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【競作】One フォア おぅる

作者: 鳴瀬銀悟

 第九回競作イベント、夏のファンタジックホラー祭り開催中!

 本作は競作『起承転結』の『転』であります!

 今回のテーマは『花火』です。この作品は自分の中でのホラーを強調しております。

 また、企画には起承転結と銘打たれていますが、私の作品は連作ではなく曖昧なつながりのみ意識しておりますので単独でお楽しみいただけます。

「打ち上げ花火って要は爆弾だよね」

 と、いつかそんな暴言を吐いた亡き友人が、実は爆殺されていたのだと気付いたのは、初めて彼女に出会った瞬間だった。


 ▼▼▼▼


「……ん」

 意識が飛んでいたことにふと気づく。

 目の前をごうごうとしぶきを上げる滝が流れていた。耳慣れたその音がやけに大きく、つい"あの音"に聞こえてしまって俺は飛び上がって驚いた。

 全身から吹き出す汗を拭って、つばを三回も飲み込んでそれが勘違いだとわかるまであたりを警戒したが、どうやら杞憂だったようだ。

(アイツはいない。いるわけがない!)

 人に聞かせられないぐらい情けない声を上げたが、ここは人の寄り付かない山奥の、それも獣の遠吠えすら聞こえない深夜のことだ。誰も聞いてはいないだろう。

 俺はその後もしばらくほとりに呆然と佇んだ。

 水滴は浴びてはいないが、夜の水場はひたすら寒い。凍てついた身体をさすって熱を戻そうとする。だが、そもそもろくなものを食べていないせいで根本的な熱量が足りていなかった。

 揺れる水面を鏡に自分の姿を見つめると、そこには疲れきった男が映る。やはり以前とは別人のようだった。頬は痩け、眼の下には隈ができ、実年齢の何倍も老けて見えるみたいだ。

