決戦 後半
「ああ、くそっ! 失敗してんじゃねえか!」
レモラによる突撃は、敵の騎兵によって横合いから食い破られていた。
「あらららら、これは恥ずかしいねえ……」
少女は大仰に手で顔を覆い、首を振った。
うるせえよ。
「まだ、これでもイーブンだ。……いや、むしろ、いい演出にもなるか?」
準備していた遠距離攻撃。
騎兵への対策だ。
ここで使い、あの騎兵隊を撃破すれば、士気を取り戻しかけた敵には、いい絶望じゃないか。
「よし、ゴーストシップ。霊砲を降らせろ。目標はあの鮫どもだ」
形勢が優位に傾けば、女王の魔法が来る。
それを俺達が喰らわないよう、避難先として水上にゴーストシップを待機させておいた。
この魔物が、今回の俺達の最大戦力だ。
五本の帆柱を持つ、縦に長いガレオン船。
左右には合計二十門の大砲。
帆はところどころ破け、甲板には穴が開き、そこら中に骸骨が転がっていた。
船体に開いた大穴からは、紫色の瘴気のようなものが溢れ出て、船全体を周囲から隠している。
衝撃の強い、張るような轟音をガレオン船の大砲が鳴らす。
連続して二発、三発、四、五、六と撃ちながら、どんどん間隔が短くなっていく。
やがてそれは、工事現場などで聴く掘削機のような連続音へと連なっていった。
「みーみーがー! いーたーいーよー!」
となりで少女が慌てて耳に手を当てる。
そして何か叫ぶが、聞こえない。
俺も両手で耳を塞いでいるし、耳栓もしている。仮にそれらがなくとも、砲撃音で聞こえなかっただろうが。
≪よし! 攻撃は成功だ! 吠え猛ろ!! 同胞に我らの雄姿を見せつけるんだ!!≫
予想通りだった。
敵の突撃を阻止し、逆に撃破した。
味方からは歓声があがり、少し押し返してきたか。
≪……ドルフィン魔法騎兵の方も突撃を開始したか。 よし、再度突撃を敢行する! 再度整列せよ!!≫
次は敵前衛の側面を切り崩す。
エスノートは仲間の騎兵が列を作るのを誇らしい気持ちで眺める。
が、次の瞬間にはほろ酔いが覚めた。
≪ひっ、ぎやああぁあっ!!≫
仲間の真上に何かが降ってきた。
それは騎兵の体を打ち破り、レモラの体を食い破り、海底へと降り注ぐ。
大量に。
≪な、なんだ!?≫
≪ガフッ……≫
≪う、うおおおっ……!≫
≪……なぜだあああっ!!≫
エスノートは知っている。
彼の主な任務は周辺海域の治安維持だったから。
あれを知っている。
自分たちを、どこまでも追いかけてくる砲撃。
≪私たちは、何と戦っているんだ……≫
レモラの手綱を握り締める。
≪お前たちは逃げろ! あの砲撃は騎兵ならば逃げ切れる!!≫
あの船の撃つ砲弾は追尾してくる。
ただし、一定の距離を離れれば砲弾が消える。
≪私一人であの船を落とす……!≫
エスノートは水上へ向かう。
ゴーストシップは移動していた。
女王の魔法を警戒してのことだ。
「次はあのイルカどもを撃つか」
「ええ~! あの子たち可愛いからだめー!」
可愛さ余って憎さ百倍。
イルカの騎兵はこちらの側面と並行に駆け、魔法を叩きこんでいた。
投げ槍程度の射程でも、一撃離脱できる移動力を騎獣によって得ている兵科だ。
敵には突撃時の被害がほぼない。
「早く女王を引っ張り出さないといけないんだよ! あとであのイルカも……」
言いかけたところで、船から少し離れた海面から高い飛沫が上がった。
≪人間かあっ! 人間め、よくもここまでやってくれたものだな!! ここで殺してやろう!! 殺しつくしてやろう!!!≫
一匹のマーマンが飛び出てきた。
間髪いれず、そのマーマンへ向かって砲撃が飛ぶ。
≪無駄だあっ!!≫
マーマンは槍を回転させ、十門の砲撃を振り払う。
「先生! 出番です!」
エルフの魔法戦士にでてきてもらう。
彼には別の重要な仕事があるのだが、まあ大丈夫だろう。
「はははっ。ここで僕がやられたら、君はどうするつもりなんだろうね?」
だって僕っ娘だから。
こんな調子乗ったキャラが弱ければ、噛ませにしても笑い話だ。
だからきっと大丈夫。
ゴーストシップの亡霊たちも沸いて出てきた。
≪邪魔立てするな、亡霊どもがっ!!≫
マーマンが甲板に降り立ち、俺達へめがけて突撃してくる。
割り込む骸骨戦士や霊体戦士を全て一撃で吹き飛ばしながら、船尾の俺達へ迫りくる。
「やあっ!」
エルフの僕っ娘は、手にした剣を赤く染める。
あれは魔法剣だ。多分、炎的な属性がついたのだ。
≪弱いぞっ!!≫
マーマンは横薙ぎの一閃を軽く止め、エルフの剣を振り払う。
そして胴の前を開けられ、隙だらけになったエルフへ疾突。
「甘いね!!」
僕っ娘は魔法で迎撃。
一点を衝く突風で攻撃の勢いは殺され、思わぬ形での反撃を受けたマーマンは、その手元が狂う。
≪ぬおっ≫
僕っ娘は狂気的な笑みを浮かべ、振り払われた勢いを、振りかぶる動作へ無理やり変換。
袈裟がけに断つ!
