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第5回:洗脳されてる?

「あ、ありがとう」

 私の前のテーブルにハーブティーを注いだマグカップを置くと、お兄ちゃんは自分の分をすすりながら、上から見て垂直の位置に置かれたもう一つのソファに座る。

「う〜ん。イマイチ」

 自分で淹れたお茶の味が気に入らないのか、気難しげな顔をする。

 私には十分美味しいし、匂いだってなんだか嗅いでいるだけでふわ〜っとリラックスするような良い匂いなんだけど、お兄ちゃんは満足できない出来らしい。好きなことはとことん突き詰めるお兄ちゃんだから、らしいといえばらしい。

 でも、今の私が聞きたいのはお茶の出来でもこだわりでもない。

「……じゃあ、お兄ちゃん。聞かせてちょうだい」

 私がそう言うと、お兄ちゃんはカップに下ろしていた視線を上げた。

「なにを? 俺のスリーサイズ?」

「はぐらかさないで、お兄ちゃん」

 私は自分の口調がいつになくきついものになるのを感じていた。

 お兄ちゃんがこういう性格だっていうことは十二分に知っている。

 だから二年のブランクがあるからってお兄ちゃんのおちゃらけに、ちゃんと付き合えなくもない。

 けど。

 お兄ちゃんは大事な人だから。

 今こうして再び出会えたことが嬉しくて仕方なく、そしてそれが嘘や冗談でなく本当のことなのだと確信が欲しいから。

 私は、なにもかもを置いて積もる話をしたいのを抑え、真剣な眼差しをお兄ちゃんに向けた。

「……わかったよ」

 お兄ちゃんは観念したようにカップを置いた。

 その仕草はどことなく、憂いを帯びているように見え、私は自分がごくりと喉を鳴らすのを聞いた。

 お兄ちゃんの瞳はいつになく真摯な光を宿していたから……。

「千歳……驚かないで聞いて欲しい」

「……うん」

「驚いてもいいけど、その時は遠慮なく俺に抱きつきなさい。ぎゅーっと、胸から」

「はよ言え」

「ああ、俺は生き返ったんじゃない。まともな人間の状態でないって事は壁抜けなんかもしたからわかってくれると思う」

 それはわかる。

 元々、周囲からはあんまりまともな人間の部類だとは思われていなかったし……いや、それは冗談、冗談だよ、お兄ちゃん。

 でも、実際にお兄ちゃんのお葬式に出なかったなら、冷たくなったお兄ちゃんに花を供えるなんて事をしなかったのなら、もしかしたらお兄ちゃんが壁抜けしても驚かなかったかもしれない。

「だからって、俺は幻でも幽霊でもない。俺はとある用件があってここに来た」

 お兄ちゃんは握った両手の上に顎を乗せ、精一杯、格好良さと不気味さとの狭間のポーズを見せた。

「今、俺は死神をやっている。人の魂を刈り取るのが、俺の仕事だ」


 ……!

 ……そんな!

 ……そんな、まさか!


「……おひ」

 ……まさか、まさか!

「……おひ、熱を計るな」

「……え、だって……」

 言われて、私はお兄ちゃんのおでこにやった手を離した。

 平熱だった。

 いや、もう、ついに気が触れたのかと思っちゃって。

「俺は気も触れてなけりゃ、どこかに頭ぶつけてもいないぞ!」

「じゃあ、まさか……どこかのありふれた新興宗教に捕まって中途半端に理屈の通った新解釈のケルト神話を吹き込まれたとか……!」

「俺はそんな洗脳されてないぞ!」

「わかんないよ、シャフティパットされたら、みんなそう言うんだよ?」

「その言い方だと経験あるみたいに聞こえるぞ、千歳」

「それは……ないけど。何年か前にはやったじゃん、そういうの……」

 お兄ちゃんは頬に手をやって、ジロリと私を睨んでくる。

 ……私、悪くないもん。本当に、そう心配しちゃったんだもん。

「よく話も聞かずに勝手な思い込みで決め付けるんじゃない。お前の悪い癖だ。自分の常識だけですべてを判断するな。ぷんぷん」

 お兄ちゃんからの思いもよらない正論に、私は口をつぐむ。

 たとえとても怪しい趣味をしていようと、お兄ちゃんは物事の善悪はわかっているし、自身の信条に外れたことは言わない。

 私にとって、父から受ける事のなかった役割の何割かは、お兄ちゃんが受け持ってくれていたのだ。

 私はしゅんとしながらも、なんとなく懐かしい安心感を覚えていた。

「だいたい、俺は、そんなめちゃんこ怪しい団体にあったんじゃない」

 お兄ちゃんは、人差し指を私のまん前に突きさして、格好をつける。

 お兄ちゃんお気に入りの仕草だ。

「……俺は、神に会ったんだ」

 声を低くして、決めぜりふ。

 ニヒルに口の端を吊り上げる。

 私はもう一度、お兄ちゃんのおでこに手をやった。

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