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第9回:朝練弓道部

 二月の朝はまだまだ寒い。けど、とっても爽やかだ。

 今の時刻は六時前、ホームルームの開始まで一時間は余裕がある。

 こんな時刻に校内の煉瓦(れんが)造りの並木道を歩いているなんて、ご苦労なことに冬でも朝練のある野球部か、はたまた早めに登校して受験勉強をしている三年生の先輩方だけだろう。

 私の学校は特に部活動に力を入れていない。

 野球部以外は設備も大して整っていないし、各顧問の先生方も結構おざなり、とするとそのやる気のなさは生徒にも伝わるのか、ウチの生徒に一番人気があるのは帰宅部だ。

 一年生の間はなんらかの部活に入ることが義務付けられているから一応所属はしているけれど、私と同時期に入った同級生達はほとんど幽霊部員と化している。

 ましてや、こんな寒い時期に朝練なんて、流れる汗を燃料に燃えている青春小僧じゃなければ、私くらいのものだろう。

 私は朝練に来ている。青春してるわけじゃないけど、下手よりは弓道上手くなりたいし、習慣になっているから。

 小春も誘ったことはあるんだけど、やつは筋金入りのねぼすけだから一度も来たことはない。

「ごめんね〜、小春の朝は九時からなの〜」

 ……その時間には学校始まってます。小春さん。

 道場の表札裏に隠してある鍵で中に入り、射場前のシャッターを開けて、モップで軽く掃除する。

 一旦靴を履いて外側を回り、安土(あづち)と呼ばれる矢がささる場所にホースで軽く水をかける。程よく湿らせたところで竹箒(たけぼうき)を使って土をならし、終わったら位置を意識して的をつける。入ったばかりの頃はろくにできなかったこの準備も今では遅滞なくできる。たまに、安土の土が偏っていたり、的をつける高さがとんでもなかったりするけど、温かい目で見てもらえれば大丈夫だ。

 うちの道場は五人立ちといって一度に五人ずつ射場に出れる。けど、どうせ朝はみんな来ないから、その分の準備はしない。

 予備として、二つ目の的を用意するだけだ。

 私は、巻き(まきわら)という練習用の俵みたいなものに矢を放って軽く弓の具合を確かめてから、射場右端の一的(いってき)に入る。

 射法八節(しゃほうはっせつ)。弓道の基本動作を流れるように行う。

 足踏み、胴造り、弓構え(ゆがまえ)、物見(ものみ)、打ち起こし、大三(だいさん)、引き分け、(かい)、離れ、残心(ざんしん)

 物見と大三は本当言うと八節には含まれなかったりするんだけど弓道部じゃないとわからないから注釈は省き、とにかく離れの段階で右手をすばやく動かし矢を発射。

 たっ。

 (つる)のしなる音がして、放たれた黄緑の矢。

 それは若干まるい射線を通って宙を飛び……。

 見事、安土を囲むブロック塀にあたって跳ね返ってきた。

「ひゃあぁぁぁっ!」

 かん、だか、ぎゃん、だか。

 よくわからない金属音をたてた矢はぶんぶん横回転しながらこっちに戻ってくる。

 あたっちゃう!

 かわせないと思って、せめて弓にはあてまいと腕を引き寄せる。

 間。

 でも、いつまで経っても痛みはなくて。

 目を開けてみれば矢は遥か手前の矢道にぽってり落ちていた。さながら陸にあがってしまったトビウオのように。

「……まぁ、そうだよね」

 ため息交じりにつぶやく。

 よく考えてみれば、私の飛ばした矢なんかさほど勢いがあるわけでもないから跳ね返ったってこっちまで戻ってくるわけないか。

 良かったような、ちょっと悲しいような。

 とにかく矢を取りに行こうと振り返り、私は扉のそばに立っている人物に気づいた。

 絹糸みたいなさらさらの髪。威圧感のある鋭い目つき。整っている顔立ちはむしろ怜悧れいりな印象を人に与える。

 宇留間飛鳥がさもつまらなそうな顔をしていて、私は自分がびくりと震えたのを感じた。

「……見てました? 先輩」

 恐る恐る、聞いてみる。一応先輩だから、敬語は使う。それが最低限の礼儀だと思う。

「……ヘタクソ」

 彼はぽつりと言って、さっさと制服の上着を脱ぎ始めた。彼も射る気なんだ。女性は乳房を守る胸当てがあるからブラウスを着ていても射ることができるが、男性はたいていつけないからTシャツ姿になる必要がある。ボタンがついていると、弦が引っかかる危険があるのだ。

「……弓引くときは集中しろ、バカ」

 こちらを振り向きもせずに言う宇留間先輩。弓に弦を張る憎たらしい背中にあっかんべーをして、私は矢を取りに外に出た。

 共用のつっかけ履いて一歩二歩。歩みが止まる。

 ……集中しろって言われたって。

 そんな簡単にできないよ、だって。

 私、明後日死ぬんだもん。

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