≪やられんぞおっ!!≫
マーマンは槍を手放し、振るわれた剣に対して正面から掌底を放つ。
刃と手のひらがぶつかる瞬間、マーマンは自身の腕を凍結させた。
「うわっと!」
刃がマーマンの手のひらにくっつき、マーマンはそのまま後ろへと腕を引っ張った。
エルフの体が崩れたところに、マーマンは跳びはねて尾撃を見舞う。
≪がっはっ……!≫
≪止めだっ!! ……くっ!≫
倒れるエルフに拳を握りしめたところで、マーマンには邪魔が入った。
ゴーストシップの甲板から半透明の腕が生え、マーマンを掴んで放さない。
一本や二本ではなく、マーマンの体中を弄るように捕え込む。
「ぐっ! けほっ! ……二対一って、分が悪いよね!」
僕っ娘は剣を手放し、素早く立ち上がった。
そして右足を振り上げ、そのつま先に魔力を込める。
マーマンは腕を振りほどこうとするが、身動きすらできていない。
≪……我らは、不滅だああああっ!!!! ガハッ……≫
無数の腕に絡まれるマーマンのその胸に、エルフの魔法戦士は貫くような蹴りを放った。
「あのマーマン、僕よりやり手だったね。一歩間違ってたら、僕死んでたかもね?」
僕っ娘が恨みがましい。
「す、すまん……」
「謝るの?」
なんなんだよこいつ!
≪グランスバル。別れの時が来たようだ≫
≪陛下……≫
女王の愛する国民たちが、わけもわからない魔物の群れに蹂躙されている。
≪これ以上、親不孝をしてくれるな。私はもう、お前たちが散りゆくのを見たくない……≫
老将には止めることができなかった。
歯痒いなどでは表現できないほどの感情が、老将の中を駆けめぐる。
≪ではな。達者でな≫
女王が杖を掲げる。
赤褐色の波が起こった。
杖の先からじんわりと波が伸びる。
波は戦場を飲み込み、マーマンたちを癒すと同時、他の魔物のたちを波に溶かし込む。
あがる歓声と悲鳴。
その波は命そのものだった。
命を溶かし、取りこむ。
命を零し、与える。
廻らせる波だ。
女王は限界を感じ、杖から手を放し、自らその波へ浸かろうとした。
≪へ、陛下……!!≫
≪なんだ、これは……?≫
そして、上方より飛来した槍に胸を貫かれる。
欠けて二股になった槍が、女王の命を奪った。
「やったか?」
「やったよ」
エルフの僕っ娘魔法戦士が自信を持って答える。
「じゃあ勝ったの?」
「ほぼ、勝ったな」
エルフの魔法戦士は、通常召喚するよりも膨大なエネルギーを費やして召喚した。
女王を倒すために。
女王を倒すには、まず女王の位置を把握しなければならない。
もっとも確実なのは、女王が大魔法を使っているときに、その発生源を探ることだった。
つまり女王には大魔法を使わせなければならない。
しかし、女王が大魔法を使うということは、女王の大魔法を受けるということ。
防ぐ方法は取れない。
女王が使う大魔法の種類が特定できないからだ。
そうなると、大魔法は回避しなければならない。
もっとも簡単なのは、囮だ。
主力を囮にし、大魔法を撃たせ、観測し、遠距離から狙撃する。
海の中では使える遠距離攻撃が限られる。
ゴーストシップの砲撃は速度が足りない。
女王自身が防ぐ可能性も、女王の護衛が防ぐ可能性も十二分に考えられることだった。
そこで目をつけたのが、ラッティの遺した槍だった。
水中で物の動きを加速させるには、水属性の魔法が必要となる。
あとからレインコートの少女に聞いたところ、ラッティは海竜という種の魔物だったらしい。
その槍は海竜の尾そのものなのだそうで、水属性の魔法と親和性があるという話だった。
ラッティの槍を魔法で打ち出し、水中で加速させ、女王を貫いたのだ。
狙撃するのには、集中力と魔力が非常に高いレベルで要求された。
その要求に応えられる戦力として、エルフの魔法戦士を選らんだのだ。
「あとは掃討戦だ。といっても、俺達の主戦力は女王の魔法で殲滅された。このあとは、ゴーストシップの砲撃を引き撃ちして終わらせる」
逃げながら撃つ、無限の追尾弾だ。
敵が追って来なければ、その分近づけばいい。
敵と適度な距離を取って、少しずつ削っていく。
もう、それができる状況になった。
それをして、そのまま勝てる状況になった。
「うん。勝ちだ」




