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主人公の矜持を欠片でも

「くそっ! あいつがいない時に攻めてきやがって! 卑怯なんだよ!」


 入口にかけた幻術はあっさりと見破られた。

 敵は六名と少数だが、一人一人が強い。


 今は自分のいる場所に幻術をかけて姿を隠しているが、一度見破られた術だ。恐怖心は拭えない。


「ギャギャッギ!!」


 特にあのギルマン。

 ホムラネコの攻撃をまったく寄せ付けない、どこかヌルリとした動き。

 避けてはカウンター。防いではカウンター。放っておけば後衛を狙う。足止めは掻い潜られる。


「ここが正念場か。……やってやろうじゃないか!!」


 召喚コストは、召喚した魔物が死んで得られるエネルギーより大きい。

 手を拱いていては、手詰まりになる。


 一応、ラッティには召喚する際のめぼしい魔物を聞いておいたのだ。

 敵は厄介なギルマンと、武器を持ったマーマン二人が前衛で、後衛には弓をつがえるサハギンに、魔術師のマーマンが二人。


 ホムラネコなど召喚する側から撃破されている。前衛の力不足なのだ。


「リビングアーマー二体召喚! 敵を引きつけて防衛に徹しろ!」


 声を押さえてダンジョンの力を使う。

 召喚したのは中身のない鎧、リビングアーマー。

 ……やたらとスマートな体形だな。あんなのが本当にタンクの役割を果たせるのか?

 まあ、巨大なハルバートと大盾をじっくりと中腰で構える姿は頼もしい。


「ギジ、ッギ!」


 ホムラネコの攻撃に合わせて、リビングアーマーはハルバートを繰り出した。

 それ自体は軽い突きだが、ギルマンは非常にやり辛そうな鳴き声をあげた。

 その間、もう一体のリビングアーマーは二匹の前衛マーマンを相手に挑発してターゲットを集めていた。


「ラッティの言っていた通り、こいつら技巧派なんだな」


 敵後衛の攻撃も、味方に被害が出ないよう、上手くいなしている。

 魔法を防ぐ時には盾が光っていた。盾に不思議な能力でもあるんだろうか。


「消費エネルギーがでかいってだけあって、いい感じだ」


 その代わり、攻撃能力はそれほどでもないらしいが。


「……ゲギゲギ」


 続いてアタッカーを召喚しようとした時だった。


 あのギルマンがリビングアーマーの盾を掴み、跳び箱でも跳ぶように跳躍したのだ。

 事前に味方へ合図でもしていたようで、跳んで消えたギルマンの背後から、矢と魔法が全く同じタイミングでリビングアーマーに飛翔した。

 リビングアーマーは盾を光らせ魔法を防ぐが、その時、敵の矢が盾を貫通する。

 盾は光を失い、防いでいたはずの魔法の氷槍に砕かれた。


 盾を砕かれたリビングアーマーは活動を停止する。彼らに核のような部位はなく、ただ大きく損傷すると死ぬ。そういう魔物なのだ。


「弱点看破するの早すぎんだろ! 連携させちゃならねえな、手数で押すか。……ビッグフライ三体召喚! 魔術師と弓兵をかく乱しろ! リビングアーマー二体召喚! 前線を維持しろ! オーガ召喚! 敵前衛に圧力をかけろ! ツインテールキャット三体召喚! 上手く位置取りしながら魔法攻撃だ! 後衛から殲滅しろ! ゴブリン二十体召喚! えーと、ギルマンを囲んで逃がすな!」


