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第十四話 茜

 


 空の海賊。


 空賊と聞いても、不思議なことに悠里に対する信用は下がることはなかった。


「……驚かないな」


 悠里が私の顔を覗き込んでくる。


(近っ!!)


 息が掛かりそうな程の距離に詰め寄られて、思わず怯んでしまう。ビクッと体を震わせ、慌てて後ろに下がった。心臓の鼓動が加速する。嫌な汗がドッと噴き出してきた。手足の指先が冷たくなる。背中がべとついて気持ち悪い。


「悠里殿、睦月から離れて下さい。近過ぎます」


 栞が悠里と私の間に体を割り込ませる。栞は私の動揺には気付いていないみたいだ。よかった……。


 悠里は栞を見て鼻で笑うと、おとなしく離れた。


 あっさりと離れた事に驚く。


 だが内心、離れてくれてホッとする。悠里は何かを確かめるために近寄ったような、そんな感じがしてならない。そして悠里は、私の動揺にいち早く気付いていると思った。


 昔から、常にある程度距離をおいて人と接している。それはあやかしでも同じだった。


 伊織さんやサス君、小町さんでさえ、急に寄って来られたら一瞬体が強ばる。ほんと情けない。治したいって、心から思ってるけど。癖だ。悪い癖だと思う、本当に。無意識だから、尚たちが悪い。治そうと思っても、なかなか治らなかった。


(自分から近寄るのは大丈夫なんだけど……)


 だからかな、伊織さんもサス君も、本屋の皆は私に対して少し距離をおく。それが、彼らなりの優しさだと思った。そしてそれが、とても嬉しかった。


 悠里は私を見て納得したようだ。少し離れた場所で座っている。


 次第に、激しく打っていた心臓の鼓動が治まってきた。私は軽く深呼吸をすると、栞に尋ねた。


「栞、茜はどこにいるの?」


 鮮明に記憶が蘇る。黒翼船の船上で何が起きたのかを、私は思い出す。


 茜はまだ黒翼船の中にいるのかーー。


 だったら、助けに行かないと。


 自分に何が出来るか分からない。けど……なにもしないっていう選択肢は始めからなかった。茜は、私と栞を助けるために盾になった。茜のその背中が……私の脳裏に焼き付いている。


 私の問いに、栞の顔が瞬時に曇る。暗い表情で、言葉を探しているようだった。その様子に、私は最悪なことを思い浮かべてしまう。


 打ち払うように栞の両腕を強く掴んで、もう一度尋ねた。栞は視線を逸らす。


「栞!! 茜はどうなったの!? まさかっ!?」


 思わず、声を荒げてしまった。


「安心しな、嬢ちゃん。茜は()()生きてる」


 悠里が栞に代わって悠里が答えた。でもその言い方に、私は違和感を感じる。


(……まだ?)


 悠里が放った必要のない二文字に、言い様のない不安が過る。


「茜はどこにいるの!? 怪我でもしたの!? 酷いの、教えて!!」


 詰め寄る私に対して栞は黙ったままだ。


「嬢ちゃん、立てるか?」


 代わりに悠里が答える。栞は咎めるように悠里を見た。だが、悠里に睨まれて押し黙った。


 悠里に促されてベッドから降りる。深い眠りについている、サス君のことが気に掛かる。置いて行けない。どうしようかと考えながら、サス君の背中を撫でる。


「こっちだ。その犬も連れてこい」


 悠里はそう言うと、ドアを開け廊下に出た。


 人ひとりがすれ違うことができる程の広さだ。


 私はサス君を抱き上げると、悠里の後をついて廊下を進む。栞は黙ったまま、私の後ろをついてきた。


「ここだ」


 悠里は立ち止まるとドアを開けた。


 悠里の背中越しに部屋の中が見える。それほど広くない部屋のベッドの上に茜は横たわっていた。


 私は悠里を押し退け、部屋に飛び込んだ。茜の側に駆け寄る。


「茜!!」


 私は膝をつくと茜の腕に触れた。


 触れた途端、言葉を失った。茜の体は驚くほど冷たかったのだ。まるで氷のように。


 口元に手を当てると、微かだが息が掛かる。安堵するが、その体温のせいで表情が曇ったままだ。


「……どうして、こんなに体温が低いの?」


 茜に視線を向けたまま尋ねる。


「半分死んでるからだろうな」


 悠里が答える。


(半分死んでる……? それって……)


「仮死状態……」


 信じられないが、それだと体温が低いのも頷ける。


 周囲が冷静なおかげで、どうにか取り乱さないでいれた。栞が黙っていた理由も察せた。私に心配を掛けないように配慮したのだろう。だけど、本当はそれだけではなかった。


「……茜は大丈夫なの?」


 二人を見上げ尋ねた。今まで押し黙っていた栞が口を開く。


「………睦月様が黒翼船から落ちた後、私も後を追って飛び下りました。サスケ様のおかげで、無事近くで待機していた悠里殿の船に助けられましたが、そのすぐ後に姉上がーー。サスケ様が姉上を受け止めたのですが……」


 栞は言葉を詰まらす。栞の代わりに悠里が後を続ける。


「茜は重盛に背中を深く切られていた。すぐに、あの犬が治癒をおこなって、傷を塞いで止血はしたが……丸二日、目を覚まさない。体温も低いままだ。仮死状態といってもいいだろう。力を使い過ぎたのか、犬も眠ったままだ」


 悠里の説明に栞の顔は曇る。顔色も青白い。少しやつれた感じがする。眠っていないのだろう。


 私はそんな栞を見て胸が締め付けられた。私は思わず栞を抱き締めていた。栞の体が一瞬硬直するが、すぐに私の肩に顔を埋めて体を震わせている。私は力を込めて栞を抱き締めた。


 栞がどんな思いで一人いたのかーー。


 想像するのも辛い。


 この二日間、栞は目を覚まさない私と、サス君、そして大切な姉を看病していたのだ。一人無事な自分を、栞は責めたに違いない。出会ってまだ短いけれど……栞がどういう人なのか、だいたいは分かる。こんな時、平気でいられる人じゃない。


「悠里さん」


「悠里でいい。それで何だ?」


「茜を助ける方法はないの?」


 栞を抱き締めたまま、私は悠里に尋ねた。悠里は考え込む。


「ないこともない」


 珍しく悠里が言葉を濁す。悠里の台詞に栞の体が一瞬震えた。悠里も栞も、茜を助ける方法を知っているのだ。でも言えないでいる。


「あるなら言って!! お願い!!」


 私は強く言った。


 どんな方法でも、どんな困難なことでも、私は絶対に茜を助ける。そこには強い決意があった。


「一つだけ方法がある。それは……睦月、お前だ」


 悠里は私の視線を受け止めると、意外な台詞を口にした。初めて悠里は私の名前を呼んだ。


 このすぐ後、私は自分に秘められた力を、神獣森羅様の力を知ることになるのだった。





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