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決死の覚悟で


≪第一陣を後退させろ! 第二陣は包囲に穴を開けぬよう注意しろ!≫


 問題のタイミングだ。

 戦闘開始から半刻ほど経った。

 触手の数は随分と減り、したがって包囲も狭まる。


 しかし、前線は入れ替えねばならない。

 触手どもは形状が細長く、動きも素早い。

 となれば、こちらの攻撃は躱されやすく、敵の攻撃は防ぎづらい。

 前線は、他のどの戦場より集中力が必要なのだ。


≪フラメフィス将軍、敵は囮を使うほど脳があるらしい。前線の入れ替えという隙を、そのまま見逃してくれるだろうか? 念のため、シービショップの闘争経路として最も有力である、谷の南西には部隊を多く配置することを具申する≫


 囮と言うのは、先日謎の人間どもに防衛戦力を割かれたことを言っているのだろう。


 谷自体が北東から南西へと伸びている。そして、魔物の国は北にある。

 シービショップにとって、逃げるならば敵のいる北は避け、谷という壁に沿って南西へ進むのが良いはずだ。


≪戦力を偏らせては、包囲を突破される原因とならないだろうか?≫


 グイコの意見はフラメフィスにとって貴重な思案だった。

 しかし、総大将である以上、彼の判断を鵜呑みにしてはいけない。判断は自身がすべきことだと考えた。


≪有り得ることだ。しかし、現状で最も包囲を突破される可能性が高いところこそ、南西方向である。ここは他よりも陣を厚くすべきと愚考する≫


≪ふむ。ではそうしよう。……ダンダイズの部隊はキュイカの部隊の背後に付けと伝えよ!≫


 待機していた伝令が一人、猛スピードで泳ぎだした。


≪戦意の高さが、良い方向へいってくれればいいのだが……≫


 総大将フラメフィスの呟きが、同僚のグイコには痛いほどよくわかった。

 軍団と呼べるほどの巨大なうねり、そもそも自在に動かせるわけがないのだ。

 指揮官にできるのは、せいぜい行き先を提示して、脱線しないよう見張ることくらい。

 高いモラルを持つ魔物の国の兵士でも、部隊単位では勝手がある。

 総指揮官が命令一つ一つに厳密さを持たせていては、軍団は戦士として機能しない。


≪我らは精強だ。仲間を信じよう≫


 今回のように、敵への憎しみが強いままぶつかると脱線が起こりやすい。

 もちろん士気は高いため、勢いはつくのだが、これは勝てる戦いだ。

 勝てる戦いを取り零すのは、得てして脱線が原因となる。


≪被害報告です! 各部隊、損害は三百名以下! 死傷者は総計で二千八百ほどになります!≫


 想定よりは少ない被害だ。

 しかし、不安なときに仲間の被害を聞くというのは、堪えるものだった。




「そろそろ大勢が決しますね。ですが、やはりあそこに突っ込んでいくのは厳しい」


 シービショップ包囲網に穴がない。薄いところはあっても、突入するときに使ってしまっては逃げるときに使えない。

 あまり突入に時間をかけるわけにはいかないのだ。

 敵の上級兵には負けないものの、処理に手間がかかる。

 時間をかければシービショップが逃走しきれないかもしれない。


「では、本山を行きましょう。ええと、なんて言ったかな? 東に声して西を撃つ、じゃなくて……。まあ、いいか」


 ラッティは手遅れになる前に、目的を果たしにいった。




≪やはり、無理に粘ろうとする部隊がちらほらいるようだ≫


 前線部隊の後退に、一部が手間取っているようだった。

 グイコは味方の損害を気にしている。


≪だが、包囲に穴はなく、突破もされずにすみそうだ。討伐自体は成功に終わるだろう≫


 敵に目立った動きは見られない。


≪どうする? シービショップ本体を叩くのは、流れに任せるか? 勇者を集うか?≫


 無数に触手を生み出せる能力だけに目が向けられがちだが、シービショップは本体も相当に厄介な魔物だ。


≪本音を言えば俺自身が戦いに行きたいとは思うが、将たる者、手柄は部下に与えるものだ。今回は、特にな≫



≪残念ですが、手柄は誰の手にも渡りません≫


 そして突如、つんざくような吠え声が戦場の反対側から響いた。

 フラメフィスとグイコ、周りに控える者たちが、吠え声の聞こえた方向を一斉に向く。

 戦場を取り囲む兵士たちも、目の前の戦場から目を背ける。


 彼らは知っている。その吠え声が何を伝えているのか。


「ギャガアアアッ!!!」


 すなわち、血肉を欲する声だ。

 喰ろうてやるから動くなと、まるで音の振動に自身の鼓動がかき消されるような感覚を覚え、その吠え声を聞いた者は動くことができなくなってしまう。


 翼のような前ヒレが、エメラルドブルーに鈍く輝くクジラほどの胴体から生え、野太く長い首から真っ青な背ビレが尾まで逆立つ。その頭には、まさに伝説の火竜もかくやと巨大な角がねじれ巻き、鋭い牙が歪に剥き出ていた。


