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第36回:人が生きた痕

 その日、宇留間飛鳥はいつも通り朝を迎えた。

 飽きもせず毎日やってくる今日という日。代わりばえなく、繰り返す日常。飛鳥は病気がちな父や二年前に母となった女とはろくに言葉を交わさず、いつも通りに家を出た。

 学校では日課の朝練を行う。スランプもなく安定した矢の軌道。これも邪魔の入らぬおかげだろうか。朝練の邪魔はきっともう高校生活を終えるまで入ることはないだろう。

 一通り練習を終えると、とっくに始業の時刻となっていた。受ける気にもならず、速やかに帰宅しようとした飛鳥は道すがら葬式を行っている家にでくわした。どうやら無意識のうちに朝とは違う道を通ってきたらしい。

 通り過ぎようとすると、チラと中の様子が見えた。自分と同じ高校の制服を着た女子が二人佇んでいて、そのうち一人には見覚えがあった。中学の後輩で名前は確か児島冴香。斯波と因縁のあった女だ。

 児島は力なく立っていて口には火の点いていないタバコをくわえている。時折強くなにかを押さえ込むように震えては懸命になにかに耐えていた。

 児島のそんな様子を飛鳥は初めて見た。こういった行事でも態度を変えない奴だと飛鳥は思っていた。

(……鬼の念仏……じゃなくて涙か。それとも、そもそもが俺の勘違いか)

 葬式の看板には『小林家葬式』とあった。


 以前に斯波がある話題を振ってきたことがある。

 斯波とは別に同じ中学出身だからって不必要に馴れ合うこともない、と飛鳥は思っていたが、成り行きで斯波の絡まれているところを助けてしまってからというもの、どうやら懐かれてしまったようだった。

「なんか、良さげな女の子がいたんだよ」

 飛鳥が二年に進級したばかりの頃だった。女なんかに目移りばかりしてるから留年(ダブ)るんだよ、と飛鳥は思った。

「友達と話してる時もさ。楽しそうにしてるくせに、ふっ、と目が寂しくなるんだよね。いや、これは想像なんだけどさ。彼女、辛い恋ばっかしてきたんじゃないかな〜」

 斯波の勝手な思い込みはいつものこと。だが、おちゃらけているように見える斯波は意外に常に人の中身を冷静に観察している。裏表のある道化のようなやつだった。だから時折、芯をつくこともあった。

 斯波の言っていた相手が後輩の小林のことだと飛鳥が知ったのはその話をした時から随分経ってからのこと。小林も最初は浮ついて薄っぺらい人生を過ごしている女の一人だと飛鳥は思った。

 でも、違った。

 だから、見直した、というわけでもない。

 小林はもっとわけのわからん奴だった。

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