新しき日々
子育て奮闘記?でもクリス嬢はいい子です。
発熱していた子供を医者に診せ、やったことのない看病の手順を教わった。
子を持つ宿屋の夫妻にも大変世話になった。
数日後目覚めた子供は親の死を覚えていなかった。
教えるべきかと思ったが、医者が止めた。精神を守る防衛反応かもしれないので、今は真実は伝えるな、とのことだった。
ならば親がいないことをどう伝えるべきかと悩んだが、宿屋の夫妻が勝手に話していた。
どうやら俺は急いで遠国の仕事場に行かなければならない子供の両親に、帰ってくるまで面倒を頼まれた知人、と子供に認識されたらしい。
クリスです、よろしくお願いします、と頭を下げられた。
体力が戻るまでは、とさらに数日を宿で過ごした。
2日程はおとなしくベッドに横になっていたが、本来活発に動き回る性質だったらしい。許可を出すとすぐに宿の中や周りを歩き始めた。
また、出かけようとすると何をしていてもついてこようとした。
宿の子供らと遊んでいても、だ。
「道具屋に行くだけだ。すぐ戻る。」
「じゃまでなければ行きたいです。」
クリスを邪魔になど思うはずもなく、そう言われてしまえば断ることもできない。
宿の子供らは不満そうな顔をしていたが、夫妻の方は微笑ましいものでも見ているかのように送り出してくるのが常だった。
そうやって常に傍にいるようになれば、クリスはなかなか面白い生き物のように思えてくる。
手足が短いためついてくるのに必死になるが、それはそれで楽しそうでもある。
自分にとってはなんでもないものでも、クリスには珍しいのか、時折目を輝かせている。
ちらちらとこちらを気にするので問いかけてやれば、何でもないと言いつつ嬉しそうに笑う。
クリスが笑顔でいることで自分も気分がよくなることに気付いたため、なんとなく頭をなでてやると、頬を染め照れくさそうにして又笑った。
「何か欲しいものがあるなら言うといい。」
道具屋についても珍しそうにあたりを見回しているクリスに言うと、目を瞬かせてから頷いた。
それからさらに一つ一つをよく見ていたようだが、その日は特に何も言ってはこなかった。
一番長く見ていたブローチを買ってやろうかと問いかけたが、首を横に振った。
クリスが宿屋の妻子とともに風呂に入っている間、主人と話すことも多くなった。
クリスの事情を知っている夫妻は、なれない世話に四苦八苦する様子に手を差し伸べてくれる。
とても助かっていた。
今日もクリスの様子を話すと、頷きながら応えてくれた。
「遠慮してるのかもしれんな。もちろん本当に欲しいと思わなかったのかもしれんし。それはもう少し様子を見てもいいだろう。」
「そうか。」
「クリス嬢はいい子だからな。しっかり見てやらんと、飲み込むことも多そうだ。まぁ、あんたを見てりゃ、大丈夫そうな気もするが。」
「いい子だと、我慢をするのか?」
「そりゃそうだ。今日だってあんたに迷惑をかけないように、とついて行くのにも伺いをたててたろう?ウチの餓鬼どもなら、行きたいと思えば駄目だといってもダダをこねるね。逆に行きたくないところには柱にしがみついて嫌がるが。」
「・・・・想像ができん。」
「だからクリス嬢はいい子なのさ。・・・よっぽどしっかりした親だったんだろうよ。」
苦味の走る表情で主人が言うが、それに応える言葉はない。しっかりと巻きつけられた腕は、確かに大事にしていたのではないかとは思うが・・・・。
「あー!とーちゃんずるい!わたしも食べたい!!」
風呂から上がってきた宿の子が、テーブルに置かれたつまみを見て声を上げる。どうやら子供の好物らしい。
そのまま突進してきたかと思うと、主人の膝に飛び乗った。
「ぐえっ!」
「いっただっきまーす!」
「こら!お客の前でみっともない!」
「かまわない。クリスが世話になった。」
もう一人の子供を抱き、クリスと共に来た夫人に礼を言って椅子をすすめると、頭を下げつつ座った。抱いていた子供はそのまま膝に座らせる。
クリスがそれを見つつ椅子を増やそうとするので、もしやと思いついて呼びとめた。
「クリス。」
「はい。」
「くるか?」
「!」
体をずらして膝を示すと、目を見開いて固まる。
間違えたかと思い主人を見ると、親指を立てられたので間違いではないようだ。
そのままじっと待っていると、おずおずと近づいてきた。
「・・・・。」
「・・・・。」
あと一歩というところで踏み出せないようなので、手を差し伸べてやる。
「おいで。」
「・・・・・。」
小さな手が重なり、心地よい重みを受けた。
その後のはにかんだ、けれどもとても嬉しそうな笑顔に、いつでもやってやろうと思ったのだ。
ばっきゅんばっきゅんハートを射抜かれている様子が伝わればいいと思います!