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第十六話 灰色の翼



 目を覚ますと、淡い陽の光が窓からもれていた。


 まだ、陽が明けきらないのだろう。体を起こすと、少し上半身が肌寒い。


 部屋には私一人だけだった。


 サス君はまだ丸くなって眠っている。あれから一度も目を覚ましていない。凄く心配だが、冷たくなくて規則的な寝息をたててるので、そのまま寝かしていた。それしか出来ない自分がとても歯痒い。


 サス君の背中と頭を撫でてからベットから降りると、服を着替えて部屋を出た。サス君はお留守番だ。


 廊下に出ると、茜の部屋へと向かった。


 僅かにドアが開いている。音をたてないように少し開けると、部屋の中を覗き込んだ。


 茜は規則正しい寝息をたてている。私はホッと胸を撫で下ろした。そのベットの脇で、栞が茜に寄り添うように寝ていた。私は、二人を起こさないようにそっとドアを閉めた。


 そのまま部屋に戻ろうとした時だった、


 風を感じた。


 帆船は結界が張られて無風のはずなのに。興味をもった私は部屋に戻るのを止めて、風を感じる方向へと足を向ける。たぶん、この先が甲板に通じているのだろう。突き当たりまで歩くと、上に続く階段がある。私は階段を上って甲板に出た。


 オレンジ色をした陽の光が、空を照らしている。もう少ししたら、青色に変わるだろう。澄んだ空気と冷気に、私は完全に眠気が覚めた。


 私は改めて周囲を見渡す。海賊船は切り立った岩場と岩場の間に停留していた。まるで、周囲から帆船を隠しているようだ。


(……ここはどこ?)


 そう思った時だ。


「もう起きて大丈夫なのか?」


 いつの間にか私の背後にいた悠里が声を掛けてきた。全く気配を感じなかった。


 私は後ろを振り返ると、悠里に「おはよう」と挨拶する。微笑む私に、悠里は安心したようだった。


 初めて会った時のように、服をあえて気崩して着ている。だがその手には、悠里に似つかわしくないものを持っていた。鳥籠だ。その籠の中には、白い鳩が一羽入っていた。鳩の首には赤いリボンが巻かれている。


「……鳩を飼ってるんだ」


 悠里をまじまじと見ながら呟く。


 もし、悠里が生き物を飼うとしたら、絶対に大型の猫科の動物が似合うだろう。猫科だよ。絶対、犬科は似合わない。そんな雰囲気をした男の手に、鳥籠が……。それも鷹ではなく、赤いリボンをした白い鳩を飼っている。


(似合わない!!)


 思っていたことが顔に出たのだろう。悠里は憮然とした表情になる。


「悪かったな」


「別に、悪くはないけど」


 何のペットを飼おうと自由だし。


 悠里は甲板の先頭まで歩くと鳥籠を開ける。そして一言「頼むぞ」と声を掛け、空へと放った。鳩は私たちの上を二、三回旋回すると、南の方向へと飛んで行った。


「伝書鳩?」


 私は尋ねた。


「ああ。黒劉山こくりゅうざんに放った」


 天狗の総本山の名称が〈黒劉山〉だったことを、前に栞から聞いて知っていた。


(やっぱり、彼は族長の知り合いだったんだ)


「足に何も付いてなかったみたいだけど?」


 伝書鳩なら、手紙を付けてる筈。なのに、鳩の足には何も付いていなかった。

 

「よく見ているな。だけど、今回はこれでいいんだ」


 悠里はニヤリと笑うとそう告げた。それ以上、悠里は何も言わない。だから私は、敢えてそのことには触れなかった。その代わり違うことを訊く。


「悠里、一つ聞いてもいい?」


 私の問い掛けに悠里は振り返る。


「どうしてあの時、栞を部屋から追い出したの?」


 ずっと……気になっていた。


 実の姉である茜の生と死の瀬戸際の時に、無情にも、悠里が栞を部屋から追い出した理由。そして、それに反論せずに従った栞のことが……どうしても気になる。


 気にはなっていたが、本人に確かめる訳にもいかない。さすがに、無神経過ぎるでしょ。


「……睦月。お前、栞の翼が綺麗だって言ったんだってな」


 しかし、返ってきた言葉は意外なものだった。不審に思いながらも頷く。


 黒翼船に乗っていた時に、栞の翼を綺麗だって言ったことがあった。その時の栞の様子がおかしかったので、鮮明に覚えている。後でサス君に聞いたが、曖昧な言葉しか返ってこなかった。


「言ったけど、それがどうかしたの?」


「睦月、天狗の優劣は何か知ってるか?」


 私の疑問に悠里は疑問で返した。


「うんん、知らない」


 素直にそう答えた。


「睦月、天狗の優劣は翼の色だ。色によって、優劣が決まっている。漆黒の方が優秀で、色が薄いほど劣っている。栞の翼の色は灰色だ。最も劣っている部類に入る。ましてや栞は、族長の子供だ。風当たりは特に酷かっただろうな。その栞の翼を綺麗だって言ったんだ、お前は」


 重盛の言葉を思い出す。


 重盛は栞のことを半端者と貶めた。その目は冷たく、心の底から下等なものを見るような、蔑む目をしていた。族長の娘なのに。


 栞は小さい頃から、そんな目で見られてきたんだね……。


 どんな思いで生活してきたのだろう。毎日が針のむしろの中で。到底私が想像出来ない程、辛いものだったに違いない。


(そう言えば……重盛は、族長のことも半端者って言ってたような……)


「特別隠すことじゃないから言っとくけど、族長の伊吹も灰色の翼だ。まぁ、それがこの騒ぎの元凶になったんだが……。それは別にいいとして。栞の翼を綺麗と言ったお前は、栞にとって、掛け替えのない存在になったんだよ」


 いまいち、悠里が言おうとしている意味が分からない。


(だから、何? それがとうしたの?)


 綺麗だから、綺麗って言っただけ。私の戸惑いを気にせずに、悠里は言葉を続ける。


「睦月、もしお前が茜を助けようとして、血を吐いて倒れそうになったら、間違いなく栞はお前を止める。どんな手を使ってでもだ。栞にとっての優先順位は、実の姉である茜よりも、睦月ーーお前の方が上なんだ」


(えっ!? 私の方が上!?)


 悠里の言葉は意外過ぎた。


 想像出来ない。実の姉よりも上!? たった一言放った言葉で、果たしてそこまで思えるだろうか? 


 もし悠里の言う通り、そう思えたのなら、そこまで栞の環境が劣悪だったということなのだろう。姉妹の中は良いのに。


「睦月、もしお前が危険だからといって、途中で止めてたらどう思う?」


「もし途中で止めたら、私は私を許せなかったと思う」


 私は迷うことなく、はっきりとそう答えた。


 一生、私はその時のことを後悔し続けるだろう。栞との関係も微妙なものになるに違いない。栞も私を止めたことを後悔し続けることになる。大切な存在だからこそ、そのトゲは消えることはない。


 そう考えた時、私は悠里が何故、栞を部屋から追い出したのか……その理由が分かった。


 悠里は悪役になったんだ。私と栞のためを思って。


 胸が熱くなる。知り合って間もない私のことを、そこまで真剣に考えてくれたことに。


「悠里、ありがとう」


 他に言葉が浮かばなかった。


 悠里は俯く。そして私の頭をくしゃっと掻き回すと、颯爽と甲板を後にした。






 最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございます。感謝感激です。

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