第4回:おかえりなさい
目を覚ますと鼻に香るハーブの匂い。
ふと、いつの間にか寝入っていたことに気づく。
ああ、あれは夢だったんだ……。
「だよね。お兄ちゃんが唐突によみがえってくるなんて悪夢かコメディだもん」
だるさの残る頭をふりふり、ソファから身を起こしかけて、私は、その時ようやく自分に起きた不可思議な現象に気づいた。
……あれ?
事実を受け入れることにかかること数秒。
私は最高速で2階の自分の部屋に行き、力の限りにドアノブを引き、そこにいる不審人物に言い放った。
「ちょっと良彦お兄ちゃん! どういうこと!」
「え、どういうことって……」
そこで私の部屋のもの(具体的にいうと衣類)を物色していたらしい、ある意味犯罪者に詰め寄る。
「えー、それよりさ、千歳。生え出したのいつごろ?」
「なにがよ!」
「もさもさした二次性徴」
「目ぇ噛んで死んで!?」
て、今はそれを言いにきたわけじゃなくて。
「なんで私がチャイナドレスなんて着てるのか聞いているの!」
「あー、そのこと」
ごまかすように笑う変質者。
そう。
いつの間にか私は朱の色も鮮やかなラメ入りの服に着替えさせられていたのだ。
そんなことをしでかす人物を私は自分の身の回りでは良彦お兄ちゃんしか心当たりがなかった。というのも、この男はかつて私に当時大人気だった魔法少女のショッキングピンクの衣装をプレゼントし「ほれ着てみろ」なんて言ったことのある前科者なのだった。
「結構似合ってるぞ」
「そんなことは聞いてないの!」
激怒する私を昔のように茶化す良彦お兄ちゃん。
そのあまりに変わっていない屈託のなさに、私はその内怒る気も失せていった。
死んでも治らないなんとやらというのは本当のことらしい。
「……色々と聞きたいことはあるけど、とりあえずこの服脱いでからにするからお兄ちゃんちょっと下で待っててくれる?」
「え〜、脱いじゃうのか? 似合ってるって言ってるのに」
「お兄ちゃんの趣味に合わせるつもりはありません!」
「世の男性陣も喜ぶぞ。イベントでも写真をお願いされることだろう」
「知るか!」
久しぶりに、血圧の急上昇するやり取り。
とにかく、この人が良彦お兄ちゃんなのは間違いない。この言動の数々のすべてがお兄ちゃんだと裏付けている。
死んだはずのお兄ちゃんがひょっこりやってきた。
それには当然なにか原因か理由とかがあるはずなのだが。
この人は、話すつもりもないのだろうか……?
少し疲れ気味にお兄ちゃんを部屋から追い出す。
徐々に離れていく足音。
扉を背にふうと一息はく。
「ちなみに、それはチャイナドレスじゃなくてアオザイって言うんだぞ」
だまし討ちのようにひょっこり扉を抜けて耳元でささやくお兄ちゃん。……そうか、壁抜けできるんだ。内心のびっくりを隠すように怒鳴る。
「だからどうしたのよ!」
枕を投げつけても素通り。頭にきた私は一際声を張り上げる。
「私の着替えのぞいたら絶交だからね!」
すると、さすがのお兄ちゃんも観念したのか苦い顔して出て行った。
私はむすっとした顔でしばらくお兄ちゃんの消えた壁をにらんだままだったけれど。
「それと!」
ちょっと言うのが遅れていた一言を言った。
「……なんというか、その……」
気恥ずかしいから、ちょっと、控えめな声で。
「……おかえりなさい、お兄ちゃん」