 今の季節はもう秋に差し掛かろうという九月末。

 そんな時期に世間体だとか風評だとか、そういうもの一切をかなぐり捨てて、俺は既にふた月以上もの間、山篭りをしていた。

 死ぬほど辛い生活だった。なんで俺がこんなことに、と思わない日はなかった。命を脅かされていなければこんなこと絶対にやらない。

 だが、それもあと少しなのだ。立てた仮説が正しければ、色んな意味で本当にあと少しのはずだ。

 あともう何日か耐えれば、この地獄のような生活からオサラバできる。それは俺にとっては唯一の希望といっていい。

 だが、その仮説がもし間違っていたら、そのときは――

「あと少しで終わるんだ!」

 空きっ腹に忍び寄る不安を払おうと、水面に映る自分に言い聞かせてみたがまるで拭えるものではなかった。

 そんなときだ――


「なにがあと少しなんですか?」


 背後から不意に掛けられた声。

 心臓を掴まれたかのように全身が凍りついて思考が止まった。

 誰もいるはずがないと思っていた。それにこんな山奥だ、偶然で誰かに出会う場所では断じてない。

 だから、ここにいるのは俺を追ってきた、誰かにほかならないわけで――

 俺はゆっくりと声の方へと振り向いて……、――なにもない。

「え? ……ははぁ」

 姿が見えないことに一瞬だけ驚いて、すぐに幻聴かと思い直した。

 いよいよ疲労が末期的なところまでやってきたらしい。自覚している不調に異常が伴ってきただけで、なにも驚くことはなかった。

「隣、座りますね」

「ウワァアアアアーーーッッ!?」

 油断しきっていたところだったから今度は魂が抜けたかと思うぐらいびっくりした。

 俺は声の主から飛び退って距離を取ろうとして、石に足を滑らせる。

「わっ!」

 思い切り後頭部を打った。星が空に瞬いていた。

「えっと、……大丈夫ですか」

 二段構えにするとか卑怯としか言えない。

 回る視界の中で声の主が近づいてくる。そんなの……アイツしかいない。

 くそ、くそ……こんなところで――

「――っ! ふざけんな、ここまできて死ねるか!」

 俺は体を起こすと迷わず水の中へ飛び込んだ。結果から言うと馬鹿だった。

 滝の水辺は考えていたよりずっと深かった。一瞬で息を使い果たし、酸素を求めて水面を目指す。足を着こうとして水を掻く感触しか返って来ない。突き刺さるほど冷たい水が瞬く間に服に染みこみ、動きが取れなくなる。それでも遮二無二に手足を動かし、なんとか足裏に水底の感触を得た。

 そして、俺はその安全地帯からその白い着物の女を眺めて――

「アレ? ひの子じゃない?」

 その勘違いに気づいたのだ。


 ▼▼▲▲


「本当に失礼な人ですよね。ひとを見るなり水の中に逃げ込むだなんて、カエルではないですか。わー、想像したら気持ち悪い。嫌いなんですよ、カエル。反省してください」

 彼女は水から上がった俺を容赦なく罵った。

 ぐっしょりと濡れた服の袖を絞りながら、ついでに言葉も絞りだす。

「面目次第もございません」

「もっと反省してください」

「あ、はい」

「本当に反省してますか? 言っておきますけどわたし、こころには敏感ですよ」

「……はい」

 驚かされたのは俺で、それがなければ濡れることもなかったのだが、彼女の雰囲気に押されて殊勝な態度をとってしまう。というより久しぶりの会話に、ペースを見つけられなかったというのが大きい。

 彼女はひとしきり人を罵ったあと、囁くような声で漏らす。

「まあ、いきなり声を掛けたわたしも悪かったですけど」

「ですよねー」

「そこ、うるさいですよ」

「はい……」

 なんにしても俺は反省などできなかった。

 なにせ一ヶ月ぶりだ。ただ罵られているだけだとしても誰かとコミュニケーションが図られているだけで、それなりに嬉しくなってしまったからだ。

 それに気づいているのか、まだなにか言いたげな目でこちらを見ていたが、彼女は咳払いをして言った。

「それで、なにがあと少しなんですか?」

「へ?」

「先ほど独りでブツブツと言っていたではないですか、これで終わりだとかなんとか。わたしはそれが気になって出てきたんですよ」

「あ、あぁ……」

 確かに端から聞いているだけでは意味が分かるはずもないだろう。

「終わりって言ったのは、山篭りが終わりって意味だ」

「どうして山篭りなんて?」

「それは……」

 俺の一ヶ月とちょっとを一言では言い切ることはできない。今、語りだせば長い話をすることになる。

 語ってもいいという気持ちもある一方、鼻で笑われて終わりそうな気もする。俺自身、自分のやっていることを奇行だと思っているからなおさらだ。相手は見ず知らずの、それもこんな夜中に山奥に来るような不審な人物なのだ。もちろん怪しさに関しては人のことを言えた義理ではないが。

「ごめん、先にきみのことを聞いてもいいか?」

「質問を質問で返すのも失礼ですけど……まあ、構いませんよ」

「どうしてこんなところにいるんだ? それに、その格好は……?」

 俺は改めて彼女を見る。

 歳は二十代の半ばぐらい。長い髪はまとめられていてかんざしを挿している。それに合わせての柄のない白い着物に赤い帯で、履物は下駄だ。街中でなら似合っていると言えなくもないが、生憎と場所が違いすぎる。

