第37回:葬式は誰のために
両親らしい喪主の夫婦が参列者に挨拶をしている。悲しんでいるのかどうか無表情過ぎて内心をうかがうことはできない。もしかして彼ら自身どんな気持ちでいるか判別しかねているのか。『当然』という名のレールの上を歩く人ほど突発的な事態にパニックになってしまうものだ。普段は気づきもしなかった大切なものの欠落に驚くものなのだ。
参列者の中に、斯波もいた。斯波は飛鳥と目が合うと近づいてきた。
「よっ。宇留っちも葬式に来たの」
「たまたま通りすがっただけだ」
本心だった。小林が死んだということは聞いていた。だがそのことを飛鳥は特別気にしていないつもりだった。
「ま、そう言わずにお焼香でもしてきなよ。後輩だろ。ほらほら」
辛気臭い雰囲気に顔をしかめながら、飛鳥は焼香をした。斯波の香典袋のあまりを借りて香典も渡した。
「これで満足か」
「満足かって、それじゃ僕が無理矢理やらせたみたいじゃないか。千歳ちゃんにも失礼だよ」
「あいつ本人は死んでるんだ。死んだやつが香典欲しがるわけないだろーが」
「冥福を祈る気持ちだよ、気持ち。大事なのは」
飛鳥はフンと鼻を鳴らした。そもそも冥福を祈る気持ちがないのだからこんな形式ばかりのことは意味がない。人の練習中に目の前をうろちょろしては、突拍子もない発言をしたり、いきなり泣いてたり、笑ったり、怒ったり、あげくに脳梗塞を起こしてポックリ逝った奴のことなど、飛鳥は知ったこっちゃないと思った。
「なんだよ。宇留っちだって結構仲良くしてたじゃないか」
「仲なんて良くなんかない。あいつが勝手に騒いでいただけだ」
飛鳥は面倒くさい他人との接触はよく避けた。特に、自分中心の考え方しかできない女が嫌いで、それはある意味トラウマの対象でもあり、嫌悪の対象だった。女はそんな奴らばかりだと色眼鏡で見、決め付けていた時期もあった。
でも、小林は少し違ったように飛鳥は思う。なんだか、小林は他の女子よりもっと変で、思い込みが激しくて、要領も悪かった。上手く言えないが、嫌うほどの相手でもなかったということだろうか。
小林は、学祭の時には「自分の弓が欲しい」と言い出して賞金目当てに仮装大会だかに出場していた。即行で敗退して落ち込んでいたので飛鳥は気まぐれに余っていた握り皮という弓道具をあげたら、すごく喜んだ。あの反応は骨をもらった犬に近いと思う。
その時、偶然飛鳥は祭壇に歩み寄っていく少女に目がいった。児島と一緒にいた女で、新田小春という名前だが、飛鳥はそんなことは知らない。飛鳥の視線がいったのは彼女が持っている、竹林模様の四角い皮布だった。それは件の小林にあげた握り皮に間違いなかった。
飛鳥は一瞬血が引いていくのを感じた。新田は故人の遺品が並べられている供物棚に握り皮を供え、飛鳥の方を向き、にこりと微笑んだ。その微笑みは紛れもなく自分を向いていた。親しい友に笑いかけるかのように。
「……帰る」
飛鳥は斯波に一方的にそう告げるとその場を立ち去った。その後姿を斯波はばつの悪そうに見送り、新田は明らかに彼の方を向いて手を振った。
「さよなら。バイバイね。幸せになってくれるといいな」