相方は厄ネタ
「さて、先ほど呼び出したホムラネコ三匹分で、コアの余剰エネルギーが尽きました」
「はあ!?」
「だって、あんまり弱いの呼び出してもつまんないじゃないですか」
何て言い草だ。
「いや、そもそも最初にどれくらいコアのエネルギーがあったんだ?」
最初から使えるエネルギーがあまりにも少ないなら、仕方のないことなのかもしれない。
「喚び出せる中でもいっちばん弱っちいコボルト君なら、千匹くらいは召喚できてたんじゃないですかねえ」
それが猫三匹か。そうですか。
ギルマン相手にも圧倒してたし、どう考えても無駄遣いなんじゃ。
いや、戦力として活躍し続けるなら、効率的ではなくとも無駄とは言えないか?
「まあいい。もういい。問題はこれからどうするかだ。まずダンジョンマスターとして、俺には何ができる?」
「さっきとっちめたギルマンで得た分のエネルギーでは、大したことはできませんよ」
「でも、何ができるのか、知っておくことは大事だろ?」
「それは確かにそうです。ではご説明いたしましょう」
できることは単純で、ダンジョンの拡張、モンスターの召喚、罠の作成、アイテムの作成の四つの行動だけだった。
さらに言えば罠は自分で設置しなければならない。
ダンジョンの拡張にいたっては、「ここまでがダンジョン」という領域を拡張するだけであって、拡張した空間の整備は自力でやらなければならない。
コアの力は口頭で命令すれば使える。
ダンジョン内で生き物を殺せばコアに力が蓄えられる。
「何をするにしても、まずは近くにあるっていう魔物の国にどう対応するかを考えないといけないな」
「マーメイドが治める魚人系亜人の国ですね。ここからだと南東の方角に彼らの棲家がありますよ。そこからさらに東へ進むと大陸がありますね」
陸地か。いずれは行ってみたいが。
「魚人って、具体的にはどんなのがいるんだ?」
さっきまで静かに佇んでいた猫たちが、いつの間にか生臭いギルマンの死体で遊んでいる。
残酷な奴らだ。
「下半身が魚、上半身が人間のマーメイドやマーマン。彼らは魚のように泳ぎ、人間のように知恵に働き道具を扱う種族です。魔法を使える個体の多い種族ですね」
俺のファンタジー的な知識、イメージからはそんなに外れていないな。
「マーメイド、マーマンたち人魚型が、そこのギルマンやサハギン、イプピアーラといった半魚人系を下級種族として従えています。他にも先ほど追い払ったような海獣を使役していたりして、陣容は厚いですよ」
その後、各種族の特徴を聞き、陣容が厚いという言葉の意味がよくわかった。
敵は水棲種族一辺倒だが、軍団としての兵科が非常に幅広いようだ。
人間を水中で活動できるようにしたといった風なマーメイド、マーマンは多種多様な武器兵器を扱うことができる。
数の多いギルマン。身体能力が総じて高いサハギン。魔法使いのイプピアーラ。
角の生えたクジラ。猛毒ウツボ。人食い鮫。巨大なイカやタコ。そして海竜。
海の魔物の半分はここにいると言われるほどの厚さだそうで。
総勢では数万とも言われている軍勢だという。
「まあこのへんのことを全部覚えておく必要はないですよ。私がその都度教えますから」
「マーメイドとかの人魚とは会話ができるんだろ? なんとか交渉できないか? あちらさんの規模を聞く限り、今の俺たちが本気で敵対して太刀打ちできるとは思えないんだが」
「話が通じる相手ではあるんですが、交渉しに行ってどうにかなる相手ではありませんね。彼らは海の中では非常に好戦的ですよ。陸に手を出そうとはしませんが、海に出てくる人間を見逃すことはありません。そのせいで東の大陸の人たちも、この辺の海域へは進出できません。ましてや、その海の中に居を構える私たちを見逃してくれる可能性は皆無でしょう」
そして一息入れて。
「降伏し、傘下に入るというのであれば許してもらえる可能性もなくはないのかもしれませんが、それは私が許しません」
笑顔が冷たくなった。
すでに殺された同胞が三人いて、彼らはラッティのようなダンジョン側の人間に殺されたという話。
その冷たい表情も、幼さの残る顔つきなどとは馬鹿にできない。
「ちなみにコアごとダンジョンを別の場所に移すことって……」
「できません。ダンジョン内であれば好きに持ち運べますが、飛び地をダンジョンとすることはできないです。場所を移れるほど力を蓄える猶予をもらえるなんて、思わない方がいいですよ」
「じゃあ、やっぱり敵対するしかないのか。敵の規模は万単位なんだろ? 勝てる見込みはあるのかよ?」
「雑魚が散発的にくる分には私がどうとでも対処します。でも、彼らの中でも一等強い戦士たちはどうでしょう? 使役する海獣の中でもダンジョンに入ってこれるような小、中型サイズのものが暴れると、洞窟自体がどうにかなってしまう可能性もあります」
この洞窟が崩れ落ちる?
