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第十一話 灰色の翼と動き出した影

 

 


 栞と一緒にいる時間が増えてから、私は色々なことを知る事が出来た。


〈常世〉が五聖獣によって守護され統治されていることは、桂たちから聞いて知っていたが、別の大陸に行く方法が空路しかないことは知らなかった。


 それぞれの大陸に結界が張られ、独立しているためだ。


 空路を航行する船は帆船が主で、その中でも、特に空に特化した南の種族が持つ帆船が群を抜いている。中でも、風を自由に操ることが出来る天狗の帆船『黒翼船』は、常世一の速さと設備が備わっていた。その帆船の名の由来は、帆の色が()()だからだ。


 それでも、玄武様が支配している北の大陸から、朱雀様が支配している南の大陸までは、普通の帆船で三か月は有に掛かるらしい。黒翼船でさえ、一か月は掛かると聞いた。


(約束の日は完全に過ぎるよね……)


 私は甲板の柵に肘をのせて外を見ながら、そんなことを考えていた。サス君は私の足下で丸くなって昼寝をしている。至って平和だった。


 何故天狗たちが私を誘拐したのかは、今も分からない。


 栞にそれとなく訊いたが、「族長が決めたことだから」と言われ、それ以上のことは教えてくれなかった。それでも最後に、栞は「族長は睦月様を傷付けるつもりはないのです」と告げた。


 あまりにも必死で、怖いくらい真剣に言うので、私は少し分からなくなる。彼らが敵なのか、そうでないのか……。栞の言葉を信じていいのか……。


 だから、サス君にも尋ねてみた。もしかしたら、天狗の族長のことを知ってるかもしれないと思ったからだ。


 すると、サス君な首を横に振った。


 サス君が知っているのは先代の族長で、今の族長は子供の頃に一度、二度会っただけだと教えてくれた。


「あの子が族長とは……」


 父親の陰に隠れてた引っ込み思案の子供。その子供も、灰色の翼根だったとサス君は教えてくれた。


 結局のところ、族長に会わなければ何も分からないということだ。なら、慌てても仕方がない。


 それで私は、まったりとクルージング生活を楽しんでいた。


「睦月様、お茶でもいかがですか?」


 栞がお茶と茶菓子を運んで来た。感情を爆発させたあの時から、栞は私たちと食事を一緒にしていた。勿論お茶も。


「睦月様どうかしましたか?」


 栞がちょっと照れながら尋ねる。じっと、私が栞を見詰めていたからだ。


「……綺麗だなぁって思って。翼根がキラキラ光って、すっごく綺麗」


 灰色の翼根が光りに反射して、光って見えた。まるで天使の翼根のように、私の目には映った。


 私の何気ない台詞に、栞は信じられないものを見たような、驚愕したような、何ともいえない複雑な表情を浮かべた。


「………私の翼根がですか?」


 栞は下を向き、肩が小刻みに震えている。


「うん」


私は頷く。何故、栞がそんなことを訊くのか分からなかった。栞の体の震え一段と酷くなる。もしかして、泣いてる?


「栞……?」


 栞はテーブルにお茶と茶菓子を置くと、その場から離れた。私は隣の椅子にちょこんと座っているサス君に、慌てて尋ねる。


「私、何か悪いこと言った?」


「何も悪いこと言ってませんよ」


 サス君は優しい声で答える。


「じゃあ、何で栞は泣いてたの?」


「栞は嬉しかったんですよ」


(嬉しかった?)


