延長戦
≪敵を囲んで叩け! 残党狩りだからといって、油断させるな!≫
グイコ将軍は自らも前線に出て、女王の大魔法で討ち漏らした魔物を狩っていた。
まだ魔物の国で、女王が討たれたことを知る者はいない。
少なくとも今すぐに知らせることはできないと、老将がことを隠していた。
≪グイコ将軍、兵を借りるぞ≫
グランスバルはもう前線に出る意思がなかった。
後進に道をゆずり、教育と相談役、裏方仕事で国を支えていくつもりだった。
≪将軍、そのお姿は……≫
老将グランスバルは、若かりし頃の戦装束を身に纏っていた。
魔物の国では鎧などの具足を付けない。体を重くして、泳ぐ速度を犠牲にするのは益がないとされているからだ。
≪分かりました。水上の亡霊船を攻撃する部隊を頼みます≫
そうした風潮の中で、グランスバルはどこまでも武装を重ねた。
最初は武器。両手に剣と斧を持った。
次に鎧。要所を守る、ポイントアーマーなるものが存在すると聞き、再現した。
戦いの度に装備を改良していき、次第に装具の数は増え、最終的な姿が今の彼だ。
サンゴの鎧。胴から一本、背から二本の腕が生えた、魔動アーマー。
グランスバル自身の腕も合わせて、剣、斧、槌、槍、盾。尾には鋭い針。
≪怨敵は、儂が必ずこの手で討ち取る≫
「早速きたな」
追いかけてくる敵がきた。
ゴーストシップはすでに戦線を離れつつある。
「僕はもう何もしなくていいよね」
エルフの僕っ娘が、両手を頭の後ろで組みながら言った。
「敵に追いつかれそうになったら、ゴーストシップの速度を上げてくれ」
追いつかれなければ、どうとでもなる。
「めんどくさー」
「あたしはー?」
体を小刻みに揺らし、黄色いレインコートをカサカサといわせる少女。
「……お前、何かできるのか?」
「応援できるよ!」
「頼む」
追いかけてくる敵へ、砲撃を始めた。
≪くっ、これでは埒が明かん!≫
敵の船の速度が尋常ではない。
近づけば急に速度が上がる。
距離が開けば、追いつけそうな速度に戻る。
こちらは一方的に砲撃を受けるのみだ。
グランスバル自身は砲撃を切り払い、全ていなしているが、部下の被害が無視できない。
≪お前たちはグイコ将軍の元へ戻り、魔術部隊を準備させておけ!≫
言いながら、グランスバルは魔術で泳ぐ速度を高めた。
敵の砲撃がすれすれのところを通る。
もはや防ぐ必要もない。追尾弾が追いつけない速度だ。
敵の船の真後ろにつき、そのままの勢いで海面から飛び出た。
「うおっ! 追いつく奴がいるんじゃないか!」
船の上には、間抜けな顔した人間がいた。
≪……皆殺しにしてくれるっ!!≫
「ひっ!」
甲板に降り立った多腕マーマンが、いきなり俺に向かって槌を投げてきた。
反射的に目を閉じ、腰が引け、情けなく両手を顔の前に翳した。
「あぶなっ」
いつまで経っても痛みがこない。
目を開くと、俺の前にレインコートの少女が出ていた。
傘を開いて突き出している。
その足元には、投げられた槌がごろごろと転がる。
「情けないね~」
少女がけらけら笑う。
「お前、何したんだ……?」
「ん? 傘で防いだんだよ? どうかした?」
どうかした?じゃねえよ。
すでにマーマンは、ゴーストシップの亡霊たちや、エルフの僕っ娘と戦い始めている。
「お前、普通の人間の女の子と変わらないって言ってなかったか!?」
「変わんないよー。これは傘がすごいだけ! ……言ってなかったっけ?」
反射神経もすごいです。
「聞いてないな」
「そう? ごめんね?」
上目遣い。
「……次からは気をつけてくれよ。あと、ありがとう」
子供って、可愛いって、ずるい。
≪ガアアッ!! この、蛮族どもがあぁッ……!≫
そんなやり取りをしているうちに、多腕マーマンは討ち取られていた。
「……ふぅ。あいつ強いし、戦い方もしたたかだったけど、なんというか、衰えてるって感じだったね。ロートルかな?」
僕っ娘の言い草がひどい。
「追手がいなくなったな。戦場に戻って、また敵を引きつけてくるか」
グイコ将軍は魔物の群れの掃討を終わらせていた。
そしてグランスバル将軍の指示通り、魔術部隊を海面付近に展開させた。
≪将軍が亡霊船を誘導してくれるということなのだろうか≫
一角獣ケートスの騎兵も待機させている。
彼らは海獣のサイズゆえに、都から離れた位置で飼育されており、防衛線の本戦には間に合わなかった。
もとより彼らは大物相手に活きる騎兵だ。ここで活躍してもらう。
≪グイコ将軍! 亡霊船がやってきました!≫
≪マーマン魔術師隊はいつでも魔法を放てるよう構えておけ!≫
すでにエスノート将軍が討たれたことは伝わっていた。
この一連の戦いは、被害が大きすぎる。
まだシービショップの討伐もできていない。
これからは苦難の時代なのかもしれないと、グイコは噛みしめていた。
敵の轟砲がとどく。
≪うろたえるな! まだ引きつけろ!≫
敵の船はまだ近づいてくる。
まだ、こちらの射程には入らない。
≪ウギャア!!≫
悲鳴が上がる。
≪まだだ!! 耐えろ!!≫
もう少しだ。
≪まだなのか!?≫
≪ヒグッ!≫
≪……≫
≪……今だ! 飛び出せ! 敵を撃てぇーっ!!≫
耐えた者たちが、耐えきれなくなったかのように海面へ飛び出す。
氷の槍の一斉射撃。
≪……くそっ!!≫
しかし、勇み足だった。
敵の速度を考え、射程範囲に入るタイミングを見計らって号令を出した。
敵の船は、通常では考えられないような急速転回で射程ギリギリのところを曲がり、こちらの魔法を手前に落とした。
そして敵の砲撃は続く。
≪くっ! 前進しろ!! あと少し近づけば当たる!! 進めえっ!!≫
部隊は足並みもそろわずに進む。
亡霊船は逃げ出した。
≪ここがお前たちの正念場だ!! 追いつける!! 何としてでもあれを沈めろっ!!≫
亡霊船は速度を調節していた。
彼らがあと少しだと思えるように。
犠牲を出しながらも、勝利がすぐそこにあると誤解させるために。
諦めさせないために。
(ここでやらねば、私はもうどこにも帰れんぞっ!!)
グイコ自身も先頭に。
いつしか彼も、前を向くことしかできなくなっていた。
≪ウオオオオッ!!!≫
果てなく続く砲音に耐えながら、彼は魔力を練った。
そして亡霊船の船尾を捕える。
海面から飛び出し空へ。
槍というよりは、岩石とも言えるほどの氷塊を船にぶつけた。
≪ガフッ……!≫
同時、彼は避ける場所も防ぐものもない空中で二十門の砲撃を一身に受けた。
途切れる意識の中で、グイコは自分の後ろに誰もいないことに気がついた。




