試合
『ピッチャー涌井、振りかぶって、先頭バッターの本多に投げました。
ストライク!
初球146キロのストレートが外角低めに決まりました。』
実況が気合の入った中継をする。
ドーム内には、応援が響く。
「すごい……」
信也は、一言つぶやく。
プロの投げる球は、とにかく早い。
手から離れてから、キャッチャーミットに届くまでの時間は、刹那に感じる。
視覚と共に聴覚からも凄さが伝わる。
声援や応援だ。
入った時と違い、満員御礼となった今は、人数がとても多く感じる。
いや、実際多いのだ。
正式に発表されていないが、3万人はいるだろうか。
大勢の人が見てるドーム内は、独特の緊張感と迫力に包まれている。
『2ボール2ストライクから涌井投げました。
ストライク!
アウトローにストレート決まりました。
バッターアウト!
先頭バッター本多、見逃し三振に倒れましいた。」
アウトになると、ため息と歓声がいり混じる。
この雰囲気がとても斬新で信也は、好きになりそうになる。
『続いて左バッターボックスに川崎が入りました。』
ムネリン(川崎選手と愛称)と黄色い声援がとぶ。
『初球打った!
良い当たり!、
しかしこれは、ショート中島の真正面!
2アウト!』
涌井投手は、クールな表情を崩さない。
『2アウトランナーなし。
バッターは、3番のサード松田。
涌井、ここは、三者凡退に抑えて、チームの11連敗を止める勢いにしたいところ』
どうやら、西武は大型連敗をしてるらしい。
もっと詳しく知りたいと思った信也だったが、次のプレーの歓声に思想をさえぎられる。
『打った!
良い当たり。
松田のライナー性の打球は、ライト線に落ちました!
フェア!フェア!
これは、長打コースになる!
松田、一塁をまわり二塁へ!
打球は、フェンスまで達し、今ライトのG.G.佐藤がようやく追いつく!
松田は……二塁もけった!
三塁へ向かう!
ボールは、ライトからセカンド、そしてサードへ!
際どいタイミングになりそうだ!
クロスプレーになる!
判定は……アウト!
西武、見事な中継でピンチを未然に防ぎました!』
一連のプレーが目に焼きつく。
打つ、守る、走る、投げる、全てがプロのプレーだった。
ドーム内が興奮の色に染まり、包まれる。
信也も気付かないうちに虜になっていた。
『さて、ここで両チームの順位などの現状を整理しておきましょう。』
さっきの好プレーで忘れていた。
『西武は、首位を走っていますが、現在11連敗中。
一時期は、マジックが点灯してましたが、消滅し、2位のソフトバンクとは、わずか1ゲーム。
本日、西武が負けることがありますと4月26日以来の首位を明け渡すことになります。
対するソフトバンクは……』
どうやら、西武は調子が良かったが、最近負けが込み、首位陥落のピンチになっているようだ。
そんな状態での2位ソフトバンクでの対戦。
俗にいう、頂上対決。
選手やファンの気合が入るのもうなずける。
注目の熱戦がどうなるのか。
誰も答えを知らない……
明るかった試合当初と比べ外は、徐々に夕闇が迫り、今は、闇が完全に辺りを支配している。
暦上の秋らしくなり、半袖では少し肌寒く感じてきた。
そんな外の気温と反比例するかのように試合の方は、熱気に包まれている。
試合展開は、最終局面を迎えた。
『現在は、西武が石井義人の本塁打などで、5ー4とリードしています。
局面は、9回表、2アウト満塁。
どうやらマウンドの工藤は、ここで降板のようです。
西武のここまで登板したピッチャーは、涌井、、雄星、藤田、星野、シコースキー、工藤となっています。
残っているのは、明日先発予定の野上、変則サイドスローの岩崎、そして大沼幸二が残っています。
さて誰が、マウンドにあがるんでしょうか?
監督が投手の交代を審判に告げました。
では、場内アナウンスを待ちましょう。』
『ピッチャー工藤に代わりまして大沼』
場内が沸きあがる。
皆、そのアナウンスを待っていたのだ。
信也もその中の一人。
さっそうと大沼幸二がマウンドにあがり、投球練習を始める。
このピンチをチームから救うために。
ヒーローと面影が重なる。
ふと、大沼幸二が見上げた。
その視線の先に、信也がいた。
互いの視線が交わる。
言葉が届く距離では、ない。
でも想いは、届く。
(絶対に抑えると)
思いすごしかもしれないが、そう感じた。
大沼の投球練習が終わり、いよいよゲームが再開される。
『9回表、2アウト満塁、バッターボックスに3番の松田が入ります。
ピッチャーは、代わったばかりの大沼。』
この試合最大のキーポイントに、観客のボルテージも自然と高揚する。
緊張感がひしひしと伝わり、満たされる。
大沼幸二が振りかぶった。
みんな、固唾を飲んで見守る。
ボールが手から離れた。
乾いた音が響いた。
それは、ボールがキャッチャーミットに収まる音ー
ーでは、なかった。
音の正体は、ボールとバットが衝突した際に生じた物。
物理法則に基づき、ボールは、飛んでいく。
糸を引くように、投げた球は、観客席に飛び込んだ。
一瞬の静けさの後、それぞれの脳裏に次点の言葉が浮かぶ。
ホームラン。
『入ったっぁぁぁぁ!!
松田の起死回生の逆転満塁ホームラン!
土壇場の9回表にドラマが待っていた!
ランナーが全員帰ってくる。
8ー5とホークス逆転!
打たれた大沼は、天を仰いだ!』
歓喜するホークスファン。
唖然とする西武ファン。
このホームランが響き、西武は、敗れた。
連敗は、12に伸び、首位か