「さっき言いませんでしたか? 不審者がいたから気になって出てきたって」

「いや、それは聞いたが、答えになってないだろう」

「だから化けて出てきたということですよ。わたし、幽霊ですから。昔、この近所で死んだんです」

「は?」

「ほら、水場ですし。まあそろそろ夏も終わりなので一度還ろうかと思っていたところであなたを見かけたというわけです」

 目が点になるのを自覚する。

 反射的にふらふらっと彼女に伸ばした手が、その実体を掴めずに行き場をなくして空を掻いた。

「婦女子に無断で手を伸ばすなんて、どこまで失礼を重ねるつもりなのですか?」

 俺の手を払えない代わりに彼女はひょいっとその範囲から逃れる。

「あ、あぁ。ごめん……」

 現実感がなさすぎて呆然としてしまった。

 なおも事実を受け入れない俺に彼女は目を伏せて言った。

「信じられないのも無理はないでしょうけど……わたしにとっても、返事が返ってくるなんて誤算でしたもの」

「えっと、それはどういう」

「それはあなた、霊感が強いのではないですか」

「それは……分からない。幽霊だったら、そういうの分かるものなのか? 相手が霊感を持っているとか」

 子供の頃は幽霊なんてまったく見たことはなかった。だが、アイツに見つけられて以来、そういう力が高まっているのかもしれない。

 そういえばもしもの話だが、彼女が幽霊だというならアイツとの関わりがあるのかもしれない。と疑ったがさすがにそれはあり得ないか。

「だから言ったじゃないですか、誤算でしたと。そういった能力を持っている方に察知された気配は分かりますが、こちらを気にかけてもいない人に対しては試してみないとさっぱり分かりませんよ」

「ふーん、そういうもんか……あれ? じゃあ、俺に声を掛けたのって気まぐれ?」

 声を掛けても俺が反応しないだろうと彼女が踏んでいたなら、まるっきり意味のない行動のはずだ。

 すると彼女はふてくされたようにそっぽを向いて言った。

「それは暗示というか、実際には聞こえてなくても答えてくれたりすることがたまーにあるというか……うー、なんでもいいでしょう、あなたは聞こえて見えているようなんですから。それより話を戻します。教えて下さるの? 下さらないの?」

 そんな彼女の態度にふと微笑ましい気持ちが沸き起こってきて、その感情を不思議に思う。二ヶ月もの間、笑ったりする余裕がまったくなかったんだとそれで気づいて、やっぱりほっこりしてしまう。

「話してもいいよ。ただ、愉快な話じゃないし、それでも聞きたいならだけど」

 アイツのことを考えれば幽霊に良いイメージなんて持ちようがなかったが、彼女が善玉か悪玉か、そういうことを考える前にこんな気分にさせてくれたお礼をしたいと思った。

 それに、この幽霊だという彼女はなぜだか信用できる気がしたのだ。

「あなたの様子を見ているだけでも危険な香りがすることぐらい分かります。分かった上で声を掛けたんですよ」

「分かった、ならいいさ。

 ――実は俺さ、花火の幽霊に付け狙われているんだよね、今このときも」


 ▼▼▲▼▲▲▼


 ことの起こりは数年前にあった事故だった。

 あの日は俺と友人のカズ、そしてひの子という女を連れて三人で花火大会を見に行った。そのとき打ち上げる装置に異常があって、ある一発の玉の半分以上が炸裂せずに塊となって落ちてきた。それが不運にも頭に当たってヒノ子は死んでしまったのだ。

「雑踏の中で、その子にだけ当たったんですか。それは、なんというか……」

「ああ、運がなかったんだろ」

「運がない……って、それはそうですが言い方が少し冷たいですね」

「かなり昔のことだしな。今はもう、過去でしかない」

「……そう、ですか」

 当時は色々と思い悩んだが、今となってはそんなこともあったというドライな感傷しかない。

 ただ事故以来、カズは祭りを嫌いになった。それで毎年のように行っていた花火大会も何年間もの間は行かなくなっていた。

「だけど今年は、行ったんだよ」

 そう、そこで出会ったのだ。

 ひの子の亡霊に――

「なんか、本格的な怪談話ですね。幽霊のわたしが言うのもなんですが」

「俺にとっては"友人から聞いた話"には当たらないんだけどな……そして、カズが死んだ」

「え?」

 火事だった。

 亡霊を見た数日後、いつものように奴の家に行くと真っ赤な炎に包まれていた。カズは逃げ出してないようで、俺は何も考えずに炎の渦に飛び込んだ。そして黒焦げになったその死体まで見てしまった。

