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第35回:死に際のプライス

「足枷なんかじゃない」

「……え?」

「俺は千歳を足枷なんて思ったことはたったの一度もない。俺は、お前を愛したいから愛してる。俺の勝手だ。気にするな」

「……でも、それじゃ私の気が済まないよ!」

「そんなことは、俺は知らない。そこら辺に捨てとけよ」

「……勝手だね」

「だから、俺は勝手だって言ってるだろうが」

 気付けば私はお兄ちゃんの腕の中にいた。抱き寄せられて、子供が親にされるように頭を撫でられていた。ちょっとくすぐったかったけど、ささくれた心が穏やかになっていく。安心する。

「千歳。お前は義務で生きているんじゃない」

 お兄ちゃんと私の視線が絡み合う。お兄ちゃんの瞳は、いつか見たときのように優しかった。

「最期の一瞬まで自由に、精一杯生きろ。そうしてくれると……俺も嬉しい。とてつもなく、嬉しいんだ」

 その言葉を聞いた途端、スーッと肩からなにかが降りるような感覚を覚えた。全身を包む爽やかな幸福感。私の視界が急にはっきりと開けた気がする。

「……うん、わかった。ありがとう。お兄ちゃん、大好きだよ」


 誰かに許されるということ。

 それがたとえ、実体ないものだとしても、人を救うこともありえる。


 その日、とある男子高校生は帰宅すると郵便入れになにかの箱が無造作につっこまれているのを見つけた。

 包装もしわくちゃになっているそれを、彼は放り捨てようとして、止めた。なにか思い当たることでもあるのかそのまま家に入ると、しばらくしてその箱を開けた。

 中には大きく『義理』と書かれたカードと若干形の崩れた生チョコ。眉根を寄せた彼はカードの裏にもなにか書かれているのに気づいた。

『負けなんか認めませんよ』

 意味不明で差出人の名前も書かれていないそのバレンタインの贈り物を彼は不可解に思ったが、まもなく他の用事を思い出し、チョコはそのまま放置されることになった。


「いいのか?」

お兄ちゃんが私に訪ねてきた。私は「いいんだよ」と答えた。

「だって、ほら、もしかして宇留間先輩が私からチョコもらって有頂天になっちゃったら、気の毒じゃない? 次の日ウキウキ気分で登校すると、私は死んじゃってて、先輩は可憐で薄幸な少女の死を、ずーっと引きずっちゃうんだよ」

「ハ? どこに可憐な少女がいるって? 佳人薄命って、あれ嘘だぞ」

「言うのはタダだもん。お兄ちゃんのバーカ」

 私は笑った。

「そろそろ時間ですね」

 瀬名が告げる。私の死亡時刻。


 振り返れば、私の人生色んなことがあった。

 辛かったり、悲しかったりしたことも数えるのが億劫(おっくう)になるくらいたくさんあったけれど、今となっては全てを穏やかに受容できる。そんな気がする。

 それにほら。

 私の周りには時間を共に過ごした人がいて、大切な人がいて、大切に想ってくれた人がいて、それだけで十分。なにも悲観する要素なんてない。

 一足先に私はみんなと別れなきゃいけない。それはちょっぴり寂しいけれど、私は十分に生きたから。だから、みんなも生きて。最後までめいっぱいに。


「ちゃんと天国までエスコートしてよね、お兄ちゃん」

「任せとけっつの」

 お兄ちゃんはもう死神ではないから、本当なら死者の魂を運んだりするのはやっちゃいけないそうなんだけど、瀬名は黙って見逃してくれた。結構いい人かも知れない。すごい糸目だけど。

 私はあのパラソルの立てられたベンチに座って、静かに最期の時を待つ。お兄ちゃんはいったいどこから取り出したのか、黒光りする巨大な鎌を振り上げた。陽炎のように刀身が揺らめく。


 さよならみんな。冴香、小春、斯波君、白井先輩、父さん、母さん、それと宇留間先輩。おまけにお兄ちゃん。

 みんな元気に生きてね。お兄ちゃん以外。

 さよなら世界。

 そんな悪くもなかったよ、きっと。


 鎌が振り下ろされた。それはまるでホログラフィのように私の身体をすり抜ける。鎌が通り過ぎた瞬間、私の心臓が一際高く脈打った。

 体が言うことを聴かない。脳が何も考えられなくなる。世界は揺れて、揺れて、急速に霞んでいく。けれど闇に沈みいく意識のどこかで、私は心安らぐものを感じていて、どうやら誰かに強く抱きしめられているみたいで……やがて、私の意識は途絶えた。



「ビターですね。甘く、とろけて、口の中に広がるチョコレート。でも、とてもビターだ」

 通学路横の自販機で買ってきたチョコレートフレーバーのタバコをくわえて、瀬名はつぶやいた。


 こうして小林千歳という名の少女の人生は一切の幕を閉じた。

千歳の生涯はここで終わります。結末は賛否両論あるでしょうが、精一杯書いた結果なのでどうかご容赦ください。話は、もう少し続きます。

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