上は海だ。与えられる衝撃次第ではありえることなのか?
そういえば竜やクジラのような生き物も敵にはいるって言ってたよな。
改めて洞窟内を見渡す。
壁面は岩を荒く切り取ったようなざらつきを見せる。
九十度の角度がついた四角い部屋状になっていて、ダンジョンコアのある奥の部屋へ続く通路と、海へと続く険しい上がり坂がある。
「ちなみにラッティはどれくらい強いんだ?」
最初の揺れはギルマンたちが使役していた海獣がダンジョンの入口に突撃したことで起こったものだったようだ。
その揺れを起こした海獣は、ロッティがどうにかして追い払った。
どうやったのかは見ていてもわからなかったが、入口から見えた海獣の巨体。凄まじい揺れを起こしたのが奴だと言われれば納得するし、追い返したラッティの力も信じるに足ると思える。
のだろうか?
ギルマンの攻撃を受け止めてくれた彼女だが、そのギルマンが魔物の中でも戦闘力は底辺の部類らしいからして。
巨大な海獣を追い返したのは確かだが、戦って追い返したのでもないし。
「レッサードラゴンと同程度ですね。ちなみに魔物の国のマーメイドの女王は、私百人力くらいだそうですよ」
「絶望的じゃないか」
「レッサードラゴン相当ってだけで人間には災害扱いなんですけどね」
えっへん、と胸を張っている。
レッサードラゴンがどの程度かは知らないが、目の前の敵はそれ以上だと言うんだから、役者不足と考えるしかないだろう。
「なあ、なんでさっきはダンジョンの外にいた海獣を追い返したんだ? あれって状況的にも、その魔物の国に使役されてる海獣なんだろ? なんでわざわざ俺たちがここにいることを喧伝するようなマネをしたんだ?」
「その方が面白そうだからです」
駄目だこいつ。
「本気か……?」
「本気も本気。ちんたら野良が迷い込んでくるのを待ってるなんてツマラナイじゃないですか。想像するだけでも退屈すぎて退屈すぎて」
「命がかかってるんだぞ!?」
やけに芝居がかった口調に苛つき、つい声を荒げてしまったが。
「私たちは他者を殺して力となすイキモノです。命がけでない時なんてないでしょう? 同じ命がけならば、後悔しない生き方をしますよ。私は楽しみたいんです」
返ってきた言葉は人を小馬鹿にしてくるよう。
「そのためにいらん危険を呼び込むってのか? お前はそれでダンジョンのコアを危険に晒すことを良しとするのか」
俺と同じような境遇にあるマスターが数人殺されたという話、マスターはダンジョンコアに従属する存在だということを知らしめるような発言があった。
ラッティは自身の優先するものを俺に伝えてきていたのかと思っていた。
すなわち、ダンジョンの、コアの不利益となるような行動は許さないし、場合によっては反乱することも厭わない、と。
しかしこれでは話が通らない。
「コアにあるのは生存本能で、そのために私は作成されました。でも、子が親の期待通りになるとは限らないでしょう? 私としてもコアの意向を全く無視しようなどとは考えていませんが、そのために何もかも投げ打つということもありません」
「つまり、俺たちは腹を割って話し合う必要があるってこったな」
ため息を吐く。
仲間ではあるんだから、お互いの意思を尊重しなければならない。
そのためには、お互いの考えをよく知っておく必要がある。
ラッティは自身をお助けキャラと言ったが、とんでもない。彼女は気の置けない同僚なのだ。
「それは嫌ですね」
「……なんでだよ」
ラッティがやれやれと言わんがごとく、頭を振った。
「あまりずけずけと私の信条や感情に立ち入られても癪ですから」
糞が。
キーワード
魔物の国:さまざまな水棲種族がいる。
魔物の国の女王:マーメイド。超強い。
ラッティ:危険人物。レッサードラゴンと同等の強さ。
ダンジョン:魔物の召喚、アイテム作成、罠作成、ダンジョンの拡張ができる。
コボルト:よわっちい。
ホムラネコ:コボルト333体分強いわけではない。




