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大沼幸二  作者: しろクロ
5/6

再び

厚い雲に覆われた空。

陽が陰り、薄暗い。

地上から熱が逃げず、寒さを感じないのが、唯一の救いだろう。

西武ドームには、今日もたくさんの人が集まっていた。

その中に信也も含まれている。

来たのは、まだ2回目。

でも、前からずっと来ていたのでないか。

そんな錯覚さえ生まれる。

今日は、勝てるかな?

期待と不安が入り混じる。

昨日と同じ席に通されて、準備万端。

熱戦の火ぶたが落とされようとしていた。


試合は、一進一退の攻防を繰り返す。

互いに譲らない展開は、試合終盤までもつれ込む。


『昨日と同じ様な試合展開になってきました。

首位攻防の天王山は、9回表。

この回の頭から上がった小野寺がピンチを招いています。

得点は、2ー1で西武がリード。

ランナーは、2塁に長谷川、一塁に松田がいます。

アウトカウントは、まだ増えていません。

バッターは、田上。

ノーツーから、ピッチャー投げました。

あーと、変化球が抜け、バッターに当たりました。

デットボール。

小野寺、帽子をとって謝ります。

田上は、一塁へ歩き全ての塁が埋まりました。

ここで……ピッチングコーチ、そして渡辺監督が出てきました。

ピッチャー交代のようです。

小野寺、マウンドを降ります。

ピッチャーは、誰でしょうか?

………。

あぁ、大沼幸二が出てきましたね。

昨日に引き続き、連投になります。

試合は、9回表ノーアウト満塁。

点差は、3対2。

埼玉西武ライオンズが一点のリードです。




『ピッチャー小野寺に代わりまして大沼』


アナウンスの声が球場内に響く。

だが、その反応は、決して芳しくなかった。

西武ファンからは、戸惑いや不安、心配そうな声が漏れ、対称的にソフトバンクファンからは、拍手がおきる。

異様な風景。

西武ファンは、嫌でも昨日の試合の記憶が蘇る。

インプットされた情報。

打たれた。

負けた。

首位陥落。

マイナス情報が波のように押し寄せる。

誰もが、再びおきる失敗を恐れた。

信也も決して例外では、ない。

むしろ、当然の反応といえる。

だが、そんな雰囲気に囚われない人間がいた。

グラウンド上。

それは、張本人。

大沼幸二だった。

本来なら、一番影響を受けるだろう人物。

なのに、その顔は、一点の曇りもなかった。

なんで?

信也は、何回抱いたか忘れた疑問を再び心に宿す。

どうして?

信也は、何回抱いたか忘れた戸惑いを再び心から呼び出す。

答えが………欲しい。

「上条信也君ですか?」

ふと、声が後ろから飛んで来た。

グラウンドから視線を外し、声の元に振り向く。

そこには、以前に大沼さんを呼んでいた正装姿の裏方さんらしき人が立っていた。

「そうです」

そう答えると、少し安心した表情を浮かべた。

「信也君、これ大沼さんから預かってたんだよ、はい」

明るめな口調で言いながら、手渡された。

手紙だ。

達筆な文字で、『上条信也君へ』『大沼幸二より』と書いてある。

「大沼さんが登板したら、渡してくれって頼まれたんだ」

予想外のイベントに少し戸惑う。

だが、中を見たい。

丁寧に止められたシールを剥がす。

中の紙をゆるやかに滑らせ、両手に落とす。

信也は、羅列された文章に目を通した。



『ピッチャー大沼、バッター本多に対して、投げました。

インローストライク!』


「信也君へ。手紙で悪いんだけど、君に伝えたい事がある。」


『二球目、アウトローボール』


「確かに、人間ミスするのは、怖い」


『三球目、フォーク振らせた。

ストライク2ー1。』


「でもそれは、決して悪い事じゃないんだよ。」


『四球目、インコースストライク!

本多、ストレートに手が出ません。

状況は、ワンアウトランナー満塁に変わります』


「人間生きていれば、誰だってミスするんだ。」


『代わって入った川崎に初球。

アウトコーススライダーボール』


「それにミスはね、むしろどんどんやった方がいいよ」


『二球目、ストライク』


「一度転んだ人間は、もう一度転ばないように気をつけて歩ける。

人は、傷つけ、傷つけられる事で、痛みを知り、優しくなれる。」


『三球目、打ってファール。

バックネットにあたりました』


「過去、現在、未来。

決して無駄なミスはない。」


『四球目、内角打ってファール。

カウント変わらず、2ー1』


「失敗や挫折は、人は成長させるための大切なエピソードなのだから」


『五球目、バッター空振り三振。

ツーアウト。

あと、一人になりました。』


「下を向いてばかりで、御天道様を拝めなかったら、もったいないだろう。

だから、上を向いて歩こうよ」


『バッターは松田。

くしくも昨日と同じ状況。

ツーアウトになりましたが、依然全ての塁が埋まっております。』


「それにもうひとつ言いたい事があるんだ。」


『西武、一点のリードは、変わっておりません』


「先日は、打たれてしまったが……」


『ピッチャー大沼、振りかぶって、初球投げました。

ストレート空振り』


「同じミスは、繰り返さない」


『二球目もストレート!

バットが空を斬ります。

ツーナッシング。

バッターを追い込んだ。』


「それが……プロだから」


『三球目、投げました。

空振り三振!

最後もストレートで締めました!

西武連敗を12で止め、再び首位に立ちました!』


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