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第十二話 もう一人の伊織

 

 


 突風に襲われてバランスを失った私の体は、今まさに、柵を越え落ちようとしていた。


(お願い!! 届いて!!)


 必死に手を伸ばすが、その手は栞には届かなかった。


 柵を越えた私の体は徐々にスピードを上げて落ちていく。


 きつく目を閉じる。その体を誰かが掴まえた。そしてそのまま、胸に強く抱き締められる。


 苦しくて、息が出来ない。


 次第に意識が遠くなって行った……。









(…………誰……?)


 誰かが……遠くで私の名前を読んでいる。


 その声に導かれるように、私は閉じていた目を開けた。


 そこは森の中だった。


「……森?」


(もしかして、私死んだの?)


 黒翼船から落ちた筈。なのに、今私が立っているのは森の中。ここはあの世なの? あの世が森の中って聞いたことがない。でももし、本当に死んだのなら……。胸が押し潰されそうになった。


 やっと……やっと……自分の居場所を見付けたのにーー。


 発狂しそうな自分を、必死で押さえ込もうとする。


 まず、顔を上げた。辺りを見渡すが、周りには誰一人いない。


 適度に伐採されているのか、陽の光が地面を所々照らし出している。


 また……遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきた。


 考えるより先に。自然と声がする方向に足が向く。声を聞く度に、頭に霞が掛かったような感じが強くなる。まるで何者かに操られているように、私の足は声の方向に歩いて行った。


 しばらく歩いていると、いきなり目の前が拓けた。


 拓けた先には、一軒の洋館が建っていた。


 声はこの洋館から聞こえてくる。正確には、裏庭の方から聞こえてきた。私の足は自然と裏庭の方へと進んだ。何も疑うことなく。


 私が裏庭に回った時、白いワンピースを着た女の人がお茶の用意をしていた。女の人は私の気配に気付くと振り返る。その顔は満面な笑みが浮かんでいた。


『睦月ちゃん!!』


 女の人は私の名前を呼ぶと駆け寄ってくる。そして私の体に抱き付くと、ぎゅっと抱き締めた。


 頭の中のもやが一気に晴れた。


『やっと会えた!!』


 女の人は私の耳元で、嬉しそうに笑っている。


『……あの?』


 その腕を振りほどいていいのか悩む。あまりにもその女の人が嬉しそうだから、私はほどけないでいた。この女の人は誰なんだろう。私は彼女を知らない。


 でも、彼女は私を知っている。


『あっ、ごめんね』


 体が強ばっているのに気付いたのか、女の人は謝りながら体を離した。でも、腕は掴まれたままだ。


『すっごく、嬉しかったから。本当にごめんね。今、お茶の用意してたの。一緒に飲も』


 私の腕を引っ張る。そのままテーブルまで連れて行かれると、座るように促された。


(強引な人だな……)


 華奢な見た目に反して、その女の人は、否と言わせない何かをもっていた。不思議と逆らえない。戸惑う私をよそに、その女の人は嬉しそうに私と自分の分のお茶をティーカップに注ぐと、私の向かい側に座った。


『どうぞ』


 女の人は私にお茶を勧める。


 私はティーカップを持つと口元に運ぶ。桃の甘い匂いが鼻孔をくすぐる。ピーチティーだ。


 私は紅茶を飲みながら、目の前に座る女の人を観察する。


 その人は美味しそうに紅茶を飲んでいた。


 十代後半か、いっても二十代前半に見えるその女の人は、黒い髪を背中まで伸ばしていて、頭には天使の輪が出来ている。透き通るほどの白い肌で、目鼻立ちがかなり整っている。黙って紅茶を飲む姿は、誰かを連想させた。


(……伊織さんに、どことなく似てる気がする)


 直感的にそう感じた。


『あの……貴女は誰なんですか?』


 ティーカップをソーサーに戻すと、私は尋ねた。


『はじめましてかな。私は、斉藤伊織と言います』


 その女の人は確かに、自分のことを伊織と名乗った。


『伊織?』


 私は訊き直す。


『ええ。なんでも本屋の元店主って、言った方が分かるかな』


(あの、ネーミングセンスのない)

 

『今、ネーミングセンスがないって思った?』


 伊織と名乗ったその女の人は、少し拗ねたように口を尖らせる。


(もしかして、顔に出てた? 無表情に近い私が……?)


