ゲーム感覚と言われて否定はしない
≪大丈夫か、お前! ……なんだお前たちは≫
マーマンの千人長は嫌な予感を押し殺して謎の空洞に入ってきた。
偵察にやった仲間が突然倒れて助けを呼ばなければ、一度アクエリアス宮殿へ帰って本格的な調査隊を組織することも考えていた。
「さあ、逃がすなよ! かく乱して一人一人おびき出せ!」
叫ぶ声と同時に、人間たちの前に立つ赤い猫が向かってくる。
マーマンたちに人間の言葉はわからない。
ただ、あれらは敵で、自分たちに襲いかかってきた賊である。
「さあ、逃がすなよ! かく乱して一人一人おびき出せ!」
敵の方が数は多い。ではかく乱して、連携できないようにしなければならんのだろう。
「隊長らしきマーマンは私がもらいます。あとの雑魚はなんとかしてください。期待していますよ」
ラッティも言うだけ言って駆けだし、下半身が魚の男に槍を繰り出した。
薙ぐ槍を大剣で受け止めるマーマン。
≪くっ、人間風情が、ずいぶんと重い一撃を……! おい、こいつは俺が押さえる! お前たちで残りを片付けろ!≫
なんと言っているのか、わからん。
ラッティと競り合っているマーマンから視線を外す。
すでにホムラネコたちは残りの半魚人と爪牙を交えている。
敵は五体。
竪琴を持った、わからないが雌のような雰囲気を持っているのが一体。
あとはサーベルやらスピアやら近接武器を持ったのが四匹。
ラッティから聞いた話から鑑みるに、竪琴を持った奴はイプピアーラだ。聞く者の精神を惑わせる音を出して攻撃してくるらしい。
武器を持ってるやつはサハギンだろう。ギルマンは道具を使えるほど手先が器用ではないが、こいつらはより人間に近い。その分ギルマンと比べて身体能力は低い傾向にあるらしい。
見た目は、サハギンの方がギルマンと比べて体のラインも人間に近いか。
半魚人たちは倒れたギルマンをかばうように陣形を組んでいる。仲間思いだ。
当事者なのに、まるで他人事のように感動してしまう。
「キ」
イプピアーラが竪琴を鳴らす。
音を聞いた次の瞬間、視界がぐらついた。
自分がよろけたのだ。倒れそうになるのを踏みこらえる。
竪琴の音は脳に衝撃を与えるような大音量というわけではなかった。今のが音波攻撃か。
ホムラネコたちには効いていないようだ。もちろん、敵であるサハギンたちにも。ラッティにも。
彼らは俺より抵抗性が強いのだ。というより、俺が弱い。
サハギンやマーマンに効かないのは何か工夫があるのだろう。仲間に効く音波攻撃を考えなく使うとは思えない。
効果があったのは、前線にいない俺だけ。
イプピアーラは竪琴を鳴らすのはすぐにやめた。
「シギャ!」
「ギィッ! ギッ!」
今のところ問題ない。ホムラネコとしては、ギルマンよりむしろサハギンたちの方が与しやすいようだ。
武器を振るうには溜めがいる。そのせいで、野生のしなやかさには一歩届いていない。
では問題はイプピアーラだろう。やつは竪琴を構えて、タイミングを見計らっているようだ。
一度目はホムラネコに効かなかった。しかし、精神攻撃はちょっとした意識の隙をつくことで、普段以上の効果を発揮するとラッティは言っていた。
イプピアーラの狙いは、油断を突くという一点だろう。
「ギャフウ!」
二匹のホムラネコが、剣を思いっきり振りおろして空振ったサハギンに食らいつく。
「ギィィ……ッ! ギャアァァッ!!」
そして燃え始めるサハギン。
仲間が転げ落ちてのた打ち回り、残りのサハギンたちは慄いたように呆然と見つめている。イプピアーラを除いては。
ホムラネコの残りの一匹も敵が呆けたのを見て、さっさとサハギンを仕留めんと、倒れた一匹に跳びかかった。
「……あ、駄目だ! とまれ!!」
「キ、キ、キ、キ……」
そこへ間髪入れず、イプピアーラが断続的な鳴き声を発しながら、引っ掻くように竪琴を鳴らした。
不愉快な高い音が響く。視界が揺らぐ。
倒れたサハギンに食らいついていた二匹はなんとないようだったが、最後に跳びかかったホムラネコが、俺と同じようにふらついた。
仕留めるべき獲物に神経が向いたその瞬間を突かれたのだ。
呆然としていたサハギンたちも、流石にその隙は見逃さない。
「くっ、おい! 守れ! 守ってやれ! 倒れてるやつは放っておけ!!」
慌てて指示を出す。
「フギャッ」
だが間に合わず、ふらついたホムラネコの胴体がサハギンの持つ槍に刺された。
槍が貫通している。貫かれたホムラネコは抜け出そうともがくも、槍ごと持ち上げられた体がどうにもならない。むしろ暴れるほどに深く刺さっていく。
ウォーハンマーで頭部を殴られる。悲鳴も出ない。
サーベルで尾が切り飛ばされる。
無事な二匹のホムラネコが、仲間を攻撃するサハギンに攻撃を仕掛けたときには、槍で串刺しにされていたホムラネコは痙攣するばかりだった。
「あらら、戦力的には勝っていたはずなんですがね」
マーマンと打ち合っていたラッティが敵と距離を取り、こちらをちらりと見てから言った。
言葉が痛い。
ホムラネコを串刺しにしたサハギンが槍を振り回し、その勢いでホムラネコの体が放り出される。
全身が血塗れになっていたせいで、地面に叩きつけられて水っぽい音がした。
「……隙を見せるな! 時間をかけてもいい! 手傷を与えて圧力をかけていけ!」
≪陣形を崩すな! 敵の体力を消耗させろ! 捉えるまで倒れるな!!≫
マーマンも叫ぶ。激励か、命令か。
指揮官として、きっと俺は劣っているのだろう。
経験がない。碌な知識もない。ネコたちとの信頼関係も。
落ち込みそうになる心を無理やり隅へやる。
やるべきことを探せ。後悔は終わった後だ。
「……やるか。メイス召喚!」
手数が減ったのだ。補わなければならないはずだ。
ダンジョンの力で造りだしたメイスを握りしめ、サハギンたちに向かって走り出す。
「うおあああっ!!」
メイスを走った勢いで体ごと振り回す。
関節が伸びて痛い。肘が痛い。
「守れえぇぇえ!!」
可能な限り声を張る。
敵怖い! 前線怖い! 早く誰かなんとかしてくれ!!