 クラーケンと並ぶ海の魔王、海竜がそこにいた。




≪いかん! 騎兵隊は戦線から離れさせろ! 海獣たちが暴れだすぞ!≫


≪くそっ、奴め! 血の匂いを嗅ぎつけたか!! しかし一体今までどこに潜んでいた!? 気配など感じもしなかったぞ!≫


 海竜は指揮を執る二人の前に現れた。

 ここには二人の将軍と、伝令、指揮官を守る数名の親衛隊しかいない。


 将軍二人が海竜の前に出る。

 伝令は動けない。親衛隊もだ。海竜の気に充てられている。


≪フラメフィス! 俺が囮になる! 挟み撃ちでいくぞ!≫


≪頼む!≫


 将軍職にまで上り詰めた二人は、配下を鼓舞すべく、その実力を見せつけるように機敏な動きで得物を抜き、前進した。


≪うおおおっ!!≫


 グイコは海竜に対し、得物であるサーベルを隠すような体運びで攻める。

 海竜は図体の割に細かい動きが得意なのだ。

 得物と、それを振るう動作を見せては堅い鱗で受け止められる恐れがあった。


 海竜は囮であるグイコへ視線をやる。

 振るわれたサーベルを前ヒレで斬り払う。


≪むぅんっ!!≫


 そして反対から、首もとを狙ってフラメフィスが魔法で氷の槍を放つ。

 水中でも近距離であれば充分な威力を出せるほど、フラメフィスの魔力は高かった。彼にはその自負があった。

 しかし氷槍は弾かれる。


 海竜はフラメフィスを見ないまま、彼へ三つ又に分かれた長い尾を槍のように突き出した。


≪ぐっ、戦いなれているなっ……!≫


 フラメフィスはサーベルで受ける。海竜の尾は傷つき、血が流れた。

 しかしその時、分かれた尾の一本が、受けとめたサーベルを鞭のように絡め取る。


≪お前たち! いつまでも呆けているな!! 伝令はさっさと行け! 親衛隊は援護しろ!!≫


 フラメフィスは、海竜の尾と引っ張り合いながら部下に檄を飛ばした。


 いつまでも敵に慄いているほど、軟弱なやつらではないだろう?


そう呼びかけるような信頼が籠った将軍の言葉に、ようやく彼らも動き出す。


≪ぬおおおっ!!!≫


 フラメフィスは力づくで海竜の分かたれた尾を千切りきった。

 反動で後進したところを、尾で強打される。


≪ぬぅッ! 親衛隊! 早く来い!≫


 牙、ヒレ、首、角の猛攻を、グイコも必死に受け流す。

 彼が受け切れなくなると、フラメフィスが危ない。

 海竜の全力を一人で引き受けられるなど、いかな将軍でもあり得ない話だ。


≪遅れた分はこれから取り戻します!!≫


 親衛隊は皆、千人長並みの強さを持つ一線級の武人たちだ。

 彼らが一度気を入れれば、持ち直せる。


≪囲め! 部位ごとに一人ずつ海竜の攻撃を押さえろ! あとは総大将がなんとかしてくれる!≫


 そして討伐が始まる。


 首を振るえば体当たりで止められ、牙も角も抑えられる。

 ヒレは三人がかり。尾は常に掴まれ、思うままに振るうのも難しくなっていく。


「ギャグググッ!!」


 海竜はのた打ち回るように全身を回転させ、羽虫のように纏わりつくマーマンどもを吹き飛ばした。


「ゴオォ、カアァア……!!」


 海竜が深く息を吐き出すように吠える。

 そして海竜の左右に、深海には強烈な光が現れた。

 光が走り、円形立体の魔法陣が完成する。


≪止めるぞオオッ……!!≫


 気を失っていたフラメフィスが戦線に復帰し、猛スピードで海竜に迫る。


 真正面から突撃し、同時に魔法陣が弾ける。

 立体魔法陣から、無数の光線が全方位に放たれた。


≪ギャアアァアアッ!!!≫


 親衛隊の数名に光線が刺さり、その体が溶けた。


 光線は近場だけを襲ったわけではない。

 谷を囲む軍団のそこかしこに穴を開け、谷を斬り崩し、一瞬で戦場を融解、凍結させた。


 そして、数条はフラメフィスも襲う。


≪その首斬り落とすぞおおおッ!!!≫


 フラメフィスは光線を超常的な勘で掻い潜り、海竜の首もとへたどり着いた。


≪はああっ!!≫


そして真横に一閃。


≪なっ!?≫


 サーベルは水中を掻いた。

 海竜が忽然と姿を消したのだ。

 フラメフィスは海竜の姿を探す。


「これだから騙し打ちというやつはやめられない……」


 右を見、左を見、上を見上げようとしてフラメフィスは真下から貫かれた。



≪がほっ≫


 フラメフィスの口元から空気が漏れる。

 その体が一度、二度と大きく震え、二つに引き裂かれて動きを止めた。


≪フラメフィス!!!≫

≪将軍!!≫


 光線の魔術から生き残ったグイコや親衛隊から、悲鳴のような呼び声があがる。


≪まあ、騙し打ちというよりは、あの姿を保てなくなって結果的に不意を衝けただけなんですけどね……≫


 ラッティの持つ三つ又の槍は、一か所折れて二股になっていた。

 全身に細かい切り傷や打撲を受けていて、左腕は骨折までしていた。


≪……お前かっ! 絶対に逃がすな!! 殺しても構わんぞ!!≫


 グイコの命令により、殺意が飛ぶ。


≪これは厳しい。ここからでは、もう勝てませんね。でもあと一仕事残ってるんです……≫


 ラッティは背を向けて逃げ出す。

 シービショップの安否こそどうでもよくなっていたのだが、一つだけやりきらなければならないことがある。


≪死ぬならば、ダンジョンの中で死ななければいけません≫


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