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武者震いをしているくらいだ。なんだかんだいって状況を楽しんでいる


 魔物の国のアクエリアス宮殿と呼ばれる建造物の一室に、マーマンの戦士が二人いた。

 二人はマーマンの言葉で会話している。


≪見回りが一組帰ってこないだと?≫


≪マジメな奴らだったし、サボってどっかアソビに行ってるっつうことも、ないと思われますです!≫


 マーマンの警邏隊を纏める千人長が、部下の報告を受けた。


≪ケートスかレモラか、海獣も帰ってきていないのか?≫


 見回りには中、大型海獣が付けられることになっている。

 この時間帯だと一角獣のケートスか、ハンマーヘッドシャークのレモラが付けられるはずだった。


≪アイツらに付けられたのはケートスです。んで、まだ帰ってきてません!≫


 全滅したのだとしたら、野生の大型獣にでも出会ったか、南西に抜ける海流に誤って飲み込まれたか。

 マーマンの千人長は、行方不明者が半日待って帰ってこないなら、生還は絶望的だろうと考えていた。


≪念のため、救助を兼ねた調査隊を出すか……≫


 千人長のマーマンは部下に部隊の編成を命じ、自身も隊に加わるための準備を始めた。


 事故の類であればよい。

 しかし、何かの良くないことの起きる前触れかもしれない。

 警邏隊が存在するのは、危険を未然に察知し、排除する目的のためだ。

 明確な危機が発生する前に動いてこそ、彼らの職務はまっとうされたと言える。


 マーマンという生き物は己の領分を大切にし、役目に手を抜かない。




 ギルマンたちの死体を外に放り出した後、コアのある部屋に戻っていた。

 コアのある部屋のほうが、目に優しい明るさをしているのだ。


「来ましたよ。来客です。つまり、敵です!」


 座り込んでいたラッティがのっそりと立ち上がりながら言い放った。

 闘士にあふれる勇ましさ。

 単色の飾り気ないクロークに全身が包まれているため、表情が多くのことを語っているような気にさせてくる。

 こいつの張り付いたような笑みも、今はどこか覇気を感じる。


「俺にとっては、これが本当の初陣となるのか」


 前回は見ているだけだった。本当に何もしていない。

 今回は、戦う。


「敵は七体。そこそこ強いマーマンが混じっていますね。ああ、楽しみです……!」


 ニヤつきやがって。

 こいつは戦闘ジャンキーなのか?


「……ああ、念のために言っておきますね。間違っても洞窟から出たりしようとしないように。水圧やらなんやらで死ぬから、という意味ではありません。ダンジョンは、ダンジョン内で死んだ生き物の命を糧とするからです。死ぬならば、ダンジョンの中でお願いします」


「嫌なことを言うなあ。俺が錯乱して逃げ出すと思ってんのか」


 奮い立つためにも強い言葉を放つ。

 実際には情けない姿を見せたのだから、疑われてもしかたがない。


「いえ、ダンジョンマスターたるあなたは、別に強くはないですが、ダンジョンに還元されるであろうエネルギーが高いでしょうからね。今後のために覚えておいてください、ということで」


 本当に嫌な話だ。


「つまり、何か? いきなり殺されたダンジョンマスターたちってのは、ダンジョンの糧にされるべく殺されたってことになるのか?」


 そうなると、単なる下剋上とは話が変わってくるかもしれない。


「そうですねえ。私たちお助けキャラはなんとなくライバルダンジョンの状態がわかるんですが、最初にマスターを殺害した三か所は、凄まじいスタートダッシュを切ったと言えます。パワーがダンチですよ」


 ある意味誰もやってこれないような場所で良かったのか。

 最初から味方を切って力を得るような危険な思考の奴らと、すぐさま敵対するような場所にはないはずだ。


「まあ、そんなことより今は目の前の脅威に立ち向かいましょう。……まさか、現実逃避で殺された人たちの話を始めたんじゃないですよね?」


「違う」


「ま、どっちでもいいですけど」


 ラッティは入口に繋がっている部屋へ一人で歩いて行った。

 俺も追うように歩きはじめる。


 部屋を出る前にコアを見やる。淡く光っている。

 この光の強さが、コアに蓄えられたエネルギーの量を測る指標となるのだそうだ。

 そう考えると頼りない光に思えるが、逆だ。

 俺たちがコアにとって頼りがいのある存在にならなくてはならないのだ。

 そうでなければ、道具に守られるなど情けなさすぎる。




「さて、敵はこのダンジョンの入口である洞窟前でたむろしているようですが、じきに突入してくるでしょうね」


 ホムラネコ三匹は俺とラッティの前で整列している。

 命じて待機している姿は、ギルマンとの戦いを思い返せば頼もしい限りだ。


「入口脇の壁際に猫を潜ませて、入ってきたところを不意打ちさせるのはどうだ?」


「ここにきた全員を仕留めたいので、きちんと洞窟の中に誘い込んでから戦いを始めましょう。偵察を寄こしてきて、戻ってこないから一度出直そう。なんてことになればもったいないです」


「そのためには、こうしてばっちり中で待ち構えていなきゃならんってか」


「そうですね。作戦は『生かして返すな』です」


 物騒な。


「猫ちゃんたちの指揮は任せます」


「ああ」


「さて、入ってきたようですよ」


 ズリズリと水っぽい足音を響かせながら、何かが入ってきている。

 ずいぶんとゆっくり歩いていると感じる足音だ。


 ホムラネコたちが入口へ向かって威嚇を始める。


「ギャ……! ギャギャギャッ!!」


 現れたのはギルマンだった。相変わらず汚い水色の鱗。

 ギルマンは振り返り、洞窟の外へ向かって叫ぶ。


「あれ、なんて言ってるんでしょうね?」


「応援を呼ぶ声だろう。どうする? 残りの六匹が入ってくるまで待つか?」


 顎で、入ってきたギルマンを指した。


「待ちましょう。あいつはじきに死んでいます」


「ギャ…ッ? ギャ……ギャッ!」


 次の瞬間、ギルマンが膝から頽れた。


「うおっ。いつの間に……」


 ホムラネコたちは何もしていない。もちろん俺も。

 俺の隣にいるラッティがやったのだ。何をやったのか、全く見えなかった。


「あいつの体の中を凍らせてやったんです。魔法ですよ」


 こいつ怖え。


「彼らの言葉が分からずとも、あのギルマンが助けを呼んでいることはわかりますね。さて、外のお仲間さんたちは、彼を見捨てられるでしょうか?」


 こいつ性格悪いな。


「ま、仲間を見捨てて逃げ帰るようなら、全力で追いかけて捕まえてきます。殺すなら、ダンジョンの中でないといけませんからね」


 こいつおっかねえ。


≪何があったんだ! 今、助けに行くから待っていろ!≫


 外からギルマンたちの泣き声とは違う、意味は分からないが明らかに言語であろう声が聞こえてきた。


「マーマン語ですね。こっちに来るみたいですよ」


「では俺たちの出番だな。ようやく俺のチュートリアルが始まる……!」


キーワード

マーマン語:地上と水中で単語の発音が異なる。マーマンやマーメイド、一部の知能が高い水生生物のみ操ることができる。

アクエリアス宮殿:魔物の国の建造物。兵舎がある。

ケートス:一角獣のクジラ。本来は温厚な生き物だが、魔物の国で飼育されているものは戦闘に耐える精神性を持つ。

レモラ:ハンマーヘッドシャーク。非常に凶暴で、小型船であれば飛び乗ってくることもある。

ダンジョンマスター:死んだときにダンジョンへ還元されるエネルギーが高い。

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