『聡もサスケも、錦も呆れてたんだよね。ネーミングセンスがないって。違う店名にした方がいいって、何回も言われたし』


 知らない名前が、伊織さんの口から出てくる。


(分からないことだらけだよ)


 まず、ここがどこなのか。少なくとも、あの世じゃなさそうだ。だったら、どうやってここに来たのか……。疑問が次々と浮かんでくる。


 でも不思議と、恐怖や不信感は感じない。反対に、妙な安心感さえある。居心地がいいんだよね。絶対的な信頼感というべきなのかな……。自分の事なのによく分からなかった。


『……伊織さん、聡とか錦って誰ですか? 全然分からないことだらけで』


 率直に、伊織さんと名乗る女性に尋ねた。


『……う~ん。何から話そうかな? 伊織からは何も聞いてないよね?』


 伊織さんの問い掛けに、私は首を横に振った。伊織さんは『そっか……』と呟くと話し始めた。


『昔、昔、大昔にね、ある女の人が常世に界渡りをしてきたの』


(……界渡り? 大昔?)


 話しの腰を折るのを止めた私は、そのまま伊織さんの言葉に耳を傾けた。


『彼女は魔法使いだった。魔法使いって分かる? 睦月ちゃん』


 伊織さんが尋ねる。


『魔法が使える人のこと?』


 そう思っていたから、素直にそう答えた。


『魔法って何か分かる?』


 重ねて、伊織さんは尋ねてきた。


『……炎を出したり、氷を出したりして攻撃をしたり、怪我を治したりすることかな』


『うん。魔法っていうと、そういうのを連想させるよね。てもね、睦月ちゃん。それは魔法使いでなくても出来るんだよ。例えば、ある程度の霊力や法力をもっていたら、個人差はあっても炎も出せるし、氷も出せる。治癒も出来るよ。実際、サスケも出来るしね』


 伊織さんは一旦言葉を区切ると、私を真っ直ぐに見つめる。その真剣な目に、私は息を飲んだ。これは大事なことなんだ。聞き逃したらいけない。私はそう思った。


『でもね、サスケは魔法使いじゃない。魔法使いとそうでない者の差はね、睦月ちゃん。界を自由に渡れるか、渡れないかの差なんだよ』


(……界を自由に渡れるか、渡れないか?)


『異世界と異世界の間にはね、特殊な結界が張り巡らされていて、自由に渡ることは出来ないの。その特殊な結界を維持し、管理しているのが、五聖獣様たちね。ここまで大丈夫? 睦月ちゃん』


 私は頷く。


『結界を扉と考えたら分かりやすいかな。……扉には特殊な鍵がかかっていてね、普通なら鍵がなければ開かないんだけど、魔法使いはその鍵が必要ないの。鍵がなくても、自由に入ったり出たりが出来る、それが魔法使い』


 伊織さんは紅茶を一口飲むと、言葉を区切る。そして続けた。


『それにね、魔法使いはなろうと思ってなれるものじゃないんだよ。生まれた時にはもう決まっているの、睦月ちゃん。いくら魔力を持っていても、魔法使いにはなれない。反対に、魔力が少なくてもなれる。それが魔法使い。分かる?』


 なんとなくだけど、伊織さんが言おうとしている意味は分かった。


 この時、私は思い出していた。私は二度〈常世〉に堕ちて来た時のことをーー。熱は出たが、ほとんど無傷だった。確か小町さんは「あり得ない」とまで言っていた。


(私が魔法使いだったから……無事だった……)


 そういえば……桂たちと初めて会った時、彼らは私のことを「魔法使い」と呼んでいた。その事を思い出す。色々な事が繋がってきた。


(だとしたら、伊織さんは……)


『聡も界を渡って来たの。それが、今の伊織よ』


 目の前にいるこの人は、人の考えが読めるのかな。声に出していないのに、的確に答えてくれる。もう一人の伊織さんは、にっこり微笑みながら。


 あれ……? その姿が段々とぼやけて、声も聞こえにくくなってる。


『大丈夫、直ぐに会えるわ。だって、睦月ちゃんの魂には、この場所が、刻み込まれているから』


(私の…魂……が…………)





 最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございます。これからも一生懸命書いていきますので、応援宜しくお願いします。

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