第二十一話 作戦前夜
明日、いよいよ私たちは黒劉山に入山する。
それも隠密にだ。
私たちを襲い、灰翼の族長の失脚を企てた、翔琉たち黒翼一派に気付かれずに入山しなければならない。成功するためには、翔琉たちの気が一番緩んでいる時が狙い目であった。
彼らは、私たちが死んでいると思っている。
まぁ、当然か。普通、あの高さから落ちて無傷である筈がないもんね。空を自由に闊歩する天狗の一族でも。普通の状態ならまだしも、茜は深傷を負い、栞は私を庇った状態で投げ出された。
何とか、辛うじて生き残ったとしても、翔琉たちはきっと、獣か他のあやかしの餌になったと考えてるに違いない。間違いなくね。
つまり今この瞬間が、ばれる危険性が一番低いのだ。
一週間程の捜索の後が、その時だと、伊吹と悠里は踏んでいた。だからそれに合わせて着くよう、悠里は海賊船のスピードをコントロールしていた。
一週間を待たずして、神獣森羅の化身の死は、すでに重盛を通して翔琉に報告されているだろう。
伊吹が報告するよう重盛を呼び戻したことで、翔琉たちは勝利を確信していた。
ーー確信こそ最大のチャンス!!
つまり、それが今なのだ。
悠里が放った白い鳩は、睦月の無事を知らせると同時に、支配地の近くまで来ていることを知らせるためのものであった。
伊吹と悠里しか知らない連絡手段。
だから伊吹は、安心して次の手に打って出た。計画通りにーー。反対に、灰色の鳩は計画の失敗を意味していた。
(……眠れない)
緊張からか、目が冴えて眠気が襲って来なかった。明日に備えて、しっかりと休養をとらなければならないのに。
栞と一緒だから心強いけど……それでも、不安がないわけじゃない。口には出さないが、本当は……不安で、胸が張り裂けそうだった。
それもその筈。
数ヶ月前までは、普通ではなかったが、こんな危険な目に遭うような生活とはほぼ遠い生活を送っていた。日本では絶対に経験しないだろうことが、今立て続けに起きている。不安にならない方がおかしいだろう。
栞や茜、そしてサス君といる時は、不安な心をどうにか押し殺すことが出来てた。だけど一人になると……どうしても、押し潰されそうになる。息が詰まって胸が苦しくなる。
でもそれは、自分一人で耐えなければならないことだと、分かっていた。
私は眠っているサス君の背中を撫ぜてから、ベットから降りると、音をたてないように窓辺に近づく。窓には布が掛かっているから外が見えない。でも、月明かりが部屋の中まで届いている。
(……満月かな)
布の端を少しだけめくって外を見た。標高が高いからだろうか、大きな月が迫ってきているように見えた。
あと数日で満月になる月を、窓辺にある椅子に座って見ながら、私は今までのことを思い返す。
茜にも考える時間が必要だったが、それは私も言えることだった。
私も気持ちを整理する時間が欲しかった。あまりにも、色々なことが立て付けに起き過ぎた。
私は知ったこと。
それは……私が〈魔法使い〉であること。
〈魔法使い〉とは自由に異世界を渡ることが出来る者の総称である。界渡りはとても危険で、高位の〈魔法使い〉でも命を落とすことがある。現に、私は命を落とした。
それから、自分が〈神獣森羅の化身〉である事実。
界渡りの途中に〈神獣森羅〉に遭遇し触れた者のことをいう。〈神獣森羅〉は異世界と異世界の狭間に棲んでいることから、〈神獣森羅〉に遭遇し触れることが出来るのは〈魔法使い〉だけと考えられている。
最後に、〈神獣森羅〉は理に最も近く、理そのものだと考えられている。つまりそれは、生死を左右出来る存在だということだった。私はそれを自分で経験し、具現化した。
結果、私は血を吐いて倒れてしまったけど。〈神獣森羅〉の力を使うには、それだけの体と精神が必要だと、実体験した。
実感する。私が〈神獣森羅〉の化身であるということは、決して逃れることが出来ない事実なのだということを。
(そもそも、何で私!? そりゃあ、常世に来れたのは嬉しいけど……)
こんな力恐くて……出来れば持ちたくない。出来る事なら今すぐ、こんな力投げ捨てて逃げ出したかった。でもそれは無理だ。分かってる。逃げられないなら、受け入れるしかない。正直、自分自身が恐くて仕方がないよ。それにもしかしたら、またこんなことが起きるかもしれないし。
そうなった時、私は何が出来るだろうか。
(その時も誰かに護ってもらい、誰かに盾になってもらうの)
私は茜の背中を思い出す。
その時、自然と答えが出た気がした。
なったものは仕方がない。どんなに自分で否定し続けても変わらない事実なら、抵抗するだけ無駄だし、しんどいよ。なら、素直に受け入れる他ないよね。足掻いて時間を潰すよりも、私は自分が出来ることをする。一つ一つ見付け、こなしていく。今、自分が出来ることはそれだけだ。
私は前を見続ける。
後ろを、過去を振り返ることは必要だと思う。
でも今は、後ろを振り返らない。前を見据えて私は進んで行くしかないんだ。
最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。