 召喚したのは巨大な蝿、リビングアーマーのおかわり、鬼、尻尾が二本の猫、緑色の小鬼。

 命令調ばかり使っていると、気が大きくなる。


「一気にコアの光が心もとなくなったな。幻術を覚えるための魔石を作った時も光量はかなり減っていたが、今のでもう、この前の戦いの分は使いきった感じか……」


 特にリビングアーマーとツインテールキャットを召喚した時には、光の弱まり方が激しかった。


「さて、いつまでも仲間に頼りっぱなしじゃいられないからな。ここらで一つ、やり遂げたい……!」




「あはっ!」


 背後からは、まだ十数の追手が迫る。


≪絶対に逃さんぞ!!≫


 憎悪の念も甚だしい。

 追手の言葉には、囚われそうになる言霊があった。


≪冗談でしょう!? 雑兵がっ!!≫


 突き出された槍を半身になって躱し、お返しに二股になった槍で突き返す。


≪グボッ……!≫


 槍は追手の首もとに軽く刺さる。

 すぐさま抜いて、また逃げる。


≪ヒレを止めたな!≫


 マーマンなりの表現か。

 反撃のために速度を落としたところを追撃がきた。


≪あとどれだけ保つか、わからないんですから……!≫


 思っていた以上に敵の司令部が手強かったために、強力な魔術を使って生命力を消費してしまった。

 あのままでは目的も果たせず負けてしまうおそれがあったため、魔術を使ったこと自体は構わない。

 タイミングや使う魔法の種類など、もろもろが怒りによって突き動かされたようなところこそあるのだが。


≪よくも将軍を! 我らが同胞を!!≫


≪悔しいなら、もっと上手くやればいいんです! 負けて死んだ程度がごちゃごちゃと……!≫


 大きく振りかぶられた攻撃を避け、そこへ掛る連携を防ぎ、反撃ができない。

 負った手傷が煩わしい。残り少ない体力を、無駄に消耗することもできない。


 攻撃の手が止めば、また逃走を開始する。

 一撃振るうにも気力が必要だ。

 逃走しながら集中力を取り戻さなければいけなかった。


「これだから残党狩りってのは嫌なんですよ! こうなるくらいならスパッと殺してくれって話です……!」


 頭をからっぽにして悪態を吐く。


 追手は増えない。

 自分たちを襲った強力な魔術による被害。

 住処を荒らしたシービショップと、将軍を暗殺した謎の敵。

 混沌した戦場で、まともな組織行動はできないだろう。


 逃げ切れるような速度差はない。

 追手を全滅させるのが先か、ダンジョンへ帰りつくのが先か。




≪次から次へと、一体どこから沸き出てくる!?≫


≪これでは殲滅して進むのは無理か……。突破して奥へ進むぞ!≫


 四足獣は素早くて厄介だが、動作がワンパターンだし非力だ。対処できない敵ではない。

 しかし、新たに出現した敵の連携が密だ。

 これはどこかに頭がいる。


≪くそっ! この小鬼ども!≫


 ギルマンのグランシェは小鬼に囲まれてしまった。

 がっちりと陣形を組んで壁となり、グランシェの攻撃を喰らいながら捕まえる、ひどく捨て身な壁役を徹底していた。

 グランシェの鋭い爪に腹を貫かれながら、その腕を掴んで離さない。

 グランシェの両手は小鬼で塞がっていた。


「ギャ! ギャ!」


 弓兵のサハギンが、羽虫から術師のマーマンを守ってくれている。

 だが、その乱戦のせいで後衛が全く機能しなくなっていた。


≪後衛はグランシェを助けろ! マルブ、少しだけこいつらを抑えておいてくれ!≫


≪一分は保たんぞ! 俺が死ぬ!≫


 ガミは泣きごとを聞き流し、後衛の元へ駆ける。

 後衛の行動を邪魔する羽虫どもをなんとかしなければ、グランシェが助けられない。

 鎧は突破しようとして突破できるほど、やわな敵ではなかったからだ。ここは後衛に働いてもらわなければならなかった。


 今はとにかく、手が足りない。

 誰かが致命傷を負う前に、なんとか状況を打開しなければならなかった。


≪ウオオォ!!≫


 俊敏に飛びまわる羽虫の一匹をサーベルで貫く。


「ヴィイイィ、ヴヴヴ!!!」


 貫いたサーベルに、羽虫の暴れる振動が伝わる。

 すぐさま払い捨て、残り二匹の羽虫を睨みつけた。


≪おい! 早くしろ! さっさと始末してこっちに……、何をしているんだ!?≫


 マルブの焦った声が聞こえる。

 何があったのかとマルブのいる方を向いたその瞬間、ガミは頭を軽く小突かれたような感覚を覚え、そのまま意識を失った。




「おっしゃあっ!! 成功だ!!」


 一度に使える幻術は一つのみ。

 タイミングを見計らい、自分の姿を隠すように使っていた幻術を解き、敵に幻を見せた。

 ビッグフライを一匹幻術で作りだし、視界の外から本物の一匹に襲わせたのだ。

 ビッグフライはマーマンの脳に鋭い口吻を突き刺し、脳みそを吸い出した。


 そして、厄介だったギルマンはゴブリンたちに相打ちを強要され、纏わりつかれたままゴブリンごとオーガの大槌に薙ぎ払われた。

 残った前衛のマーマンもリビングアーマーと加勢したオーガ、ツインテールキャットの連携の前に斃れる。

 弓兵と魔術師たちも、そうなってしまえば逃げ出すしかない。

 そしてビッグフライに翻弄されたまま、ホムラネコの牙の餌食となった。


「なんだ、案外行けるじゃないか!」


 今回は敵が強かった。

 それでも、ラッティの力を借りずに勝てたのだ。


「そうみたいですね。これなら私も安心です」


「おっ! ラッティか、首尾はどうだった、……って、おい! まさか、どうしたんだよ! その傷は!?」


 洞窟の入口から現れたラッティは、傷だらけだった。

 羽織ったクロークは大小の切り傷が無数に刻まれ、そこかしこに血も滲んでいる。


「いやあ、やられてしまいました……。思っていたより、敵の練度が高かったんですよ。でも、そのほとんどは殺してきました」


 慌ててラッティの方へ駆け、倒れるラッティをすんでのところで支えた。


「シービショップがどうなったかはわかりません。ですが、魔物の国には相当な被害が出たはずです。……私の分で、上手く立ち回ってくださいね」


「いや、おい、待てよ! おかしいだろ!? なんでお前が!! ……あんなに強かったお前が、こんなことに……!」


 納得できなかった。

 なんだかんだ言って、ラッティは頼りになる味方だったから、俺はまだしも気楽さを保って立ち向かえたのだ。


「ま、なるようになりますよ。頑張って! ……では、さようなら」


 ラッティは瞼を落とした。

 そしてコアが強く輝きだす。

 今までにないくらいに強く。


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