メイスは空振っていた。敵のサハギンから随分と離れた場所でフルスイングしてしまったようだ。
出したはずの根性は、走っている最中に消失してしまっていた。
「仕方ないだろ!! 怖えんだから!!」
「誰も何も言ってないでしょう!」
ラッティがやけに楽しげな声で突っ込むが、そちらを見る余裕はない。
サハギンが踏み込み、俺に対してまっすぐ槍を突き出してくる。さっきまでホムラネコが刺さっていた槍だ。
俺には避けようもない攻撃だったが、守れと命令した甲斐はあって、ホムラネコの一匹が真横からその穂先を牙で捉えて逸らしてくれた。
「キ、キ、キ」
そこを狙い、またもイプピアーラが竪琴を鳴らす。揺れる視界の中で、なんとかそこから離れようと足を動かした。
ふと竪琴の音が止む。
ホムラネコがサハギン達を前に、俺と、槍の穂先を逸らしてくれたホムラネコを背に敵から守るよう威嚇をしていた。
攻撃の瞬間はホムラネコも意識が攻撃対象へ向かう。
イプピアーラはその隙が大きい時を狙い、竪琴を操っている。
槍の穂先を逸らすのに、ホムラネコは意識を傾けなければならなかったはずだ。
俺も音波攻撃を受けていたので見てはいないが、今もう一匹に庇われているホムラネコも俺を守るために音波攻撃をまともに受けていたのだろう。
今威嚇しているホムラネコはそこをカバーした。
仲間をやられて、学習したのだ。
「俺、完全に役立たずだ……」
「いいじゃないですか。これが初陣なんでしょう? 失敗すれば次に学ぶべきことがわかるってもんじゃないですか」
マーマンは健在なのに、ラッティは完全にマーマンから視線を外して話しかけてきた。
ラッティとマーマンの戦いはほとんど見ていなかったが、それほど楽な相手なのか?
なら、どうしてこんなに時間がかかっている?
≪余所見なぞして、舐めるなよ人間!!≫
マーマンが何か叫び、大剣を低く構えながらラッティに向かって突撃していった。
魚のような下半身をして蛇のようにうねりながら疾駆する。見た目は気持ち悪いが威圧感がある。
「あはっ、もう飽きちゃいました」
低く構えた大剣を振りかぶったマーマンは四つに分断された。
縦と横に分断され、上半身が二つ、ボトリと落ちる。ついで下半身が。
マーマンは悲鳴をあげることすらなく絶命した。
「……なんでだよ。そんなに強いなら、あのホムラネコも助けてやれたんじゃないか? そもそも、一人であいつらなんか殲滅できただろ……」
見てはいけないものを見てしまった。そんな風に固まるサハギンとイプピアーラたち。
「それはそうですが、あなたは自分にできることを考えていたでしょう? それを邪魔なんてしませんよ」
「俺の邪魔? 俺のため? ……俺のせいだって?」
「違います。あなたのせいではありません。あなたは救えなかっただけです」
あなたは救えなかった。
アニメやゲームなんかで見たことのある台詞だ。
これほど辛い言葉だったとは。
「ま、気を取り直してください。まだ次がありますから」
呆けるサハギンたちの首が飛んだ。
「これで全滅。次はどれほどの戦力で攻めてくるんでしょうね? 楽しみです」
キーワード
マーマン:魚人。魔物の国の支配階級。
イプピアーラ:半魚人。竪琴を使った精神を攻撃する音波を放つ。
サハギン:半魚人。人間に近く、道具を使うのが上手い。
メイス:先端に棘のついた鉄球が具えられている棍棒の一種。主人公が手にしたものは比較的小型で軽い。




