第3回:愉快犯襲来!
帰り際にコンビニで買いこんで来たお菓子をあらかた食い尽くし、小一時間食休みを取ると冴香はいとまを告げた。
今日、冴香が私の家に来たのは迫る決戦の日、バレンタインに向けて共同戦線を張ると決めたからである。
今年はちょっとがんばってチョコレートを自作しようと決めたはいいものの、私は認めたくないことであるが、冴香の言うとおり『ほんの少しだけ』料理には自信がない。チョコの話題が出た時に愚痴をもらしたところ「それなら」と手を差し伸べてくれたのが冴香であった。冴香はさばさばした性格でそつがなく、時折、洒落にならない冗談をかます事もあるが、それでも手先が器用で要領も良くて、そんな冴香は私にとって頼りになる存在であった。
話し合いの結果、これなら形を気にしないで作れるだろうという理由で生チョコに決定した。今日は来れなかったもう1人の企画賛同者である新田小春にも連絡し、バレンタインの前日にもう一度私の家に集まるということで、今日は解散の運びとなった。
冴香を見送り、静まり返った我が家へ戻る。
今日は平日で、父も母も仕事に出ている。九時過ぎまで家は私一人だ。
部屋で制服を着替えてからダイニングに行ってソファに腰掛け、決まりきった動作のようにテレビの電源をつける。この時間は特に視たい番組があるわけでもないからなんとなくチャンネルを変えていくが、興味を引かれるものはなかった。
(……みのさん。間を取りすぎだよ。さっさと正解言ってよ……)
とりあえず8に回しておいてソファに横になる。こんな時、たまに兄弟が欲しいなぁなんて考える時もあるが、兄弟のいる友達のいわく「そんな軽はずみな態度で考えちゃダメよ!」と言うことらしい。色々と面倒な事とか、嫌な事とか、その彼女にも一言では言い表せない事情があるのだろうが、私にしてみれば一人よりは断然、ましのように思える。
でも、そんな事考えたところで、うちの両親が「それじゃあ今から子作りを始めましょう」なんて意気投合することなんてあり得ない事で。
下らないことを考えるのはやめよう。
まだ読み終えていない小説があることを思い出して床に立つと、ピンポンと玄関のチャイムが鳴った。
冴香かな。忘れ物でもしたのかな、と思ったが、なら携帯電話に連絡を入れるんじゃないかと期待を打ち払い、宅配便だろうと扉越しに声をかける。
「どちらさまですか?」
しかし、返ってきた答えは私の予想を裏切った。
「はぁい! まいすうぃーとはにぃ♪ お兄ちゃんですよぉ」
……は?
一瞬頭が真っ白になりました。
ダメージから復帰した私は咄嗟に新手の変質者に違いないと思い携帯電話に手を伸ばした。
震えてボタンを押し間違えてしまう。
「もしもし警察ですか!?」
しょうがないのでハッタリを利かせて扉の向こうにも聞こえるように叫ぶ。するとさっきとはうって変わって慌てた反応が返ってきた。
「あぁ! ちょい待ち! 通報は待って!?」
よし。理性は残っているみたいだ。これで並みの根性なしなら逃げ帰ってくれるに違いない。
そう祈ろう。
「俺だよ。俺! この声に聞き覚えない!?」
一瞬の既視感が脳裏をよぎる。まさか。これって…。
もはや定番のオレオレ詐欺!? しかも出張版!?
……という、自分を落ち着かせようとする冗談は置いといて、確かにこの声には聞き覚えがあるような。
……もしかして。
頭に浮かんだ一つの答えを、あり得ないと知りつつ口走っていた。
「良彦…お兄ちゃん?」
あり得ない人の名前。
だって、従兄弟の良彦お兄ちゃんは二年前にトラクターに轢かれて亡くなったのだから。
自分で言っていて馬鹿らしい。
でもこのチャランポランをそのまま音にしたような声に、知能指数の低そうな口調はまさしく……。
「そうそう! さすが俺の千歳! 覚えていてくれたか〜!」
成りすましているつもりだとしたらお粗末なこと。
良彦お兄ちゃんの遺体は私もひきあわされた。お葬式にも出た。親しかった人の死に、泣きはらした。
そんな私に良彦お兄ちゃんのふりをして現れるとは…なんて間抜けなんだろう。
そして、なんて、許せない行為をするのだろう。
私は腹の奥から湧き上がる暗い感情にうながされるままに扉を明けようとし、しかし。
私が扉を開ける前に、私の目前に良彦お兄ちゃんの顔は出現した。
「よっ。って、おお〜、大きくなったなぁ〜千歳。しかも結構可愛くなっちゃって、見違えるぞぉ!」
「……」
扉を透かしてそこにある良彦お兄ちゃんの姿。
胸から上の部分と右腕だけが扉から生えているようにも見える。で、その生えたお兄ちゃんは懐かしい笑みを浮かべている。
こんな時、普通の女子高生はどういう反応をするのだろうか。とりあえず、お客様だからと割り切ってお茶でも出すのだろうか。
そうそう柔軟な対応のできない私は、とりあえず。
十字を切りつつ、念仏を唱え、偶像崇拝を禁止し、焚書坑儒、メッカに向かって祈りをささげながら、根深い部族紛争に思いを馳せつつ……。
ついでに気絶しました。