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白翼船



 帆船の準備はすでに整っていた。後は出向を待つだけだった。


 実は、錦は伊織たちが来るのを待っていたのだ。必ず伊織とサスケは自分を訪ねて来ると確信していた。


 伊織とサスケが乗り込むと同時に、錦は号令を出す。白翼船は錨をあげ、空に広がるもう一つの海へと繰り出した。


 白翼船はその名前の通り、帆は光沢のある白い布で出来ている。その姿は数々ある帆船の中で、一番の優美さを誇っていた。


 例えば、勇ましい黒翼船が武士の船なら、白翼船は貴族の船だろう。


 しかしそれは、あくまで見た目で判断しただけで、その実は、黒翼船と引けをとらないほどの設備と機動力を備えていた。スピードは黒翼船に比べ若干落ちるが、常世にある全ての帆船の中で第二の速さを誇っている。勿論、第一は黒翼船だ。


 その帆船をもってしても、黒劉こくりゅう山に着くのは二週間程掛かるだろう。


 その時はもう、全てが終わっているのかもしれない。


 それでも、伊織とサスケは行くしかなかった。不安で胸が張り裂けそうだけど……。今自分たちが出来ることは、ここから睦月の無事を祈るだけだ。それしか出来ない自分たちを、伊織とサスケは悔しい思いをしながら耐えるしかなかった。






 いくら強い霊力や魔力を持っていても、実際に出来ることは限られている。実のところ、出来ないことの方が多い。


 サスケは甲板の柵に肘をつきながら、一人で目前に広がる水平線を見詰め、そんなことを考えていた。その時だった。


『思いの強さによって、奇跡を呼べるのよ』


 不意にその言葉を思い出した。それは、かつて自分が大切に思っていた人がよく口にしていた言葉だった。


 その女性ひとは、霊力や魔力が奇跡を生み出すのではない。誰かを思う強い気持ちが奇跡を生みだすのだと、何度も繰り返し言っていた。そして、霊力や魔力はその手伝いをするだけなのだと、ずっと自分と伊織に言い続けていた。


 力におごらないように。


 そして。


『思いを強く持つことが大切なのよ』と。願いを込めて。


 だから、希望を持ち続けなければならないのだと。


(思いを強くか……)


 サスケは信じている。


 睦月の強さを。


 睦月は如何なる時も生きることを決して諦めなかった。だから、今回も絶対大丈夫だ。


(絶対無事でいる!! 皆で帰るんだ!!)


 サスケは強く願った。そして、皆で本屋に戻って働いている姿を心に強く描いた。ちょうどその時だ。


「サスケ、ちょっといいですか?」


 伊織が甲板で佇んでいるサスケに声を掛けてきた。


「何だ? 伊織」


 サスケは柵から肘を外すと伊織を見た。伊織の表情が日をおうごとに暗くなっていることに、サスケは気付いていた。


 いつも飄々(ひょうひょう)としているから、平気だと勘違いされるが、実は誰よりも繊細で、硝子の陶器のように弱い面をもっていた。幼少の時から、サスケは伊織を見ていたのだ。微妙な表情の変化を分かって当然だろう。


 だからこそ、伊織はサスケに甘えることが出来た。本人は気付いていないかもしれないが。伊織は何も言わない。ただ……サスケの隣に立ち、同じように水平線を見詰めていた。


「覚えてるか? 伊織。あの人の口癖を」


 サスケは水平線に視線を移したまま伊織に尋ねる。


 思いがけない質問に、伊織はサスケの横顔に視線を移す。そしてその横顔をじっと見詰めた。


 サスケの言うあの人のことを伊織はよく知っている。忘れることなど出来ない。伊織を助け、生きる道を、意味を教えてくれた人だ。誰よりも、自分に無償の愛情を注いでくれた人だった。あの人のおかげで、伊織は自分自身を認めることが出来るようになった。勿論、あの人の口癖は一言一句覚えている。


「いつも言ってただろ。思いの強さが奇跡を生むんだって」


 サスケは伊織を真っ直ぐに見詰めたまま言った。


「……確かに言ってました」


 サスケが何を伝えようとしているのか、伊織は分かった。そして思い出した。あの人の暖かさを。その心の本当の強さを。


 人間でありながら、あやかしよりも遥かに強い魔力をもっているが故に、孤独を強いられたその人は、誰よりも強い心をもっていた。そして誰よりも優しく、自分たちを包み込んでくれた。そこに至るまでに、どれほどの長い時を費やしたのだろう。苦労と悲しみを背負ってきたのだろう……。そんな人だからこそ、その人の言葉には誰よりも重みをもっていた。


「だから、僕は信じてる。睦月さんは絶対に無事だ」


 サスケは伊織に視線を向けたまま、安心させるように力を込めて言い切った。伊織は黙って聞いている。そして頷くと呟いた。


「……そうですね」


 裏付けされた確信じゃない。しかし、伊織とサスケは信じている。


 奇跡を……。


 サスケは俯いたままの伊織の頭を軽く掻き回す。伊織はされるがままだった。普段ならありえない姿だ。それほど弱っていたのだろう。サスケは掻き回す手に力をいれた。





 

          






 そんな伊織とサスケの様子を陰から見ている者がいた。錦と姉さんと呼ばれていた女天狗だった。


「大丈夫そうね」


「……そのようだな」


 錦は一言そう答えると、踵を返して船内へと戻って行った。


 錦も心配していたのだ。強面で口が悪い男だが、情には厚い男だ。小さい頃から伊織のことをよく知っている。サスケほどは分からなくても、伊織が追いつめられていることは見てとれた。錦にとって、伊織は年の離れた弟のような存在だった。二人とも大切な掛け替えのない存在なのだ。



 なのに!!


 自分の息子が犯した罪のせいで、大切な親友と弟が苦しんでいる。錦の胸の内は複雑だった。


 息子に対しての怒りと、そこまで追い込んでしまった自分の不甲斐なさ、不器用さ、そして彼らに対しての謝罪の気持ちが入り混じり、錦を更に苦しめていた。


 そしてその様子を側で見ていた女天狗は、二人を苦しめている原因が自分の実の息子であることに、錦と同様に苦しい思いをしていた。


 息子のためだと思って離れたのが悪かったのか。それとも一緒に無理矢理にでも黒劉山から連れ出せばよかったのか。今となっては分からない。でも、何かが間違っていた。それだけは間違いなかった。


 だからこそ、何がなんでも二人の力になりたいのだ。もし、睦月に何かあったら……彼らはどうなるのだろう。想像するのも怖い。そして自分たちは、二人にどう償えばいいのだろう。錦と女天狗は分からなかった。


 でも、今やらなければならないことは理解している。そこまでは我を忘れていない。


 情報を多く仕入れることだ。


 翔琉が睦月を使い謀反を企てていることを知った時、すぐに錦は手の者全てに繋ぎをとった。伊吹と翔琉の動向を深く探るためだ。


 探った結果、二人とも腹を括っていることを知った。それがどういう意味なのか、容易に想像出来る。



「錦様、琉花様。お食事の用意が整いました。伊織様とサスケ様は甲板ですか?」


 十二歳ほどにしか見えない少年が、大人びた口調で錦たちを呼びにきた。


「もう少し、二人だけにしといてやれ」


 錦は少年にそう言うと、自分の部屋に戻った。


 琉花と呼ばれた女天狗は、錦を見送ると少年を見下ろす。少年に向かって軽く頷く。


 少年は何かを察したのか、「分かりました」と答えると奥へと戻った。





 


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