前哨戦
≪敵はいったい何者なのだ……≫
動じないエスノートが慄いていた。
見たこともない魔物たちが海を闊歩している。
自分たちが向かっている謎の空洞の方角から、都の方角へとまっすぐ進んでいる。
魔物の群れは、エスノートたちを見ても歩みを止めない。
斥候の報告がなければ事前に陣形を組むことができず、行軍のために縦に伸びていた自軍が、非常に危険な事態に陥っていただろう。
≪騎兵を連れてきていないのが災いしましたな≫
≪……いや、あれでは騎兵を連れてきていたとしても、海獣たちが騒いでよくなかっただろう≫
現に、戦士であるマーマンたちにさえ、怯えの混じったざわつきがある。
それも仕方がないだろう。
遠目ゆえによく見えないが、魔物の群れは一体一体の姿が全く違う。魑魅魍魎とでも言えばいいのか。
目立つのは、巨大な竜のような生き物。海竜とはまた別種だ。
他にも、人型、空を飛ぶ鳥のような生き物、大小さまざまな四足獣など。
およそ海の、水中にいることが不自然な生き物ばかりだ。
≪数の上では互角だ! であれば、練度と統率がものを言う! ゆえに、敵が何者であろうと、我らの勝利は揺るぎない!! 構えよ! 奮い立て! 前進だ!!≫
待っていても敵は前進してくる。
しかし、味方は未知の敵を前に怯えているのだ。待ち構えた方が有利だとしても、足を動かせ、勇気を出させるべきだった。
「前線が衝突したようだな」
怒号が聞こえる。
「で、どうなのどうなの? 今、どうなっちゃってるの?」
隣の少女が鬱陶しい。
「わかるかよ。報告待ちだ、報告待ち!」
水中は濁っていて、数メートル先までしか見えない。
音は聞こえるが、それで戦況がわかるような知識や経験はない。
隣の少女が傘を振り回し始める。
「危ねえ! じっとしてろよ!」
「ひまー!」
こんなのが俺の今後の相談役なのだ。
≪本国にもう一度伝令を出すぞ。……謎の一団と戦闘開始。戦況は不利。多種多様な魔物の群れを相手に、戦士たちが実力を出し切れていない。至急防衛戦力を集結されたし、だ。それと、全騎兵の出撃準備を要請する≫
前線は壊滅的だ。
敵の強さもさることながら、戦士たちの連携が甘い。
魔物の国の兵隊は主な任務の性質上、あまり兵科ごとの連帯行動を行わない。小、中隊規模で連携を密にする。
組織的な外敵はほとんどおらず、広い海域で任務を行うためには個々の質と、その連携が重要だったのだ。兵科として乱れない運用の訓練は後回しにされていた。
重なる敗戦と謎の敵、士気の低下した状態で足並みが揃わなかった。
≪言い訳しようもないほどの敗北だが、威力偵察にはなった≫
エスノートは退却の指揮を出した。
「敵が引き始めたか。追撃だ。戦力が分散されている今のうちに叩け」
敵の数を見ても、今戦ったのは敵の全軍ではない。
合流される前に、少しでも数を減らしておきたかった。
偶然の遭遇から開戦したのだ。深入りを危惧する場面ではない。
「おおう。なんか、恰好いいね!」
「ふふん」
褒められるのは悪い気がしない。
「図に乗ってるね!」
こいつ怖い。
「現在自軍の戦死者は百を下回っているようです。対して敵の被害は千を若干下回るほど。順調です」
マーマンの偵察兵が報告にきた。
それを味方の魔術師に翻訳してもらう。彼ら魔術師の中には、言語を翻訳する魔法を使える者がいる。
「敵がどれだけ残っているのかわからんが、こちらの被害百に対して、敵が千。こちらが二万の軍勢だから、数万の軍勢だと言われている魔物の国より、戦力で上回っているわけだな」
もちろん全てがこの一戦で測れるわけもなし。
敵の騎兵とはまだぶつかっていない。敵が合流し、数で優位に立たれたならば、どうなるかもわからない。
だが、俺は勝てる確信を持って決戦に挑むのだ。
問題などない。