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第二十話 作戦前日



「悠里、茜の調子はどうなの?」


 私は朝食後、悠里の部屋を訪れると尋ねた。


 栞と悠里から事の次第を聞いたあの日から、私は一度も茜に会えずにいた。私だけじゃない。栞も悠里も茜に拒否されていた。


 それほどまでに、茜の心の傷は大きかったのだろう。


 悠里たちが今忙しいのは十分理解していたが、それでも気になって仕方がなかった。これは、私の我が儘だ。訊かずにいる事が出来なかったから、悠里の部屋を訪れた。迷惑だと分かっていても。


 悠里は嫌そうな表情はしなかった。私の話に耳を傾けてくれる。本当に優しい人だと思う。


「一応飯は食べてるみたいだから、大丈夫だと思うが」


 悠里は仕事の手を一旦止めると、淡々とした口調で答える。そして直ぐに作業に戻った。


(本当に、忙しいんだね。ごめん……)


 全てを話してからずっと……茜は閉じこもっている。


 閉じこもっている間も茜の食事は、忙しい合間をぬって栞が作って運んでいた。窓に布をかける時に部屋に入った以外は、鍵がいつもかかっていて、誰が呼んでも返事をしない。栞は仕方なくドアの横に食事を載せたトレイを置いてくる。


 それが、今も続いていた。


 しばらくして栞が戻ると、全部ではないが、手をつけた跡があった。だから、私たちは一安心していた。食べれるなら大丈夫だと。


 しかし依然として、茜は完全に心を閉ざしたままだった。


「……それは分かってるけど」


 悠里のそっけない態度に口ごもる。


「こればっかりは、俺たちではどうすることも出来ないだろ。飯は食ってるんだ、死にはしない。それより、自分のことを心配しろ」


 呆れ気味に悠里は言った。私は苦笑する。


 悠里が言うことも分かる。


 冷たいようだけど、こればかりは自分で乗り越えなければならないことだ。分かってはいるが……私は聞かずにはいられなかった。


 悠里のことだ。私の気持ちが分かったうえで、敢えてそう突き放したのだろう。冷たいような言い方だが、悠里の優しさが垣間見える。


 これ以上、悠里に聞くことが出来なかった。聞いても、悠里を困らせるだけだ。だから、聞くのを止めた。仕事の邪魔になるしね。


(いよいよ、明日……)


 不安が過る。


 私は必死でその気持ちを押し殺す。これ以上、悠里に負担をかけたくなかった。


 悠里が机から落とした書類を拾うと渡した。それから頼まれるまま小一時間、私は無言のまま悠里の書類の整理を手伝った。


 書類の整理に集中してたせいか、私の耳にドアをノックする音に気付かなかった。


「睦月様、ここにいらしたんですか?」


 栞が悠里の部屋に入ってきた。腕には上着がかかっている。


「うん。悠里の手伝いをしてた」


 私は微笑みながら言った。


「……そうですか。でしたら、一緒に来て頂きたいところがあるんですが、いいですか?」


 一瞬の間の後、栞も微笑みながら私に言った。悠里は「行って来い」と、私を部屋から追い出す。


 私は栞と一緒に悠里の部屋を出ると、廊下を歩き階段を下りる。下に行くほど、天井が低くなっていく。


 着いたのは、食糧庫だった。


 薄暗いが周りに何があるかは見える。食糧庫はひんやりとしていた。湿気も少ない。少しいるだけで寒くなってきた。まるで一部屋全部が大型冷蔵庫のようだ。その食糧庫の真ん中に、大きな木箱が三箱置いてあった。


 栞は部屋の隅に置いてあるランプに火を灯す。辺りがポッと明るくなった。そして私に上着を渡す。


「栞は寒くないの?」


 栞は木箱の蓋を開けながら、「鍛えてますから、大丈夫です。睦月様着て下さい」と言った。私は渡された上着を素直に羽織る。


 木箱の中には何も入っていなかった。栞が底をがたがたと音をたてながら弄ってると、底の板が外れた。二重の仕掛けが施されているようだ。栞は底板を持ち上げると、私を見る。


「睦月様、横になってみてもらえますか?」


(……えっ!? これに? 作戦に使うのかな?)


 栞に促されるまま木箱に入ると横になった。私が寝ても余裕が十分ある。


「失礼します」


 栞はそう言うと板をはめ込む。周りが一瞬に暗闇に包み込まれた。


「睦月様聞こえますか?」


 少しこもってるが、栞の声がはっきりと聞こえる。


「うん、聞こえる」


「両手で板を押してみて下さい」


 言われるまま両手で板を押してみる。板はぴくりとも動かなかった。


「押したけど、動かない」


「分かりました。もう少しだけ我慢して下さいね、睦月様。睦月様の右横から光が入っているのが分かりますか?」


 今度は右横を向く。栞の言う通り、僅かだが光が入ってきている。隙間から栞の顔が見えた。


「うん。栞が見える」


「そこが空気穴になっています。外からは見えないようになっているので、御安心下さい」


 そう告げると、栞ががたがたと音をたてながら板を外した。


 冷気が顔にあたる。


 入っていたのは数分だけだったが、息が詰まる気がした。緊張していたのが自分でも分かる。体が強ばっていた。手が汗でべとべとだった。無意識に深呼吸を繰り返す。


 栞が手を差し出す。私は服の裾で手を拭うと、栞の手を掴んだ。引っ張りあげられながら立ち上がると、栞が告げた。


「明日、これに入って黒劉山に入ります。二時間位かかりますが……我慢して下さい」と。


 つまり、神獣森羅(化身)様の供物として捧げられる箱の中身は、神獣森羅の化身だ。


 謀反を起こした奴らは、まさか本人が供物として捧げられるとは思っていないだろう。


(まぁ、死んでるって思ってるよね。きっと……)





 最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。

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