番外編:死神・前編
あくまで番外編という位置づけですが、本来の最終回よりはハッピーエンドに近い終わりとなっています。現実は必ずしも良い展開ばかりが拓けるわけではありませんが、少しでも優しい未来が訪れることを願って番外編をお贈りします。
林季彦は都内の高校に通う一介の学生である。
家賃が安いという理由だけで決めたぼろアパートの一室にルームメイトと住み込み、頼りにならない親の仕送り額をどどんとかけはなす勢いでバイトをしている。身体が丈夫なことが幸いした。おかげで、生きる活力を奪われつつある日常もバイトにがむしゃらに打ち込むことで乗り切っていける。
でも、時々不安になることはいなめない。
自分はなんのために生きているのか。
このまま、人としての喜びも知らないままにただ生きて、やがてくたびれて死ぬのか。
そんなのは嫌だ。
思い立ったが吉日。ある日のバイト帰り、季彦の手にはとあるチラシが握られていた。
5センチ3センチの長方形。その紙には「女の子配達します」と書かれていた。
つまり、料金次第でおうちに女の子を呼んで色々してもらえるというお店の宣伝広告であった。
というわけで、季彦は現在、玄関先に正座して来客を待っている。
もう既に、考え付く限りの準備は整えている。部屋はできる限り掃除したし、女の子に見せられないような雑誌類は押入れの中にしまったし、体は隅々まで洗ったし、最大の難関であったはずのルームメイトはどうにか遠いところに追い出した。
完璧である。少なくとも季彦はそう思っていた。が、しかし……。
コンコン、とドアがたたかれる。
(来たー!!)
と、急上昇する興奮を抑えきれずに季彦は勢い良く扉を開けた。子孫を残すという生殖本能に盛りのついた年頃の男の子に「待った」はない。悶々と初陣に臨む迎撃体勢を整えていた高校生はたいした人生経験もないわけで、余裕を持った対応なんてできようはずもないのだ。
鉄板敷きの廊下に立っていたのは、自分と同い年くらいの少女。ショートボブの髪はカラーが入ってない。さらさらとして触れるだけで気持ちよさそうだ。
体格が大きいというわけでもない季彦に比べても、少女は小柄で、白のノースリーブから出ている二の腕は折れそうなほど細い。と言っても、やせぎすなわけではなく、はんなりと肉がついている。胸も腰も尻も、スタイル抜群と言うわけじゃないが、健康的な雰囲気のかわいい印象の女の子だ。
はっきり言って、季彦のストライクゾーンにバシバシ入るタイプである。
(こ、この子がお世話してくれるの!?)
季彦のボルテージが最高潮にあがった。
彼にとってみれば、そこで終われば良かったのだろうが。
少女はちっちゃなクリーム色のポシェットから、どことなくヨーロッパの仮面舞踏会を思わせるマスカレードを取り出すと、顔につけてとても慇懃に礼をした。
「はじめまして。私、死神の小林千歳っていいます。あなたの命をもらいにきました」
よろしくお願いしますね、と彼女は笑った。
こういったお店はこういう奇妙な趣向を凝らすものなのか、と季彦は変だと思いつつも室内に千歳を招きいれた。
「あれ、結構きれいな部屋ですね」
生前千歳が行ったことのある男友達の部屋は言い表せないくらい混沌としていたものだった。全員が全員そんな整頓下手ばかりじゃないとは思っていたが、あまりにもこの部屋は整いすぎている。
きれい好きな男の人なんだ、なんて思いながら、千歳は倒れていた写真立てを直してあげたりする。
(あれ?)
そんな千歳に対して季彦は心の中で答えを返す。
(そりゃぁ、あんたとするために掃除したんだから当然だろう)
「布団の上に座っちゃって平気ですか?」
(もちろんもちろんオフコース)
「あ、お茶は結構です。お構いなく」
(え、じゃ、さ、早速ですか!?)
季彦は千歳が死神だと名乗ったことなど瞬間的に忘れている。今彼の脳内では、いつ始めるか、最初はキスからか、服は着たままかそれとも脱いだ方がいいのか、そういったことでいっぱいである。アドレナリンが湧き水のように後から後から分泌されて、正常な思考力を若い獣性が押し流していた。
「じゃ、ちょこっと説明しますから座ってくれますか?」
早速、仮面をはずした千歳が流し台のところにつったったままの季彦に言う。
(説明って……料金体系のこと? なら)
「いや、説明はいらない。わかってるから」
と、季彦が言うと千歳はきょとんとして「そうですか」とのたまう。
(じらす気かー)
と、季彦は思った。でも、正直、そういったとぼけた態度があどけない小動物みたいにかわいらしいと思えるのも事実だった。
「もしかして、初めてじゃないんですか?」
千歳が尋ねた。
「いや、初めてだけど……」
「でも、そのわりに驚かれないんですね」
「え、いや、驚いているさ。だって、ほら、まさか君みたいなかわいい子が来るなんて思ってなかったもん」
「え……あの……えっと……」
千歳の顔がみるみる赤くなる。かわいいって言われただけで、赤くなるなんて、なんてうぶな子だろうか。
季彦は気づいていなかった。自分が千歳に息がかかるくらいに近づいて、きつく手を握っていることに。鼻息荒すぎて、千歳が怯えているってことに。
「あの……ちょっと離れ……」
「君は、初めてなの?」
「え?」
「あ、でもこんな仕事だもん、経験あって当然か……」
「いえ、実を言うと、まだこれで二回目でちょっと自信ないんですけど……」
「そうなんだ!」
季彦は異常なくらい嬉しがった。世間にすれた人が相手じゃなくて良かった、というよりは、自分好みの女の子がそんなに経験が多いのだと思いたくなかったのだろう。もう、限界ぎりぎりまで興奮しきった季彦は千歳の手を握ったまま彼女の方に傾いていった。
「えっ、あの! ちょっと……!」
「大丈夫! 俺は初めてさ。だから、そんなにうまくなくても全然平気だからー!」
「な、なんのことー!?」
「がおーっ!」
季彦はもう止まらない。自分じゃない誰かにせっつかれるように、千歳を押し倒した。
「え、ちょっと待って……!」
「痛くしない、痛くしないからっ!」
千歳の両足の間に下半身をねじこむ。のしかかって、右手首を左腕でつかんで封じ、右腕で上着のすそをたくし上げる。女の子の優しい体温が触れた部位から伝わってくる。女の子独特の甘い匂いがして、季彦は頭が熱くなるのを感じる。女の子独特などといいつつ、その正体はシャンプーの香りであることが多いが、男は大抵その香りに弱い。季彦も例外ではなかった。顔を近づけて匂いを嗅ぐと、少し汗の匂いが混じった刺激が嗅覚に走る。鼻息が首筋にかかって、くすぐったくて、千歳はより一層暴れた。けれど、やはり同年代の男子に対し、筋力の劣る千歳では振りほどくこともできない。すそを上げようとする手を押しとどめることもできない。暴れた拍子に季彦の膨れ上がったGパンが下腹部にあたって、千歳はぞっとした。噂に聞くあの器官はこんなにも硬くなるものなのか。鋭くとがった凶器を突きつけられているかのような恐怖が背筋を這い登って頭の中を暗くし、口からは、
「あ」
と、ひどく情けなくて間の抜けた声を漏らしているのにも気づかない。その声に、季彦が興奮を強めていることも。
(わ、わ、やばっ! このままじゃ私……っ!)
抵抗むなしく、強引に上着がめくり上げられた。