「火事の中に飛び込むだなんて、想像以上の馬鹿だったみたいですね」

「それは言うな」

 自分でも悩ましく思っているが、俺は頭に血が上ると後先を考えない性格なのだ。

 カズは俺より頭が良くて性格もいいやつだった。ただいちいちやることが派手で面倒だったから奴の人生を羨ましいとも思わなかったが、死んでいい奴ではなかった。

「もともと祭りごとにあまり関心がないやつで、事故以来ことあるごとにそういった催しを口汚く批判してた。悪いやつじゃないんだが、恨みを買うタイプではあったかな。それがよくなかった。だから真っ先に狙われたんだ」

「狙われた?」

「ああ、カズはひの子の亡霊に殺されたんだ」

 出会った亡霊は常に火花を散らしていた。まるで花火の化身みたいな姿だった。

「亡霊は、次に俺の家を焼いた。俺は逃げたが、亡霊は追ってきて近くにあった田んぼに転がり込んだところで消えた。それで亡霊が水は苦手だと分かった」

「田んぼの水、ですか……」

「うん。花火大会で死んだ人間の幽霊だから、炎で水が苦手。ありそうな話だろう?」

「分からないではないですが……」

「俺には帰る家がなくなってしまったから、この山の近くにある小屋に寝泊まりしているんだ。こうして滝っていう水辺も近くあることだしな」

 そうして、この山暮らしが始まったのだ。準備をする時間もなかったから最低限の装備だけ整えてすぐにやってきた。長持ちするような食べ物はかさばるので多くは持ってこれなかった。それからは死に物狂いで生きてきた。山は豊かだと人は言うが、知識も何もない人間にとっては生きていくのにひたすら不自由な場所でしかなかった。

「唯一の希望は、あの亡霊が期限付きであることだ」

「期限? しばらくするといなくなると?」

「そうだ。だってひの子が死んでから何年も化けて出なかったのに、今年に限って出たのは俺達が花火大会に行ったからだ。そんな花火大会の亡霊なんだから、当然シーズンが終われば消える」

「だけどそれは……」

 彼女が言いよどむが、俺にはその口にしなかった言葉も嫌というほど分かっている。

 これは希望的観測だ。俺がそうであってほしいと望んでいるだけの妄想だ。だから不安が忍び寄ってきて俺を容赦なく押しつぶそうとする。過酷な山暮らしよりもっと俺を圧迫し続けたのはそのことだ。

「ま、あと少しっていうのはそういうことさ。あと少しで色々と終わる。十月までロングランでやってる花火大会があるのかは知らないが、ともかく俺は山を降りるし、ひの子が現れるかどうかも決まる」

 これ以上の時間を山の中で過ごすのが耐えられないというのももちろんあったが些細なことだ。俺の中の悲壮な決意のほとんどは命が惜しいということなのだから。

 彼女は押し黙ったままでいた。しばらくして、つぶやくように漏らす。

「恨んでいたんでしょうか、そのひの子さんは」

「……じゃなかったらこんなことしないだろう」

 俺にとってひの子はすでに憎むべき敵だ。人間だった頃は親しくしてやっていたが、死んでまで迷惑をかける女の胸中などわずかでも分かってやりたいとも思わなかった。

「それにしたって逆恨みだ。俺は、俺達にはアイツに何の責任もないし、なのにこの仕打ちを返す奴なんだからな。恩を仇で返すってのはまさにこのことさ」

 あの頃からアイツは嫌なやつで、……、……正直あまり良く覚えていないが、良い印象は一切なかった。なぜだか記憶が曖昧だ。まあ、俺は嫌なことは忘れる性質だからさっさと忘れたもののひとつなのだろう。カズの友人だったから仕方なく付き合っていたようなものだったはずだし、印象が薄くて当然か。

