第33回:死神代理
「どうしたの? 千歳ちゃん。顔が真っ青だよ?」
「うん……ちょっと、気分悪くなっちゃったから、やっぱり今日はパスする。白井先輩はもう少ししたら来るから、先輩達に伝えておいて」
小春はすごく心配そうにしていて、なんだか申し訳なくなった。私は今見てきたことを頭の外に追いやって、明るく振舞おうとした。長くはもちそうになかった。
「大丈夫? 家まで送ってく?」
「平気だから。小春は私の分まで楽しんできてよ」
部活のみんなや小春との最後の思い出がつくれないのは残念だったけれど、今は平静でいられる自信がなかった。私は「えー、小林さん帰るのー?」なんて引き止めようとする友達に投げキッスの真似したりして、振り切って道場を去った。心の中でみんなに「さようなら」を告げながら。
なるべく人通りの少ない道を選んで帰ろうとして自然と公園に来た。一学期の頃に仔猫たちを埋めたあの公園だ。失敗したと思った。想い出が吹き返し、付随してあの人のことも頭に浮かぶ。打ち消そうとなにか他の事を考えようとした。
(これからどうしよう)
送別会をキャンセルしたから予定がなくなってしまった。今日いつごろ迎えが来るのかもわからない。そうだ。お兄ちゃんは、死神は魂を運ぶ役割も担うと言っていた。では、お兄ちゃんがいない今の状況はどういうことなのだろう。
と、そこで私はふいに公園の異変に気付いた。いや、それは異変というには小さなことかも知れない。私はこの公園の最近の事情など知らないのだから。けれど私にとっては十分気がかりなほどにこの公園は静かだった。休日の昼間の公園といったら、もう少し人がいるんじゃないだろうか。少なくとも、一人くらいは。
「お待たせしました」
背後からの声にびくりと震えた。周囲に人はいないので、恐る恐る振り返ると幅広の帽子を被ったスーツ姿の男性が立っていた。細目で優しそうな顔つきの人だったが、もちろん初対面だった。
「……あなたは?」
「これは失礼。私は瀬名。あなたの死神の代理できました」
男は帽子を脱いで頭を下げた。礼儀正しいが芝居がかった仕草だった。
「お兄ちゃんは……前の死神さんはどうしたんですか」
「彼はこの任から外されましたよ。いや、一応辞任ということになるかな」
「なぜ、そんなことに?」
「人は人という殻から容易に抜け出すことはできない。世俗から離れても尚、人としての性に囚われる。煩悩や過去のしがらみは鎖となって身を縛り、罪業は得られた羽を穢す。たとえ、神の使徒となろうとも、些末な感情が足元をすくう」
「……どういうことですか?」
「直接話した方が早いだろうね」
瀬名は肩をすくめる仕草をしたかと思うと、その延長のような自然な動作で帽子をつかみ、手品師の挨拶のようなポーズをとった。おもむろにひるがえした帽子の中に右手を二の腕までねじこんだ。本当なら帽子はとっくに突き抜けているはずだ。すごい。四次元ポケットみたいだ。
死神は色んなことができるんだなと感心していると、やがて瀬名は勢いよく帽子の中からその物体を取り出した。
その物体とは情けない顔してラーメンをすする、お兄ちゃんだった。
「……食事はあとにしておきなさいって言ったじゃないですか」
「だって、赤鬼ラーメン久しぶりだったんですもん。見逃してくださいよ」
間抜けな会話をする二人。私は構わずお兄ちゃんに飛びついた。嘘じゃない。本物だ。お兄ちゃんはここにいた。