 サス君はそれだけ言うと、テーブルの上に上がり、栞が持ってきた茶菓子を器用に前足で引き寄せると、ぱくりと食べた。


 私は意味が分からないまま、出されたお茶に口をつけた時だった。栞の姉であり、この黒翼船の船長を務めてる茜が話し掛けてきた。


「睦月様、少しよろしいですか?」


 あの日以来、話をすることも、姿を見ることもなかった。自然と身構えてしまう。でも、拒否することは出来なかった。


「どうぞ」


 私は空いてる椅子をすすめた。


 茜は「失礼します」と一言言うと、椅子に座った。サス君も私も茜を見詰めている。茜は息を軽く吐き出すと頭を下げた。


「……睦月様のお怒りはごもっともです。我々は子供に手を上げてしまいました。武士としてあるまじき失態です。申し訳ありませんでした」


「私に謝る必要はありません。謝る相手が違います」


 私はきっぱりと茜に言い放つ。


「それは、十分分かっております。それでも……」


 茜は頭を下げたまま謝り続ける。


「睦月さん……」


 サス君が私に視線を移す。サス君が何を言いたいのか分かった私は、軽く息を吐く。


「全てが終わったら、桂と刀牙に謝って下さい」


 茜を見据えたままそう告げる。


「はい、必ず。武士の魂に掛けまして」


 顔を上げた茜の表情を見て、私はその言葉を、気持ちを信じることにした。


「姉上!?」


 栞が戻ってきた。茜が座っているのを見て吃驚している。だろうね。だがすぐに、嬉しそうに微笑む。


「姉上の分も持ってきますね」


 そう言うと、踵を返して甲板を出て行った。


「落ち着きのない妹で、本当に申し訳ありません」


 苦笑しながらも、そう言う茜の口調は凄く優しかった。


 私は茜たちを見て幸せな気分に浸る。


 私にも兄が二人いる。だけど……私には到底味わうことの出来なかった幸せだった。幸せな気分が少し、しんみりとした複雑なものに変わる。


 こうした何気ない時間、時折思い出してしまう。


 私の家族のことを。


 懐かしい訳じゃない。ただ……思い出すのだ。それが、向き合うことなのだと思う。伊織さんが、私に一ヶ月考えるように言ったのは、このことのためなのかもしれない。私はふと、そう思った。


 そんなことを考えていた時だった。


 ーードンッ!!!!


 下から突き上げるような振動と共に、何か爆発したかのような音が下から聞こえた。


 茜がその音に瞬時に反応して立ち上がった瞬間ーーガクンッと、船が縦に大きく揺れた。船体が斜めに傾く。


 私はバランスを崩して椅子から転げ落ちた。


「睦月様!!」

「睦月さん!!」


 茜が転げ落ちた私を起こそうと支える。


「ありがとう」


 私は茜に礼を言う。サス君はテーブルから飛び降りると、私の側で扉に向かって唸り声を上げている。


(サス君……?)


「睦月様!! 姉上、サスケ様、ご無事ですか!?」


 甲板の扉を開けて栞が飛び出して来る。


 その間も細かい縦揺れは続いていた。スピードも落ちてきているように感じる。


 茜が栞に私のことを託し、原因を探りに戻ろうとした時だった。


 一人の男が甲板に現れた。


 その男は、一度甲板で茜と一緒にいるところを見ている。男は私たちの前に立ちはだかると、刀を抜いた。


「何の真似だ!? 重盛!!!!」


 茜も剣を抜き構える。


「栞!! 睦月様とサスケ様を!!」


 茜は後ろを振り向かずに栞にげんを飛ばす。栞は小さく頷くと私とサス君を後ろに下がらせる。


「もう一度訊く。何の真似だ!? 重盛!!」


「私の方がききたいですよ、茜様」


 重盛と呼ばれた男は、飄々(ひょうひょう)と言い放つ。


「何!?」


 茜は険しい表情で重盛を見据える。


「あのような者たちの為に剣を構えるのですか?」


 重盛は、私たちをまるで下等生物でも見るような、さげすんだ冷めた目で見ている。


()()()と、力はあっても所詮人間、そしてあんな畜生のために命を掛けるのですか?」


 まるで理解が出来ませんね。重盛は私たちを侮蔑する。


「栞は半端者ではない。睦月様は我々の大事な主だ!!」


 茜は重盛に向かって、真っ向から否定する。そんな茜の姿に、重盛は心底馬鹿にしたように冷笑すると言い放った。


「所詮、あなたも()()()の娘ということですか。非常に残念です」


「父上は半端者ではありません!!」


 栞が叫んだ。同時に、再び大きな爆発音がした。


 その瞬間ーー。


 帆船を包み込んでいた結界が消えた。


 突風が私たちを襲う。私の体が突風に煽られ、宙に浮く。


「睦月様!!」

「栞!!」


 栞が投げ出されようとしている私に手を伸ばす。私は伸ばされた手を必死に掴んだ。栞は私を引き寄せ抱き締める。しかし、私たちの体は空中に放り出されてしまった。


「栞!!!! 睦月様ーーーー!!」


 柵に手を掛け、茜が叫ぶ。


「心配ならば、貴女も追いかければいい」


 茜の背後に重盛は近付き刀を振り上げると、容赦なく降り下ろした。





 最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございましたm(__)m

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