確かに彼らは、栞が言った通り何かを待っているようだった。
(ほんとに、私が何か言うのを待ってるの……?)
「睦月様」
栞が促す。
やっぱり、私が何か言うのを待っているようだ。それなら、私が言う言葉は決まっている。
「……おはようごさいます。私たちのために力を貸して下さって、本当にありがとうございました。皆さんのことは絶対に忘れません。本当にありがとうございました」
私は深々と頭を下げる。船員の間にざわめきが広がった。栞が慌てて私に言う。
「頭を上げて下さい。神獣森羅様である睦月様が、頭を下げるひーー」
必要がない。それは違う。私は栞の言葉を途中で遮った。
「私は神獣森羅である前に、ただの人間だよ。人としてお礼を言うのは当然のこと。彼らは見知らぬ私のために、ここまでしてくれたんだから」
私の言葉に栞は何も言えなかった。黙る栞とは反対に、食堂は咽び泣く声が響いた。
(……えっ!?)
彼らは皆、隠すことなく泣いている。腕で目頭を押さえて泣く者。布で目頭を押さえている者。何も押さえず泣いている者。様々だ。
予期せぬ展開に、私は違う意味で固まってしまう。
(一体、何が起きたの!?)
「……あの?」
訳が分からす栞に助けを求めた。しかし、栞もまた目頭を押さえていた。
「…………」
もう……立ち尽くすしかないよね。
立ち尽くす私の目の前では、「森羅様が……あの森羅様が、俺たちにみたいなものに頭を下げて下さった」という声が、あちこちで上がっていた。その度に、彼らの咽び泣く声が一段と大きくなった。
(誰か、これどうにかして!! お願い、泣かないで!! この空気重すぎるよ……)
私の心の叫びは誰にも届かない。
伊織さんもこんな場面あったのかな? 今度教えてね。
最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。




