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ラン・アンド・ガン  作者: 魔桜
shoot 01~cowboy meets little girl~
4/8

act:04-empty family

 ヘルヴァンは自身の本名すら忘れていた。

 長時間どっぷりとVRMMOの世界に浸かっているがために、ヘルヴァンという人格が魂にまで根付いている。そのぐらい、《RAG》は現実的で中毒性がある。

 そしてもう一つ。

 日常生活を送っている内に、名前を呼称されることがないからだ。学校では同級生はおろか先生にまで、幽霊扱いされている。いつも机に突っ伏して、時間が無為に経過するのをただ待っているだけだった。

 そして、この自分の家ですら、ヘルヴァンの名を声に発する人間などいない。

「お前、何やってんの?」

 そうそう。お前だとか、おい、だとかモノ扱いだ。

 人権というものがヘルヴァンには存在しない。

「邪魔だっーつぅーの!」

「ぶっ!」

 階段で思索に耽っていたヘルヴァンの尻を、容赦なく蹴り上げたのは姉。

 ゴロゴロと開脚前転して、ゴキっと首が折れそうになりながら、視界は回転する。腰を強打して、肺は潰れそう。

 生まれたての小鹿のように足をガクガクさせながら、なんとか立ち上がる。あば、あばばば、と口の中で転がすと、

「殺す気か!?」

「え? そうだけど」

「あっさり認めんな!!」

「ほう。この私に命令口調とはいい度胸だな」

「すいません。ほんと、アイアンクローだけは勘弁してください」

 メキメキッと、握力だけで林檎を握りつぶすことのできる姉に、今だけは謝罪しておく。後後仕返しをしてやるつもりだが、今だけは許してやろう。

 復讐の手段を頭の中で巡らせていると、いつの間にかヘルヴァンの顔が歪んでいた。

「ニヤニヤすんな。気っ――持ち悪いな。このドМやろう」

「…………」

「うわっ、黙んな。キメェな」

「……悪くないな」

「死ね!」

 肩をいからせながら、ズシンズシンと象のように足音を立たせる。矮小なる存在であるヘルヴァンは、蜘蛛の子を散らすように、一目散に逃げる。触らぬ神に祟りなしだ。少しばかりユニーク混じりにふざけただけだというのに。

 ヘルヴァンには分からなかった。

 姉とどうやって接するのが一番最適なのかということが。

 だから、いつだってふざけることしかできなかった。姉は怒ることが趣味であるかのように、家ではストレス発散をしていた。だから、ヘルヴァンにできることといえば、その捌け口になるということ。

 だから、敢えて叱られるような行動ばかりとるようにしている。蔑まれるように、見下されるように、道化を演じる。

 そうすることでしか、コミュニケーションの取り方を知らなかった。

「また……か」

 逃げた先にあった、いつも食事をとるテーブルに置いてあったのはコンビニ弁当だった。側には『あたためてください』と書かれていた置き手紙。そんな、それだけの素っ気ないただの文字。気持ちの入っていないのが伝わってくる。

 それも当然。

 以前話したのはいつぐらいだっただろうかとか、どんな会話をしたのだろうかということも、ヘルヴァンの記憶にはない。

 父親はもういない。

 母親は二人の子どもを養うために仕事をしている。仮に言葉を交わしたとしても、つまらない口喧嘩をするだけだ。だったら、最初から交流の一切をしなければいい。

 友達。

 家族。

 絆。

 そんなものは、ヘルヴァンにとってはちっぽけだ。空虚なものだ。それこそ、二次元のように実体のないように思える。


 ヘルヴァンにとって、現実とは《RAG》であり、幻想とはこちらの世界のことだった。

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