「同じ死者でもきみとは雲泥の差だな」

 月とスッポン。白と黒だ。

 カズの死には今でも腹が立つ。

 もし、もしも、力が及ぶとしたら、もう一度――


「ですが、それはヘンです」


 ▼▲▼▲▼▲


「え?」

 不意の一撃だった。

「ヘンですよ、やっぱり」

 どうしてか思考を一刀で断ち切られた気がした。

「……どこが、ヘンだって言うんだ」

「一番気になるのは亡霊に火を点ける力があったかということです」

 彼女は指を立てて説明を始めた。

「まず、前提として夏には火事が発生しづらいんですよ。湿気がありますし、暖房に火を使わないからなんですが、それだけで冬と比べると二倍近く発生件数に差が付きます」

「それは、知っているが、……亡霊が放火したようなもんなんだから関係ないだろう」

「いいえ。さっきの話を聞く限り、わたしはそのひの子さんが直接火を起こしたとは思えないんです」

「なぜだ」

 理由は分からないが俺の声は震えていた。

「だって、家を一軒燃やせる力があるのだとしたらあなたが逃げ込んだという田んぼなんて簡単に焼き払ってしまえるでしょう?」

「…………」

 確かに、理屈が通っている。が、

「だからそれは、場所によるんじゃ、ないのか。ほら、水の近くでは力が出せないとか」

 俺の言葉に、彼女は顔を曇らせる。

 俺は見たままを言っているんだ。そこにどういう理屈があろうが事実が真実なんだ。そもそも復讐に燃える亡霊など理屈で測れる手合いではないだろう。

 だが、彼女は言葉に困っていたわけではなかった。

「……言い難いんですけど、二ヶ月とちょっと前といえば七月の中旬ぐらいですよね、水田は中干しの時期ではないですか?」

「中干し……」

 それも知っている。稲の栽培において、土が干からびて割れるほど乾燥させる時期のことだ。乾ききったところに茂る稲が気になって聞いたことがあった。

 その時期は田んぼに水など一滴もない。

「あれは一週間もやらないって聞いたぞ。俺が見た田んぼが湿っててもおかしくはないだろ」

「そうですね。不思議ではない……ですが、その前の友人の家を燃やしたのが亡霊だったというのは嘘でしょう」

「なに、を……」

「あるいは妄想か勘違いか、そうでないならあなたが盛った話ということで片付けてしまいます」

 ちょっと待て。ちょっと待てよ。

「何を根拠にそんなことを言うってんだ!!」

 思わず上げた声は自分でも驚くほど大きかった。俺でも自分の声に怯んだというのに彼女はまるで動じず、こちらを鏡のような目で見つめていた。

 彼女の顔色が、分からない。

 いや、顔色どころか、顔が分からない……顔が、ない?

「根拠ならあります。なぜ火災で死んだというカズさんは逃げられなかったんですか? なぜ火の手が回っているのにあなたは中に飛び込んで無傷で出られたんですか? なぜ黒焦げた死体をカズさんだと思ったんですか? なぜカズさんはそんなに早く黒焦げたんでしょうか。人体は水でできています。とても燃えにくいんですよ?」

「一瞬で家を焼かれたから逃げられなかったんだ! 無傷じゃない、二ヶ月で治ったんだ! 親友の死体ぐらい分かるに決まってるだろ! 煤で汚れてそう見えただけだ!」

 なんなんだ。

 恐ろしくなってきた。いや、その感想は今さらすぎる。まるで毒蛇の牙をその口の中で冷静に観察しているような気分だ。突き立てられてもう毒が回っている、ような。

「仮にです。亡霊に高熱を引き起こす力があったとしましょう。しかし、それだけでは建物を炎上させられない。そもそも、どうやって着火したんでしょうか。火と熱は程度が違います。だとするとマッチでも擦ったんですかね。箱から取り出して? 専門家のポルターガイストにだってそんな芸当難しいでしょう」

「火を、起こす手段、は直接発火させる、以外にも色々、あるだろう……レンズ、みたいな反射、物を通し、て光を集、めたって、燃え上、がるじゃ、ないか……」

「夏だとそれもないのですよ。太陽が近くて斜めになる冬の朝型や夕暮れ時にしか収斂発火は起こらない」

 それも聞いたことがあった。

 俺が知っているのは調べたのだから当然だ。どうやって火を起こすか。防災なんて裏を返せば火の点け方にすぎないんだから。

 だが、彼女はなぜそんな知識を持っている? ……こちらの知識を参照しているのか?

 では、彼女は、誰だ?

 彼女は形を成していない。影だった。

「いいですか、亡霊はいないのです。あなたのついた嘘なのです」

 嘘だと、なにか不都合があるのかよ。

「ありますよ。ようやく分かったのですよ。いいえ、分かってしまいました。目が覚めたというのでしょうか、わたしが誰で、なんなのか、その意味を。だからあなたにも目を覚ましてもらう必要があるのですよ」

「…………」

 頭の裏側に電流が流れている。

 ひどくイタイ。だからやめろよ。

 とんでもない頭痛を引き起こしている。引き起こし続けている。バラバラになりそうな痛みが、バラバラな体じゃないものをくっつけようとしている。

 なにを? 知らないよ。

「最後の自問です」

 自問。

「なぜ山に来たのです?」

 それは。分からない。

 一体、なぜだったかな。知るわけない。

  あなたは命を脅かされてなどいない。

  うるさいやめろ。俺を暴くな。

  あなたは殺されることを恐れて山に逃げ込んだわけではない。

  黙れ、黙れ、黙れ。その口を閉ざせ。

  罰を受ける時期がきたんです。

  理解している知ったことか。

  さあ、もとに戻りなさい。

  あなたはうるさいいつもだまれひとりだ。

  ……

  …………

  ………………

  最初からひとりしかいなかった。

  そういうことだったんだな。

  よく克服した。それでこそ俺ですよ。


 ▲▲▲▲


 ことの顛末を説明いたしましょう。

 それから俺は山を降りました。

 心の中はぐちゃぐちゃでしたが、整理をつけるためにも誰かに診てもらう必要があったのです。

 罪を償うためにも俺は元に戻らなければならない。

 途中で母さんと出会ったが、俺は彼女が誰だったかようやく気づいた。

 そう、本当は初めから気づいていましたが、俺はずっと知らないふりをしていたのです。

 家遊びの花火でひの子を死なせて、カズとふたりで隠しました。

 それで半分が壊れていたようです。

 しばらくしてカズとも争って、殺して火を点けました。

 それで半分は完全に分かれたようです。

 あとは残りの半分の自分が、足りないものを補うために嘘をつきました。

 あらゆることに嘘をつきました。

 亡霊は嘘。幽霊は嘘。

 山に篭った二ヶ月と少しだけが本当だった。

 残りは一つ残らず嘘だった。

 それは罪です。

 償うべきです。

 この気持ちがあれば大丈夫。俺はひとつになりました。


 理解できないという嫌な感覚を味わっていただければ幸い。目が滑ってしまったらこちらの不手際、そして敗北といったところです。

 かなり苦戦しまして、投稿開始から三日経ってようやく書き上げられました。

 その甲斐あって、ファンタジックホラーというものに真正面から挑めた気がします。

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[一言]  火の怪異に追われたある男と、真実を暴いた幽霊…全くの想像すらしていなかった結末と展開に狐に摘まれたような感覚に陥りました。本当と嘘の中に隠された『本当』の真実…素晴らしい発想とストーリーで…
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